第82話『愚直』
倒れた二人に、低く笑うような声を漏らしながら、ゆっくりと近づいてくるキリギリス顔のレイパー。
雅と真衣華の右手の薬指に嵌った指輪が光を放ち、二人の手にそれぞれのアーツが握られる。
雅の手には、メカメカしい見た目の、全長二メートル程の武器。剣銃両用アーツ『百花繚乱』だ。
真衣華の右手には、紅色を基調とした全長一・三メートル程の大きさの、半円形状をした片手斧型アーツ『フォートラクス・ヴァーミリア』。
真衣華は立ち上がると同時に、『鏡映し』のスキルを発動。『フォートラクス・ヴァーミリア』の影から、もう一挺のフォートラクス・ヴァーミリアが出現し、真衣華の左手に握られる。
雅が百花繚乱の柄を曲げてライフルモードにし、レイパー目掛けて桃色のエネルギー弾を放つ。
攻撃が直撃し、僅かに怯んだ隙に、真衣華は二挺のアーツを、レイパーの胸部にXの字を書くように振り下ろす。
同時に、真衣華は自身のもう一つのスキル『筋力強化』を発動。
スキルにより腕力が上がり、強烈な二連撃がレイパーにヒットし、敵を吹っ飛ばす。
追撃せんと、雅は百花繚乱の柄を伸ばしてブレードモードにし、倒れたレイパーに向かって真衣華と一緒に走り出した。
そして、片膝立ちになっているレイパー目掛け、二人は同時に攻撃を仕掛ける――が。
「っ!」
レイパーが空高く跳躍して攻撃を躱すと、彼女達の背後に着地した。驚くほどの脚力だ。
キリギリスの顔にこおろぎの翅、鱗粉は蝶。それを踏まえると、足は飛蝗では無いかと思う雅。
ちらりと、雅はレイパーの背後に視線を向ける。そこには、彼女の鞄。
先程の奇襲の際、肩から外れてしまっていたのだ。
このレイパーの対策として、『ある物』を鞄の中に入れていた。
何とかしてその『ある物』を使えれば良いが、レイパーに隙は無い。
「……真衣華ちゃん、あいつを少し引き付けられますか? 私に作戦があります」
小声で真衣華にそう告げると、真衣華は緊張した面持ちで小さく頷く。
真衣華は二挺のフォートラクス・ヴァーミリアを持つ手に力を込めると、レイパーの方へと地面を蹴って勢いよく接近する。
額に玉のような汗を浮かべ、スキルによって強化された攻撃を、嵐のように次々と繰り出していく。
レイパーは足や腕を斧の側面に叩きつけ軌道を反らし、時にバク転や跳躍等を駆使して直撃を避ける。
それでも小さな傷が体に次々と出来、少しずつではあるが真衣華が敵を圧していた。
しかし、それも長くは続かない。
体がなよっとしている真衣華は、その見た目通り体力にはそこまで自信が無かった。今のようにアーツを振り回していれば、あっという間に動きが鈍ってしまう。
最初こそ真衣華の乱打を捌くのに精一杯の様子だったレイパーも、今は軽々と攻撃を躱している。
そして真衣華が大振りになった瞬間を狙い、レイパーの蹴りが、真衣華のアーツに炸裂。握力の無くなった真衣華の手から、アーツを吹っ飛ばしてしまう。
吹っ飛ばされたのは『鏡映し』のスキルで創り出された方では無い、本体のフォートラクス・ヴァーミリアだ。真衣華から三十メートル程離れた場所に、大きな音を立てて落ちた。
「しま――っ!」
「真衣華ちゃんっ! 危ない!」
今まさに、鞄に手を掛けた雅が、真衣華の手からアーツが吹っ飛ばされたことに気がつく。
雅が警告の声を発するが、その時既に、真衣華はレイパーに背を向けていた。落ちたアーツに向かって手を伸ばし、一歩踏み出そうとしている。
そんな彼女を逃がさんと、レイパーの手が彼女の首を掴み、体を持ち上げる。
ギリギリと首を締め上げ、苦しそうな声を上げる真衣華。スキルで創り出した、もう一個のフォートラクス・ヴァーミリアが手から落ち、消えてしまう。
このまま絞め殺そうと、さらに腕に力を込めるレイパーだが、その背中に突如強い衝撃を受けてつんのめり、思わず真衣華の体を落としてしまった。
雅が、真衣華を助けんと斬りかかったのだ。
本当なら鞄を拾い、その後真衣華を助けに行けば良かったのかもしれないが……気がついた時には雅はレイパーへと走り出していた。
不意打ちをしてきた雅の方に、レイパーが体の正面を向けるが、刹那、胸部へと斬撃が襲いかかる。
怯んだ隙に、三撃目――と雅が振りかぶるが、振り下ろす直前、雅の腹部にレイパーの掌底が入り、大きく吹っ飛ばされてしまう。
レイパーはそのまま空高く跳躍すると、倒れた雅がいるところ目掛けて落ちてくる。落下の勢いで雅を潰す狙いだ。
一発受けた腹を手で押さえ、顔を苦悶に歪めつつも、雅は地面を転がってその攻撃を躱す。
雅は着地したレイパーへと再び斬りかかり、レイパーも雅へと蹴りを放つ。
ぶつかり合う、アーツと足。
レイパーの脚力の方が雅の腕力よりも強く、雅は弾かれるように二、三歩後退してしまう。
僅かに体勢を崩したところに、レイパーの拳による乱打が襲いかかる。
その時、崩れ落ちていた真衣華の体がピクリと動く。
「真衣華ちゃん! 私がこいつを引き付けます! だから逃げて!」
「駄、目……! まだ……逃げられない! 雅ちゃんこそ……逃げて!」
「そんなことを言っている場合じゃ……!」
レイパーの攻撃を百花繚乱で必死に防ぐ雅。だが、長くは持たない。
「私の……アーツ、放って置けない……!」
うつ伏せに倒れる真衣華の目は、遠くに落ちた自身のアーツに向けられていた。
チラリと自分の右手の薬指に嵌った指輪に視線を向ける。
体の一部がアーツに触れていなければ、収納は出来ない。
真衣華は、這い蹲りながらも、少しずつフォートラクス・ヴァーミリアに近づいていく。
彼女の頭の中は、自分のアーツのことで一杯になっていた。
故に、レイパーが雅を蹴り飛ばした後、アーツを拾いに行こうとする真衣華へと飛び掛っても、彼女は気がつかない。
「真衣華ちゃんっ!」
アーツへと手を伸ばす真衣華だが、目的の物はまだ十メートル以上先にある。
レイパーが真衣華に止めを刺す方が、遥かに早い。
だが、真衣華とレイパーとの間に、体を割り込ませた者がいた。
雅だ。『共感』により、ライナのスキル『影絵』で創り出した、分身雅である。
分身雅は飛び掛かるレイパーを百花繚乱で受け止めると、これ以上真衣華の方には行かせまいと、がむしゃらに斬撃を繰り出していく。
突如現れた新手にレイパーが怯んでいる隙に、本体の雅も接近し、二人掛りで攻め立てた。
その間に、真衣華は何とかフォートラクス・ヴァーミリアの元に到着。
それと同時に、レイパーの渾身の回し蹴りが分身雅を貫いた。
消えていく分身。そして――
「くぅ……あぁあっ!」
フィードバックによる激痛に悶え、膝をつく雅。それでも百花繚乱の柄を曲げ、ライフルモードにし、レイパーの顔面目掛け桃色のエネルギー弾を放つ。
近距離でエネルギー弾を放たれることは予想していなかったのだろう。レイパーは、やや大袈裟な動作でそれを躱した。
だがその瞬間。
「はあぁぁあっ!」
気力を振り絞り、アーツを手に接近してきた真衣華の一撃が腹部へと直撃し、レイパーの体は大きく吹っ飛ばされた。
背中から地面に叩き付けられたレイパーが上半身を起こすも、雅と真衣華はレイパーに背を向け、遠くまで走り去っていたのだった。
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