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未知

作者: 音夢

初めまして音夢です。

よろしくお願いします。

「ねぇ、どこにいくの?」


彼女がきょとんと首を傾げて問いかけた。


「ごめん、ちょっとトイレ」


その問いに、僕は笑って答える。


「ちゃんと、ここで待っててね。じゃないと……僕が迷子になっちゃうから」

「うん、待ってる」


僕はいつものセリフを彼女に言う。

彼女もいつものように笑っていう。

彼女は素直だから、こう言っておけばいなくなることはないだろう。


「じゃあ、ちょっと行ってくるね」


目指すのは、曲がり角の向こう。

きっとあいつらはそこにいる。

向かう僕に、彼女は珍しく声をかけた。


「大丈夫?」


「……大丈夫だよ」


僕はそう答える。

彼女の顔は見ない。

彼女は気づかなくていい。

ずっとそこで笑っていればいい。

普通の世界だけを見てればいい。


未知を見るのは僕だけで充分だ。


僕は幼い頃から“それ”が見えた。

それが良いことなのか悪いことなのかいまだにわからない。


…………でも、たまに思うんだ。


もし、僕が“それ”を見ることができていなかったら……

周りにとっての“未知”に触れることがなければ、


『彼女はどうなっているんだろう』って。



***


僕には幼馴染みがいる。

僕より背が低くて、可愛いふわっとした女の子。

ずっとずっと前、きっと初めて会ったときから僕は彼女に恋をしてる。

彼女はたくさんの人から好かれていた。

近所のおじさんおばさん、クラスメイトや先輩、見知らぬ人、そして……


人ならざる者にも。


彼女はたくさんの人に求められていた。

多くの人が彼女からの好意をもらおうと奮闘していた。

綺麗なお花、美味しいお菓子、甘い言葉。

全部全部、彼女への贈り物。

きっと彼女は鈍いから気づいていない。

だから、いつも笑顔で受け取っていた。

ただの贈り物なら、僕だって気にしなかった。

でも、あいつらはダメだ。

あいつらは彼女を連れていこうとするから。

彼女のすべてを奪おうとするから。

彼女はきっと気づいてない。

でも僕は()()()から。


……見えてしまったから。


僕は彼女の知らない世界が見えていた。

幼い頃からずっと誰も知らない未知の世界を見てきた。

暗いて、赤い夕焼けのような知らない半壊した町が見えていた。

でも、そこは確かに僕らの町なんだ。

変わり果てた、僕らの町。

いずれああなるかもしれない僕らの町がそこにあった。

そこでは、たくさんの“何か”が手招きをしていた。

道路の排水溝から、公園の看板の裏から、みんなの後ろから。

手を伸ばして、人に、僕らに触れようとする。

“何か”を得ようとする。

こちらの世界に来ようとしている。

あれは良くないものだと本能でわかった。

中でも“彼ら”の多くは彼女に手を伸ばした。

みんな、彼女を見て、望んで、欲しがった。

人も、“彼ら”も


「オイデ、オイデ、コッチニキテヨ。サミシイ、サミシイ」


そう不気味な声で手をふっている。

無数のどす黒い手、手、手。

それが全て彼女に向かう。

彼女に伸ばされる。

彼女に触れようと、彼女を手にいれようと。


恐ろしかった。

怖かった。

声がでなかった。

「どうしたの?」

気づかない。

誰も、気づかない。

彼女も町のみんなも、誰も。

僕だけが気づいてる。

()()()()()()()()()


必死で逃げた。

彼女の手をとって。

遠くへ早く遠くへと彼女の手を引きながら走った。

彼女は戸惑いつつも僕についてきてくれた。

周りの人たちは僕を変な目で見ていた。


僕だけが見える未知の世界


僕はあいつらを見るたびに必死で逃げた。

彼女の声を聞かないふりをして。

だって、立ち止まったら連れていかれてしまう。


彼女が消えてしまうから。


でも、どこにいってもあいつらはいた。

彼女を求めて手を伸ばした。

オイデ、オイデ、と不気味な声で。

彼女を奪おうと……あの世に連れていこうとする。

そんなのダメなんだ。

絶対、絶対。

彼女は求められている人間だから。

()()にいなくちゃいけないヒトだから


彼女がいなくなったら、みんなの世界は壊れてしまうだろうから。


だから、だから……。



***


もう、あいつらはいない。


「これで……全部……」


いつもの町だ。

いつもの町が見えることにほっとする。

暗い、不気味な町はどこにもない。

“未知”はない。

僕がいるのは“普通”の世界だ


「……は……ぁ……」


ゆっくりと息を吐き出す。

今日はいつものよりも多かった。

疲れた。

体が怠くて仕方がない。

眩暈がする。

でも、ダメだ。

戻らなきゃ。

もしかしたら、次がいるかもしれない。

重たい体を引きずる。

早く、早く行かなきゃと思いながら……。


案の定僕を見た途端、彼女は驚き、急いでこちらに駆け寄ってきた。


「どうしたの!?なんでそんな怪我……」

「ごめん、ちょっと転んじゃって……」


転んだで済まされる程度の怪我ではない。

でも、彼女は……


「そっかぁ。全くおっちょこちょいなんだから!今日はもう帰ろう」


彼女は鈍いから。

だから、こんな嘘に気づくこともないだろう。

純粋で、優しくて、どこまでも甘くて、残酷な彼女。

でも、彼女を守ると決めたから。

彼女だけは守り通すと誓ったから。


彼女が笑っていてくれるならそれでいい。


きっとこれも惚れた弱味なのだろう。


「うん、帰ろう」

「ほら、肩かしてあげる!ちゃんと病院行くんだよ?」

「うん、ごめん」

「いいの。気にしないで」


彼女は笑う。

優しく、僕の傍にいてくれる。

それだけで、僕は満足なんだ。

きっと、暗く見えたのは気のせいだ。


この日常がいつまで続くかわからない。

だから、あいつらが諦めるまで、僕は闘い続けよう。

見返りなんてどこにもない。

これは、あくまで僕の自己満足なんだ。

だから、君はずっと……この優しさに溢れた世界で笑っていて。


未知(醜さ)に触れるのは僕だけで充分なんだから―――――。




彼は未知と闘うことを選んだ。

たとえ、この闘いに終わりがこなくても、彼女に愛されることがなくても、それでいいと。

ただ一人の愛した彼女の幸せを求めて

もし、彼が“普通”であったなら。

未知に触れることがなかったのなら。


彼女はどうなっていたのでしょうね。


その答えは未知の世界に(未知のなかに)に。




***(彼女)



「行っちゃった……」


彼がいなくなった公園で取り残された私。

彼の世界から置いていかれた私。


「どうしようかな……」


暇で、暇で仕方がない。

でも、彼がここにいろと言ったから。

私はそれに従う。

彼は真っ直ぐで正直な人だから。

だから、彼の言うことはいつだって正しくて、私を一人にする。


「ほんと……酷いよ」


もし、彼が私と同じ“ 普通 ”でいたのなら、あの頃みたいに今も笑いあえていたのかな?

もしくは私が彼と同じ世界が見えていれば……良かったのかな?


***


私は恵まれいたんだと思う。

優しい家族、優しい幼馴染み、優しい人々。

みんながみんな、私に優しくて甘かった。

でも優しさは時に残酷だった。

望んでも、望まなくてもみんなはたくさんのものを私にくれた。

「いらない」と言ったら、みんなが悲しそうな顔をするから笑顔で受け取るようになった。

みんなが私に笑顔を強要する、そんな日々。

それが私の日常だった。

きっとみんなの世界の中心は私なのかもしれない。

お花畑なことを言っているのはわかってる。

でも、みんなを見るたびにそう思わずにはいられない。

みんなは優しい。

でも、みんなは私を自由にはしてくれない。

私を遠ざける。

彼らの世界に近づくことを許してくれない。

それが……とても悲しい。

幼馴染みの彼もそうなってしまった。

彼が変わったのはいつからだろう。

多分、私が小学生のとき。

彼は私をつれて、逃げ惑うようになった。

急に私の手をとって走り出す。

最初はあまり気にしなかった。

「急にどうしたの?」それくらいしか思わなかった。

でも周りが見つめる目と頻繁に走る彼を見て、『おかしい』ということを理解した。

直接「あいつは異常だ」と言われることもあった。


でも「やめて」なんて言えなかった。


周りの言うことは正しいのかもしれない。

でも、彼は正直だから。

一緒に居続けたから私は分かった。

逃げる彼の顔にはいつも『恐怖』の感情があった。

彼はいつも“何か”から逃げていた。

きっととても恐ろしい“何か”。

必ず私を連れて長い間逃げ続けていた。

どんなに全力で走っても

手が汗ばんでも

私の手を離すことは決してなかった。

いつも力強く握りしめていた。

痛いほどに。


だから、「やめて」なんて言わなかった。


彼は何かから逃げているから。

そこに私を置いていけない理由を知ってるから。

置いていったらどうなるか……その残酷な結末を彼は知っているから。

私を守ろうと、私の手を離さなかった。

幼い私の頭でも理解できた。

でも彼は私にその理由は教えてくれなかった。

昔も今も。

彼もまた遠ざける。

私を優しさに満ちた世界にとどめようとする。

私だって、彼の力になりたいのに。

同じ辛さを分かち合いたいのに。

彼は自分で背負い続けている。


ずっとそう思っていた。

これからも私はこの気持ちを持ち続けるんだろうなと、そう思ってた。


でも私自身も変わってしまった。

彼が私を神社に置いていくようになってから。

彼が怪我をして帰ってくるようになってから。

今までは逃げるだけだった。

でも、彼は


「ここで待ってて」


そう言い残して、一人でどこかに行くようになった。

絶対にここから動かないでと。

そして傷だらけで帰ってくるのだ。

「転んだ」では済まされない怪我で。

何が彼を傷つけているのかわからなかった。

苦しそうなのに心配をかけさせまいと笑う理由がわからなかった。

どんなことをしたらこんな傷を負うのかもわからなかった。


そう考えを募らせるうちに、だんだんと恐ろしくなっていった。


私が知らない世界を知る彼が。

彼を傷つける見えない“何か”が。

彼が私の変わりに対峙している“何か”が。


その“何か”は今のところ彼にだけ見えていて、その“何か”のことを彼だけが知っていることが。


彼が私をその“何か”から守ろうとしていることくらい自然と分かってしまった。

彼が私を守らなくなれば……私はきっと……。


その結末が想像できない。

それがとてつもなく怖かった。


だから………だから…………。


私は今日も笑顔を浮かべる(見ないふりをする)


***


「ごめん、遅くなって」


今日も彼は傷だらけで帰って来た。


「どうしたの!?……その怪我」


私は彼にかけよる。

今日はいつもより酷かった。

あちこちが擦りきれて、血がでていた。


「ごめん、ちょっと転んじゃって」


いつものように笑う。

どこか苦しそうに、辛そうに。

嘘だってことくらい私にもわかっていた。

でも、


「そっかぁ……全くおっちょこちょいなんだから!」


私はあえて、見ないふりをした。

いつものように笑顔を浮かべた。

そのことに触れることで彼との関係が変わってしまうことが怖かったから。

彼の世界を認めることが……関わることが恐ろしくてたまらないから。

関わった時、自分がどうなってしまうのかが想像できないからこそ怖くて踏みいることができないのだ。


だから今日も見ないふりをする。

知らないふりをする。

彼が望む“私”で居続ける。


「さぁ、帰ろう」


優しさは残酷だ。

でも、それを知っていて優しさ(笑顔)を向け続ける私も残酷なんだ。

あんなに拒否をされることを嫌がっていたのに、今は私がそれを彼にしている。

あえて、知らないふりをして、彼の世界(未知)に触れることを遠回しにしている。


(私はいつ、彼を……未知を受け入れられるのかな?)


それは私自身にもわからない。

だってその答えは未来にあるから。

それを知る術を私は知らない。

でももし、私に少しでも勇気があれば

未知(かれ)を受け入れる勇気があるなら


昔のような関係に戻れたのかもしれないね。


「彼はまだ、私たちと同じなのかな?」


彼はまだこちら側なのか、それとも既にあちら側に踏み入れているのか。

その問いは暗闇に吸い込まれ、消えていった―――――。









――――未知を受け入れることは難しい。


なぜなら、誰もが未知を恐れているから。

()()()()()()存在を恐れているから。

だから、自分達と同じではない(普通じゃない)者を排除しようと考える。

だから、未知は孤立する。

現実から遠ざけられる。

そしていつのひか、求めるようになるのだ。

未知(自分)と同じ存在を、理解者を。

未知はいつだってあなたの傍に。

そして問いかけているのだ。


“ あなたは『未知(わたし)』に触れられますか? ”



初めましての方は初めまして。

最後までお読みいただきありがとうございます。

音夢といいます。

Sなんちゃらという昔の名前はどこかに置いてきました。

今回は初の短編です。

もしも周りと違う世界……つまり未知が見える人、知る人、私達と違う普通じゃない人が身近にいたならば。というのをテーマに書きました。

いろいろ考察しながら楽しんでいただければなと思います。

今回の結末は一例にしかすぎません。

もしも、あなたが別世界を見れたなら、もしくはそんな人が自分の友人なら。

あなたはどうするんでしょうね。

それには正解も不正解もありません。

ただ、あなたのもしもの結末があるだけです。


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