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燈し火  作者: 佐江草 依月
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陽炎と城6

ちかちかと街灯が明滅する。

秀嗣(ひでつぐ)は今しがた聞いた西波先輩の仮説とやらをゆっくりと飲み込んでいる。


寺の後継である秀嗣にとって、霊というものは葬儀の際に供養すべき魂がなんらかの理由でこの世に残ってしまった故人、あるいは四十九日前のまだ入魂供養(にゅうこんくよう)されていない故人のどちらかなのだ。

そんないきなり「電気信号の残滓(ざんし)だ」と言われても、にわかには信じがたい。


だが、今考えてみると物心ついた時から父の仕事を見てきて、一つ引っかかることがあった。それに以前、父が同じ業界の人とこう話しているのを聞いたことがある。


「やはり、磁場が乱れていますね。」


父とその人がそう言う時、必ずその近くには死者が立っていた。


この業界、というと表向きは寺院業界だが、その中でも秀嗣の家「青藍寺(せいらんじ)」は開創以来約410年間、形は変われど国の研究機関と呼ばれている組織と提携を結び続けている。寺とは別で何か"副業"をしてるらしい。それって…大丈夫なのだろうか?

秀嗣は、未成年ゆえに無宗教だ。これは父である蒼藤(そうどう)の方針で、嫡子だからと言って信教の強制はできないとの事。理由は簡単、「法律で決まっているから」だ。その為、寺の仕事を手伝う事はあっても経営や他所との繋がり、"副業"の業務内容などは詳しく聞かされていない。


「小耳に挟んだ程度ですが…」


そう秀嗣が切り出すと西波先輩が森の闇を背に、こちらを振り向き、秀嗣の腕を引っ張った。自転車はいつの間にかどこかに置いてきたらしい。


「歩きながらでいいかい?」


そう言って秀嗣の腕を掴んだまま闇の中を歩き出す。


「さっきの感情の残滓という話ですが、うちの父が以前、仕事仲間と一緒に、ある方のお墓の前にしゃがみ込んで『磁場の乱れが大きい』と言っていたんです。」


「磁場も電流とか磁石とかで作られる磁界だからね。」


「はい。父は自分のように人の形をした霊体は見えないのですが昔からテスラメータのようなものを持ち歩いていて、それをこう…当てているというか…手元をあまり見せてくれないので、いまいち何をしているのか分からないのですが…」


「それは、最近流行りのガウスメータとか言われてる、漏洩電磁波を測る測定器のことかい?」


突然、暗闇から白髪(はくはつ)の爺さんが現れた。右手に手燭を持って、左手にはリンリンと鳴る鈴のついた鍵を持っている。

全然気づかなかった。灯りが近づいてきたら分かりそうなものだ。鈴の音が鳴れば尚のこと。


「祖父ちゃん!ただいまー」


「お帰り、友花。遅かったから迎えに行こうと思ってねえ。そちらの方はお客さんかい?」


西波先輩のお祖父さんだ。顔がそっくりだ。目が大きくて、すっと通った鼻筋の先が少し丸い。童顔で、やや丸顔。

そっくりすぎて思わず見比べてしまった。

猫のような目が2対、秀嗣をジッと見ていることに気づき、慌てて挨拶をする。


「こ、こんばんは。後輩の忍田秀嗣と申します。遅くにお邪魔してすみません。」


お祖父さんは、すっと目を細めると手燭の火をふっと吹き消した。


「いやいや、しっかり挨拶ができるお子さんだ。友花も見習ってほしいねえ。」


そう言われて、西波先輩はぷいっと顔を背ける。

いつの間にか道の両脇にあった門灯が明るく3人を照らしている。

目の前には大きな木製の門扉があり、お祖父さんが鈴を鳴らしながら鍵を開ける。

ふと足許を何かが通った気がして視線を落とすと、キジトラの猫がお座りしていた。

秀嗣はしゃがんで猫の鼻先に手をすっと出してみる。

猫は匂いを嗅いでそのまま差し出された手に頰を擦り付けた。


「ゆずた!!ただいまー!」


西波先輩は、見たこともないような笑顔で猫の額を撫で始める。

この人、こんな風に優しい顔ができるんだ。

そう思いながら様子を見ていると先輩が猫を抱っこしてそのままの笑顔でこう言った。


「可愛いだろ?うちの子」


「あ…はい。可愛いです」


猫も可愛いが、その猫を可愛がるあなたも可愛い。

猫はと言えば、西波先輩の持っているアイスの袋を後ろ足でタンタンタンッと真剣な顔で蹴っている。瞳孔が開ききった目が真っ黒だ。

それを見た西波先輩がアイスの袋をさっと遠ざける。


「そういえば、祖父ちゃん!ごめん!アイス溶けちゃった。」


「えー!一度溶けたアイスって食べられるんだっけ?」


お祖父さんがふくれっ面している。

なんだ、この、可愛い家族。


ニヤニヤが止まらなくなりそうになった秀嗣は下を向いてなんとか誤魔化す。

その時初めて気づいたが、地面はお洒落な石畳だった。

全然気づかなかったなあ。

そういえば、気づいたらこの森があり、気づいたらお祖父さんが現れ、気づいたらここの門灯が付いていた。

森の入り口を振り返ってみる。ほぼ直線の道の先に真っ暗な田圃と星明りで少し青みがかった空が見える。

ふと、目を凝らすと先程すれ違ったまま連れて来てしまった爺さんの影が街灯横の大きな木に寄りかかっている。

そこから先には進めないようだ。


「忍田くん、夜の闇をあまりジロジロと見てはいけないよ。」


お祖父さんに声をかけられてハッとする。


「おいで」


そう言って忍田の腕を掴むと門の内側に招き入れた。


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