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燈し火  作者: 佐江草 依月
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陽炎と城5

一瞬、グロテスクな描写が出てきます。

具体的には2〜4行ほど「血」「交通事故死の描写」などが出てきます。

苦手な方は飛ばしてください。

「はいはい。分かったから。そうだね、うん。そうだけどさあ。」


そう言って友花(ともか)も忍田の肩に手をのせて頷く。


寺の跡継ぎである忍田にとって幽霊とは「成仏できなかった (させられなかった) 人の魂」なんだろうけど、友花からすれば「日常に存在するその人の感情 (電気的ななにか) の残滓(ざんし)」なのだ。


「これは、莎野川(さのかわ)城が見える見えないの話にも繋がってくるんだけどさ。」


そう切り出すと、忍田は友花の肩に置いていた手を気まずそうにどけた。


「ま、歩こうか。」


そう言って再び歩き始める。

アイスに関しては諦めた。もう一度冷凍庫に入れればなんとかなるだろう。あ、でも解凍しちゃうと悪くなるんだっけ?まあそれは置いといて。


「忍田には、さっきの爺さん、どう言う風に見えた?」


「…口から血が出てました。あと後ろ姿、通り過ぎた後に背中を見たら後頭部から流れた血で、黒い服がぐっしょり濡れてました。腕も若干、歪んでた気がします。たぶん手を前に出して止めようとしたんでしょうね。」


「なるほど。あの爺さん、やっぱり轢かれちゃったか…」


「やっぱりって、なんでですか?」


「いやー、前々から黒い服で夜道歩くと危ないよって言ってたんだよ、本人に。無理にでも反射テープ貼るべきだったな…とんだフラグを立ててしまった。」


「先輩のせいじゃありませんよ。感情移入するとまた連れて来ちゃいます。やめましょう。」


そう言って忍田がちらりと後ろを振り向く。

たしかに、もやりとした何かの気配が忍田の背後にある。友花の場合、その人物が死者だとわかった途端に見えなくなる事が多い。忍田には死者は最初から死んでいる姿で見えているらしい。


「わたしには、いつも通りに見えたんだ。」


いつもそうなのだ。友花には生きている人間と既に死んでしまった人間の区別がつかない。忍田のようにはっきりと識別ができないのだ。


「わたしには生きているように見えた。」


「それは、その…自分が死んでしまったことに気づいていない様に見えた。ってことですか?」


「いや。ちょっと違うな。タイムラグがあったから…爺さんが生きてる時と同じように自分の意思を持って歩いてたら、あの違和感はなかったと思う。だから自我みたいなものは、なかったんじゃないかと思う。」


「違和感?」


忍田が少し上を見て、言葉を咀嚼するように繰り返す。


「いつもすれ違う時、だいたい、わたしは自転車に乗ってて爺さんが避けるか、爺さんが避けられない場所で鉢合わせた時はペダルから足を下ろして、足で地面を蹴って走ってすれ違う。こんな風に。」


そう言いながら友花は自転車にまたがるとペダルには足を乗せず、左右のつま先で交互に地面を蹴って進む。

それを見た秀嗣が、なるほどと頷く。


「ゆっくり進めば、すれ違うくらいの幅はありますもんね」


「うん。でも今日は、わたしは止まってた。相対速度って、わかる?」


「自分と、相手が動いてる時に、自分から見た相手の速度のこと、でしたっけ?」


「そうそう。自分の進行方向を+とするとこちらに向かって来た爺さんは−の速度。

数式は「 (相手の速度) − (自分の速度) 」。

実際に数字使うと、わたしの速度を+1とすると、爺さんはちょっと遅いから−0.8くらいとしようか。

で、お互い近づいて行く場合は必ず+になるから、絶対値記号 (| |) をつけて…


| (−0.8) − (+1) |= +1.8


になるんだけど…」


立ち止まって自転車を自分の体に立てかける。

両手のひらを真っ直ぐに立てて絶対値マークを作り、その間から、ちらっと忍田の方を見る。

虚空を見上げながら小さく頷いている。咀嚼中らしい。


「ごめん。わたし、また難しく言っちゃったね。」


「口頭で数式言われるのには、慣れてませんからね、普通。」


「だよね〜。」


「前から思ってたんですけど、先輩って意外と数学を言葉で考えるタイプの人ですよね。」


「なにそれ?」


「あ、いえ、なんでもないです。続けてください。」


友花は小首を傾げながらリュックの脇のチャックを左手で開け、そのまま片手でペットボトルのキャップを開けると麦茶を一口飲む。


「ま、つまり、普段は+1.8の相対速度が今日は+0.8だったって事だ。」


「それで、どうしてそのタイムラグが自我がないという部分に繋がるんですか?」


「普通に生きている人同士なら、まあまずそのタイムラグはないでしょ?」


「まあ、あったとしても少なくとも目はこっち向きますよね。」


「うん。でも目が合うこともなかった。ここからはわたしが今まで生きてきた中で感じた事を一つ一つ検証して立てた仮説なんだけど。」


そう言って友花は立ち止まる。

いつのまにか田圃道を抜け、目の前には真っ暗な森が広がっている。森の入り口には申し訳程度に仄かな明るさを湛えた街灯があり、横には一際目立つ大木(たいぼく) が並んでいる。その木の幹に「西波」という標識がぶら下がっている。


「人の感情は脳で発生する。その脳内で、感情は電気信号として生まれて、声になったり表情になったり、行動として現れる。

霊と呼ばれるものは、その人が生きた日常に残った、その人の感情の残滓(ざんし) なんじゃないか?って思うんだ、最近。」


そう言って友花が微かに笑うと、それに合わせて街灯の中の灯りが瞬いた。

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