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燈し火  作者: 佐江草 依月
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陽炎と城4

友花(ともか)は自転車で坂を下りながら左手をゆるく握ってブレーキをかける。畦道(あぜみち)に入る前に、チラッと後ろの忍田(しのだ)の位置を確認する。…よし、ついてきてるな。さすが元陸上部である。


忍田は運動もできるし、勉強もそこそこできる。忍田の教育係の内田に聞いた話だと、一年の一学期時点での成績は学年で5位だったらしい。教育係と言うのは弓道部の第二顧問が「ヘタレだから」という理由で勝手に忍田にくっつけたもので、誰も真面に取り合わなかったのだが、当の本人、内田はノリノリで世話を焼いている。

まあ、忍田みたいに多方面にお人好しな人間は、守ってくれる先輩が居た方がいろいろな事に巻き込まれなくて、部活としてもありがたい。


第二顧問が忍田をヘタレだと主張する理由は、中学時代、不登校だったからだ。ある日急に部活に来なくなり、学校もテスト期間以外来なくなった。という話を当時の担任から引き継いだらしいのだが、同じ中学の奴らが通わないような離れた場所にある高校に進学して新しいスタートを切ったというのに、わざわざご丁寧に中学の担任が「理由はわからないけれど、彼は不登校でしたので。配慮してやってください。」なんて言ってきたら、普通大人ってもんは「あなたの心配には及びませんので、彼には関わらないでください。」ってニコニコしながら相手を(たしな)め、生徒に丸投げせずに自分で面倒を見るくらいの気概を見せてほしいと、友花は思うのだが…

大人の世界は依然として理解の及ばない事ばかりだ。


薄々感づいてはいたが、第二顧問のあのクソ野郎は、権力やら上下関係という繋がりに関して、とことんお人好しな奴なのだ。

友花はそういう人間とはどうも、(そり)が合わない。

そもそも不登校だったからヘタレってなんだよ!くっそあの野郎!


そんな調子で心の中で暴言を吐いていると、遥か後方で忍田の声が風の音に紛れて聞こえた気がして、パッと振り向く。


いない…忍田がいないぞ。

田んぼの細い畦道(あぜみち)の先、よーく目を凝らすと米粒ほどの大きさになってしまった忍田と思われる物体が見えた。暗闇の中に白いワイシャツがぼんやりと光って見えるのが余計に米粒感を演出している。


友花は忘れていた。忍田が短距離専門だった事を。


少し先の畦道と畦道が交わるところで自転車を止めて端に寄り、忍田を待つ。

進行方向からいつもの爺さんが歩いてきたからだ。


この、頭がつるっと禿げ上がった長身の爺さんは、いつも黒っぽい服を着て大体このくらいの時間に向こうから歩いて来る。

普段は自転車に乗って帰路につくので、練習が長引いた日や友達と駄弁って遅くなった日くらいしか会わない。

黒い服で暗い道を歩くのはやめていただきたい。轢きそうになる。

だからいつも友花は挨拶がてら


「爺さん!もうちょっと白っぽい服着てよー。轢いちゃいそうで怖いよ。」


と声をかける。


「大丈夫だあって!ヒョイっと避けっぺ」


爺さんはそう言って笑いながら手をパタパタと振るのだ。


ゆっくりと近づいて来る爺さん。後ろからは忍田が走ってきている。忍田、ぶつからなきゃいいけど…。そう思い、振り返ってみると声をかけるには遠すぎるくらいの距離に、大福くらいのサイズになった忍田が見えた。


手持ち無沙汰なので、ぼんやりと星を眺めていたら、爺さんがすぐ近くまで来ていた。

すれ違うにはまだ早いくらいのタイミングで、爺さんが無言で手をパタパタと振りながら微笑んできた。


何か様子がおかしい。いつもよりもさらに黒っぽく見える。具合でも悪いのか?このまま闇に紛れてしまいそうな、そんな気配を感じて声をかけようとした。


「爺さん…」


「先輩!」


ほぼ同時に忍田が息を切らしながら声をかけてきた。

思わず振り向くと、すぐ後ろに膝に手をつき肩で息をする忍田がいた。速いなあ、さすが元陸上部。

呑気に感心していた友花の両肩に忍田の両手が置かれる。


「…先輩、誰に声かけようと、してました?」


「誰って、爺さんだよ。前から歩いてきた。」


「その人とは、喋っちゃ、ダメですって。」


息を整えながら途切れ途切れで忍田がいう。

友花はなんとなく察した。

既にすれ違っている筈の爺さんの姿は、忍田の後ろには見えない。

走ってきた忍田に驚いて友花の後ろにでも隠れているのかと思って振り向いても、どこにもあのつるつる爺さんはいなかった。


やっぱりなあ。友花はなんとなく察した。


「やっぱりそうだったかあ。だからタイムラグがあったんだ。なるほどねえ。」


「やっぱりってなんですか!ダメですよ!いつも言ってるじゃないですか!幽霊見ても喋らない!見ない!聞かない!気づかないふり!って!!」


凄い勢いでまくしたてて来る。

忍田のでかい声が街灯もない田んぼのど真ん中で響き渡る。声だけが存在してるような、そんな暗闇が、星明かりで静かに照らされていた。


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