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燈し火  作者: 佐江草 依月
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陽炎と城3

西波先輩がぷんすかしながら前方で自転車を押している。猫っぽいなあなんて思いながら一つに束ねられた髪の毛の揺れを見ていたら、先輩が急に振り向いた。


「ちょっと途中でアイス買っていってもいい?」


「先輩、本当にアイス好きですよね。」


午後の稽古前にも顧問が持ってきた差し入れのソーダアイスを食べていた気がする。


「ちがうよ!これから買うのは爺ちゃんの分。」


そういえば西波先輩は以前「自分は祖父ちゃんと兄貴に育てられた」と言っていた。

ご両親の話は一切聞かない。あまりズカズカと聞くものでもないと思っていたので、お兄さんが都内で一人暮らしを始めて、今はお爺さんと二人暮らしだと言うことしか知らない。


それで十分だろう。

他人の家のことに何か言える程、うちだって真面(まとも)とは言えないし。


ぼんやりポニーテールの毛先を見ていた秀嗣(ひでつぐ)の思考に唐突に西波の声が入り込んだ。


「ってことだから!わかった?」


「ん、はい。おっけーです。」


ぜってえ分かってねえだろ。まあいいか。

と、先輩の半眼が語っている。


工場を出てから1時間ほど歩いただろうか。

先輩が雨の日も雪の日も自転車通学である理由はこの距離のためだろう。

電車も通ってなければバスは1日に3本しかないという。店もこの辺りでは20時に閉店するドラッグストアしかないと前に聞いた。


坂を下った先の大通りに出ると、道路の向こうに例のドラッグストアの明かりが見えた。


虫除けの扇風機が生温い風を送ってくる出入り口を抜けると赤いエプロンをしたおばちゃんがレジ周りを掃除していた。


「友花ちゃん!いらっしゃい。もう真っ暗ねえ」


「あ!倉持(くらもち)さん。今日は何アイスがオススメですか?」


おおよそ、ドラッグストアで聞く質問ではないが、おばちゃんも慣れたもんで。


「友花ちゃん相変わらずアイス大好きよね〜。今日はクッキーの入ってるアイスバーが安いわよ!10本で189円!」


「100円代!安いね!爺ちゃんに頼まれててさ」


「あら、でも一緒に食べるんでしょ?(あきら)さんもアイス大好きよね!」


「そうそう!でも、この間、俺の顎はまだまだ現役だって言いながら小豆バー食べたら顎外れちゃって、しばらく謹慎してたんですよー」


「「あははははは!」」


2人で声を揃えて笑っている。

おばちゃんなんて、レジ台を片手でバンバン叩きながら腹を抱えている。


そんなに笑わなくても。


遠巻きに2人の女子トークを眺めていた秀嗣を見つけたおばちゃん、もとい倉持さんが先輩に問いかける。


「あら、やだ。友花ちゃん。あの子彼氏?」


「あー違いますよ。あれは後輩です。」


西波先輩の声のトーンが急激に下がる。

あれ呼ばわりはひどいけれど、まあ不機嫌の元が自分なので文句は言えない。


「あれとか言わないのよー。可愛いじゃなーい。お名前は?」


「忍田秀嗣です。弓道部の後輩です。」


「秀嗣くんね!覚えておくわ!」


そう言いながら倉持さんは自分の頭を右手でポンポンした。

その上下に動いた手の奥に『莎野川秋祭り』と大書されたポスターを見つけるなり、秀嗣は口を開けたまま固まってしまった。


「せ、先輩。あのポスターに載ってる城って…」


そこまで言うか言わないかのところで西波先輩が秀嗣の肩に腕を回しながら強引に後ろを向かせて言った。


「よーし!アイス売り場行くぞ!後輩。爺ちゃん待ってるからな」


店内の一番奥の冷凍食品売り場まで来ると先輩は肩に回した腕をどけてアイスの並んだ冷凍庫のガラスに両手をついた。

じぃっと秀嗣を見てくる。いやに真剣な目だ。両手をついた冷凍庫のガラス扉は先輩の手の周りが結露し始めている。何か、まずい事でも言っただろうか?


「言ってなかったな。あの城。莎野川城が見えるって事、あんまり言わない方がいいぞ。」


「どうしてですか?」


「理由は家ついたら話すからさ」


そう言ってクッキーアンドクリームのアイスバーを取った先輩はレジに走って行ってしまった。


介護用品が陳列された棚を眺めながらレジへ向かう。和式便器に被せるだけで洋式便器になる簡易便器や老人がよく押している手押し車などが売られている。あ、手押し車じゃなくてシルバーカーって言うのか。なかなかに色柄が豊富だ。オーソドックスな無地のものから花柄、チェック柄、アニマル柄などもある。うちの婆ちゃんもそろそろこう言うの欲しがるかもなあなどと考えていると店の入り口の方から西波先輩の呼ぶ声がした。


レジのところで倉持さんに挨拶をして急いで外に出ると先輩が自転車にまたがっていた。


「え!乗るんですか?」


「言ったじゃん!アイス買ったら溶けちゃうからチャリ乗るって。だから忍田は走ってついてこいよ!って言ったんだけど、やはり聞いてませんでしたね?」


「あー」


あー。そのことだったかあ。

ね?ね?と言いながら先輩が近寄ってくる。


「はいはい、聞いてませんでした。走ります!はい」


やけくそだ。

先輩はニッと笑うとそのまま自転車を漕ぎだした。

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