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燈し火  作者: 佐江草 依月
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陽炎と城2

工場を出たところで、森の向こうに黒ずんだ城を見つけてしまった後輩の忍田秀嗣(しのだひでつぐ)は、かなり動揺していた。

普段あまり感情が表に出てこないのだが、糸のように細い目を3倍くらいに開いたまま一向に閉じる気配がない。


とりあえず忍田の顔を覗き込みながら左手を振ってみる。

すると視線はそのままに忍田はこう問いかけた。


「見えて、ますよね?なんでそんなに普通にしてられるんですか?見えてますよね?」


「ああ、あれでしょ?」


「いや、だって、あんなの、いつもは…」


からかうのも面倒くさくなってきた友花ともかは、自転車を押して歩き始める。


「あれは莎野川さのかわ城だよ。」


返事がないなあと思い、立ち止まって振り返ると今度はしきりに瞬きを繰り返しながら忍田がこちらを見ている。目、乾いたんだな、ありゃ。


「え、だって莎野川城って燃えて無くなったんじゃ…」


そうだ、莎野川城は江戸時代後半、盗賊が忍び込んだ際に使った提灯を置き忘れた為に焼失している。

たしか天守閣が焼失してから55年ほど江戸時代が続いた筈だが、お殿様以下家臣やら従者たちは、55年間天守閣なしでどう過ごしたんだろうか?

1人で考え込み始めた友花を見て、忍田が慌ててこちら側に引き戻す。


「無くなった筈のものが突然現れるなんてこと、あります?昨日まであの空間には何もなかったんですよ。」


「そういうもんなんだよ。なんと言うか、毎年この時期になると出てくるんだよね。見える人と見えない人がいるみたいだけど、みんなあんまり気にしてないから大丈夫だよ!」


説明するとややこしいので笑顔で締めてみた。


「笑顔で誤魔化さないでください!」


ダメだったか。結構頑張ったんだけどな、今の笑顔。


「忍田は榎田えのきだ町の人だから見るのは初めてか。」


人はそれぞれ見ている世界が違う。

だから、同じ莎野川出身者の中でも夏の終わりに出現する莎野川城と思われる幻影が見える人はあまり多くない。

さらに、忍田のように莎野川市外に住んでいる人にも見えてしまうことが稀にある。

ただ、おそらく皆、見え方が違う筈だ。


人はそれぞれ見えている世界が違うのだから。


「この後、時間ある?」


「はい。」


「じゃあ、家で夕飯でも食べながら説明するよ。」


「え、いいんですか?」


「おうよ」


「ありがとうございます!ちょっと母に連絡しますね。」


そう言って携帯電話を取り出して電話を掛ける。忍田は母親にすら敬語を使う。

礼儀正しい奴なのだ。


「よっしゃ!じゃあ行くか!」


そう言って歩き始めた友花を忍田が呼び止める。


「先輩…方向音痴なんですか?バカなんですか?」


礼儀正しいは撤回だ!


「あ?んだと??」


「先輩の家そっちじゃありませんよ。」


なるほど、真逆だ。

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