蛇足――祝福に代えて
以上が、私の友人の書いた小説の全てである。しかし原稿をもらった私は、以下の蛇足を付け加えたいと思う。
「うん、悪くないんじゃないか?」私は原稿を読み終えて言った。
「結局、名前はほとんど出てこなかったよ。付けた意味はなかったな」彼は名前の意味がわかっていないらしい。いや、ここではそんなことはどうでもいい。
「では、これからのことを話し合おう」と私は言ったが、彼は無視して私の部屋から出ていこうとした。「いや、ちょうどいい。君の部屋に行きたいと思っていたところだ」
彼はやっと振り向いた。「なに馬鹿なこと言ってやがる」
「手紙だよ、手紙」
「手紙?」
「気づかなかったのかい。彷徨さんから来た手紙には、ちゃんと意味があったんだよ。あの手紙は、今どこにある?」
「知らんし、興味もない」
「わかった、僕が探してやる。捨ててはないんだろう」と私が言うと、彼は私に家に入って欲しくなかったのだろう、「持ってきてやる」とあわてて自宅に戻った。
二時間ばかり待たされた後、彼が手紙を持って戻ってきた。私はそれを受け取って、読んだ。三度ばかり読み返した。「思ったとおりだ。君、これが来てから、何日になる?」
「さあな。ひと月は間違いなく経ってるかな」
「じゃ、もうだめかも知れないな」
「なんだよ。そこになにが書かれてあるんだよ」
私は彼に手紙を返した。「縦読みだよ」
「なんだと?」
「行の頭の文字だけを取っていくんだ」私が言うと彼は手紙に目を落とした。
「あそこでまつてる」
「と、なる。偶然とは考えにくいだろう?もしかしたら、彷徨さんはどこかで君の事を待っているのかも知れないな」
彼は衝撃を受けたらしかった。馬鹿な、と繰り返し呟いていた。
「あそことは、どこだろうな。もし思いつくんなら、行ってみるがいい」
「思い、つかない」
「確かに君の小説を読む限りでは、彷徨さんと君の二人にとって大事な場所は、なさそうだな。強いてあげるなら、君と彷徨さんが初めて出会った、河原くらいか……」私は言った「けどね、小説に書かなかった場所なら、どうだい?」
彼を見ると、悪戯がばれた子どものようにギョッとしていた。
「誰だって、全部の全部さらけ出すことなんて、するものか。そんな奴がいたら、それは狂人だよ。君は、狂人ではないはずだ。だから、君は本当に大事な思い出は、小説には書かなかったはずだ」
彼は沈黙していた。
「本当に思いつかないのならいい。もちろん、ただの偶然という可能性もある。そして、手紙をだした当時本当にどこかで彷徨さんが待っていたとして、時間が経った今はもう待っていないかもしれない。だから、そういったことが理由で君が動かないのなら、私は非難するつもりはない」
彼は聞いているんだかいないんだかよくわからない顔をしていた。聞いていようといまいと、私は続けた。「しかし、もし君が、自分が彷徨さんにふさわしくないと思うがゆえに動かないのだとしたら、私は軽蔑するね。芥という自称は、まさに君にふさわしい名だということになる。いや、ゴミという名さえ、君には過ぎるだろう。もし君が動かないのならね」
彼は私を睨みつけて、何も言わずに出て行った。
その後彼がどうしたのか、私は知らない。彼に会ったことはあるが、お互いそれについて触れたことがない。彼が彷徨さんに会ったのかどうか、真実は闇の中である。
ただし、隣に住んでいる私が見る限り、彼の外出は増えたようである。出て行ったきり帰ってこない日もたびたびである。
彼もまた彷徨さんについて、各地をうろうろしているという想像が、許されるのかどうか私は知らない。
彷徨に祝福あれ!
某年某日某所にて 名も無き小説家




