3番目の女
服を着替えるとすぐにでも掃除をするつもりでいた。こんな埃っぽい場所で生活など出来るわけがないのだ。かと言って、ここはお城。それなりに部屋は広い。
大きな窓があるし、キングサイズのベッドはホコリをかぶっているが、どこか上品さを失ってはいなかった。
「18時に夕食の準備が整うはずです。この地下にある、料理場に来てください。それまではご自由に。外に行っていただいてもいいですし────」
チハヤはちらりと部屋を見た。
「────部屋の掃除でも────」
「掃除用具は、廊下の角の用具入れの中にあります。それでは私は用がありますので。」
コツコツ。
現れた時と同じように、靴音を立てながら彼はこの部屋をあとにした。部屋の掃除でも────。って。なによ、あの言い方。いい気はしない。こんな部屋、本当に最悪だわ。辛うじて虫がいないことは救いだったかもしれない。
部屋に入り、すぐに渡されていたメイド服を着る。メイド喫茶なんかで居るようなフリフリのメイドではなくて、どちらかと言うと召使いのおばさんが着るような落ち着いた色のワンピースと言った具合だ。
部屋にあった時計を見ると17時を指している。あと1時間。とりあえず部屋を綺麗にしなくては。
窓の鍵を開ける。ちょうど真下はさっき見とれていたあの庭だ。
ケホケホッ
あまりのほこりっぽさに咳が止まらなくなる。
「もし、人がいらっしゃるのかしら?」
その声は庭の方から聞こえてきた。窓から身を乗り出し、下を覗く。そこに居たのは美少女だ。まるで人形のような顔立ち。大きな丸い瞳に、透き通るように白い肌。赤い口紅がよく映えていて、金髪のように薄い茶色の髪の毛はサラサラと風に揺れている。
目が合うと、その美少女は一瞬驚いた顔をしたけれどすぐに笑顔になった。
「私はアイリーン、貴方は?」
「…花音!花音よ!」
私は彼女に声が届くよう、少し大きめの声で叫んだ。まさかアイリーンが王族の人間だということはこの時は知らなかったのだ。私の声を聞いたのか般若のように顔を歪めたあのチハヤが、アイリーンのそばにやってきた。
「花音さん!!」
怒りを含んだ、刺さるような声で。
「アイリーン様、ご無礼をお許しください。花音さんは今日から働くことになった召使いでして…」
アイリーンの前にチハヤは跪き、頭を下げた。どれほどのことをしたのか薄々と花音は気づき、いても立ってもいられない気持ちになる。ああ、異世界でも上手くいかないのか。私はただ────
「あら、いいのよ。このお城にはお妃様と私しか女の子はいなかったんですもの。」
…ん?
アイリーンの言葉に耳を疑う。
────お妃様と私しか女の子はいなかったんですもの。────────
「それって?!」
アイリーンと私の言葉に、俯いてため息をついたチハヤの姿を私は見逃さなかった。