こき使われてください
どうぞ、お茶でも。
そう言われて出されたお茶はハーブティだった。私はずっとハーブティが好きだったが、結婚してからはずっと封印していた。なんせ旦那がハーブティの匂いを嫌ったのだ。犬か?と言いたくなるほどハーブティに関しては鼻が敏感だった旦那。今思い出しても、非積極的な旦那の態度や、私の好きなものを認めてくれない旦那の態度ばかり思い出してしまい、腹が立って仕方ない。
1口ハーブティを飲み、口に広がる味を楽しむ。こんなに美味しいハーブティ、久しぶりに飲んだ…。あまりの美味しさに、頬が綻ぶ。
「…大きなお城に住んでるのね。」
チハヤが来ると私はまずそう言った。この辺りでは1番の大きなお城。どこか中世を思わせるような建物だ。裏庭に降りてたった時も、庭師が整えたのだろうか、美しすぎる庭の様子に思わず立ち止まって魅入ったほどだ。
「…まぁ、王子に仕えている魔法剣士なので。」
さも当たり前かのようにチハヤは笑った。
「王子?魔法剣士?」
一体何の話をしているのか。さっぱり分からずチハヤを見る。恐らくチハヤはここでの生活が長いのだろう。私なんてさっきここに降り立ったばかりなのだから。
「ここは王都です、花音さん。」
「おうと…?」
オウム返しで聞き返す。今の花音にはそれしか出来ない。いきなり王都など言われても、生粋の日本人である花音には馴染みがない。
「王様とお妃様がいるのです。その息子、つまり次期王様となる方に仕えているのがこの私、チハヤというわけです。」
噛み砕いた表現でわかりやすいようにチハヤは言った。しっかりしなさいよ、花音!アラサーの癖に、王都の意味さえわからないなんて。20歳程度のチハヤにバカにされてるじゃないの。自分自身に心の中で突っ込む。
「な、なるほどね!で、魔法剣士って言うのは………」
「魔法が使える剣士のことですよ。」
ばか、当たり前じゃない。
自分で聞いておきながら自身の馬鹿さに呆れてしまう。
「とりあえず、花音さん、この世界の服を召してください。そんな格好じゃ変な輩に絡まれてしまいます。」
チハヤはそう言って、私の服を指した。たしかに、この世界には全然合わないだろう。短髪の女子と言うだけでも、このレンガ調の街には合わない。この屋敷に来る途中、空を飛んでここまで来たのだが、道を歩く女性はやはり長髪であった。パン屋の娘も花屋の娘も、薬屋の娘も、そしてその母親も。
「花音さんのために、部屋を宛てがいました。こちらへどうぞ。」
ハーブティを飲みきると、チハヤのあとに続き部屋を出て、私のための部屋に向かった。高さでいうと、4階だろうか。そのフロアの一番端の部屋が私の部屋となるようだった。
「ここ?」
あまりにもホコリかぶっている廊下と部屋の扉に思わず身構える。いい男だと、チハヤのことを思ったが初対面の女にこんな薄汚い部屋を宛てがうなど────そんなことがありえ────
「そう、ここです。」
嘘でしょ?
「あなたには身寄りがない。この世界は初心者。とりあえずは、このお城で働く者として、働いて頂こうかと。ですので────」
ガチャリとチハヤはドアを開けた。ホコリが舞い、咳が止まらない。
「これからはメイドとして、こき使われてください。」
悪魔だ────
チハヤの目は笑っていた。