チキュウというところ
涙で世界が歪む。
本当に世界が歪んでいたなんて、この時は思いもよらなかった────────
涙を拭き、目を凝らすと、なぜだか私は外にいた。短髪で、いつもパンツスタイルの私。レンガ調の街にいる私のこの格好はとても浮いていた。だが、一体ここがどこなのか分からない。夢、だろうか?さっきまで、家のトイレの前にいたはずなのだ。泣き疲れて寝ているのだろう。それにしても不思議な街だ。
「おい、姉ちゃん!」
突然背後から声をかけられた。ぱっと振り返ると肩に大きなタトゥーの入った男。やばい、そう思ったけれど家にいた時と同じように裸足である私に走るという選択が出来ないでいた。
「いいケツしてるねぇ。」
ニヤリと男は笑う。
「覚めろ覚めろ!」
男に気づかれぬよう、夢から覚めようと必死に念じる。いいや、そうするしか方法はないだろう。が、しかし目は覚めない。男は私の手をとると、裏路地へ引っ張っていく。
「や、やめてっ!」
手を振り払おうとするが、男の力は強い。
「威勢がいいねぇ。」
ハハハと声を大にして笑いながら、彼は私の胸を揉んだ。
ギャァァァァァア!
それは声にもならないほどの叫びだった。
「その女の手を離せ、レイター。」
コツコツと靴音と共に現れたのは銀髪の男。背格好もレイター、そう呼ばれた男よりはあるだろう。所謂美形で、グリーンの瞳は人間離れしているように見える。
「!!チハヤ様っ!」
レイターと呼ばれた私の胸を触った男は、急いでその場から離れて行った。まるで恐ろしいものを見るかのように。ほっと胸を撫で下ろし、チハヤ、そう呼ばれた男に目をやる。たしかに腰から剣のようなものを下げて入るが、それだけである。あのタトゥー男よりは怖くもない。優しい顔でほほ笑みかけてくれる、素敵な人だ。それが私の第一印象。
「…お怪我はありませんか?」
彼は優しく私に声をかけた。
「ああ、はい。大丈夫です。」
「すみませんでした、レイターには後できつく言っておきますので。」
飛んだご無礼を。そう言って頭を下げるチハヤと呼ばれた方。立場がえらいのだろう。それだけは何故かわかった。
「あなたも、異世界から来たんでしょう?チキュウという所から。」
え?
目を丸くして、チハヤを見た。
「なんせ、僕もチキュウからやってきたのです。申し遅れました、僕はチハヤ。チハヤとお呼びください。」
ここは異世界?
まさか。夢ではないとでも言うの?
「…花音です。」
名前負けとはよく言うものだ。恥ずかしいほど名前だけは若い。夢の中なら何となくそんな名前も許された気がしたのだ。だが、夢ではない?それはあまりにも現実味がなく、冷静になるにはまだ早い気がする。
「花音さん、一度僕の屋敷にいらしてください。」
チハヤはそう言って、目を丸くしている私の手をとる。その次の瞬間、宙を浮いたのは私の夢だったかもしれない。