籠の中で
王女視点です。
あの時、あんなにも懇願したのに願いを叶えてくれなかった神様なんて。
口先だけの言葉を並べ立てる大人たちなんて。
無力故に受け入れることしかできない自分なんて。
「大嫌い」
じわりと眦に滲んだものを溢さぬように、ぐっと唇を噛みしめた。
あの日から止まったままの時間。
碌に人と顔を合わせず、部屋に篭り、3年が経とうとしている。
寄りかかった窓にふと目を向けると、春の訪れを告げるように色とりどりの花が咲き乱れていた。
綺麗、と以前はそう思えたものなのに、幾分も心は動かなかった。
コンコン、と部屋にノック音が響く。
「アリア様、そろそろお支度の時間でございます」
「そう」
「・・・失礼いたします」
女官たちにドレスを着せられる中、思い返すのは、あの彼のことだった。
***
ヒューマ。
それが彼の、私の幼馴染の名前だった。
貴族でもない彼と王女である私が出会ったのは、王城を秘密で抜け出した日のこと。
母の誕生日で、城下にプレゼントを探しに行った。
人知れず抜け出したのはいいが、初めて一人で街に出たものだから、何がどこにあるかわからない。
また、5歳で人見知りだった私が道を尋ねるなどできるわけもなく、途方に暮れていたあの時。
「もしかして、こまってる?」
「!あ・・・そ、そう・・・なの」
不意に肩に手を置かれ、振り向くと自分と同年代くらいの少年がいた。
どもりながらも必死に自分の状況を伝え、彼が街を案内してくれた。
だけど、これだと思えるプレゼントがなくて、視線を落とした。
「うーん・・・じゃあ、こんなのは?」
大したものじゃないかもしれないけど、と苦笑する彼に顔を向ける。
その手の中にあったのは、透き通った凝った造りの薔薇の花だった。
驚愕と興奮で、彼に詰め寄り、花にそうっと触れる。
ひんやりとした感触に反射的に手を引っ込める。
呆然と彼の方を見て、少し照れくさそうな彼の手を引いて王城までお持ち帰りしたのが、最初。
後から知ったのは、彼が水属性の妖精に好かれ、その系統の魔法の適正が高かったこと。
そして、彼がこの世界・・・ルティアスフィアとは別の世界【ニホン】からやってきたということ。
知れば知るほど、彼に興味が湧いたが、それが恋故だと気づいたのは、あの時だった。
彼が、この世界からいなくなってしまった、あの日・・・私の15の誕生日を祝う夜会の後の出来事だった。
綺麗な装飾のついたドレスに身を包み、豪奢な飾りといつもはしない大人っぽい化粧を施された私は、成人の仲間入りをすることにドキドキしていた。
エスコートはもちろん、ヒューマだった。
いつもの長めの前髪は後ろに撫でつけられ、かっちりとした正装に身を包んだ彼に手を差し出す時。
触れる手の温度が妙に印象に残って、心臓が騒がしかったのを覚えている。
成人した姫、ということもあってたくさんの貴族や他の王族から声をかけられた・・・もちろん、婚姻の話である。
それらを全てお父様に押し付け、適当なところで二人で夜会を抜け出した。
「いいのか?抜け出してきて」
「いいの。それよりも、ほら・・・約束したじゃない?見せて」
「・・・仕方ないな」
やってきたのは王城の中にある庭園。
おいで、と彼の腕に納まり、彼が呪文を紡ぐのを聞く。
瞬間、目の前に細かな模様が入った人が入れるような鳥籠が出来上がった。
夜闇に透き通り、光を反射するそれと少し下がった温度に、口角が徐々に上がるのがわかった。
「綺麗・・・そういえば、前から思っていたけれど、なんで籠なの?」
「どっかの誰かさんがあんまりにもうろちょろするから?」
「なんですって!?」
「冗談だよ」
憤慨する私と声を出して笑う彼。
口を尖らせながらも、せっかく出してくれた魔法がこのまま消えてしまうのは忍びないと思い、その籠の中に入る・・・もちろん彼も一緒に。
中に入ってみると、文様が浮かび上がって見えて、更に背景の星が透けて見える。
あまりの綺麗さに暫く言葉を出せずに天井を眺めていると、じっと彼の視線が自分にあることに気づく。
「ん?どうしたの?」
「・・・アリア」
「なぁに?」
口が重そうな彼の様子を不思議に思いながら、視線を戻す。
そして、彼の言葉を聞くはずだった。
なのに。
「・・・ぷ」
「え、な、なに急に?!」
「【結界】・・・【保護】、【補助】・・・・」
「どうしたの?!ひゅ・・・・・ま?」
顔を向けると同時に抱きしめられる。
瞬間、彼の魔法が発動し、抱き合った状態のまま青い球体上の結界に閉じ込められる。
突然の事態に反射的に彼を抱きしめ、そして違和感・・・ぬるりと何かが自身の手を伝うのに気づく。
なぜか手を見てはいけない気がした。
彼の顔や声、腕の力の減少を知ってはいけない気がした。
彼が、いなくなる気がした。
「ひゅ・・・・・ま、」
「っ・・・、大丈夫、護るから」
「いつもの冗談でしょ?縁起でもないよ、ねぇ」
「ずっと、好き・・・だった」
ぽすり、と彼が私の肩に頭を乗せる。
いつもよりも少しだけ乱れた息が、怖くて仕方なかった。
吐息交じりに告げられた、愛の告白。
じんわりと滲んだ涙はとても冷たくて、ぼやける視界がもどかしかった。
「だったなんていわないで!私も、ヒューマが好き・・・!!」
「・・・しあわせ、にっ・・・・な」
「あなたがしてくれるんでしょ!!」
そのはずだったんだけどな・・・と力なく笑う彼がようやく顔を合わせてくれた。
苦しいはずなのに、笑顔を浮かべようとする彼が愛しくてたまらなかった。
どちらからともなく合わせられた唇。
初めての口づけは彼の血の味がした。
憧れていたそれはちっともロマンティックなものじゃなくて、寧ろ別れを感じさせる虚しさが溢れていた。
徐々に虚ろになっていく彼の瞳を見ながら、必死に祈った・・・どうか彼を私から離さないで、と。
何を代償にしても彼が助かれば・・・そばにいてくれさえすればよかった。
なのに、世界は非情で無常で残酷だった。
結局、彼はそのまま逝ってしまい、私は取り残された。
犯人は私の国・・・ツヴェルク王国と対立する王国が絡んでいるらしい。
しらじらしい口上が綴られた詫び状を一見し、私は悟った。
こんな世界なんて、何の意味もない、と。
***
「さ・・・・あ・あ・・・アリア様」
「・・・終わったの」
「はい。では、こちらへ」
思いを馳せていた間にどうやら着替えは終わったらしい。
3年ぶりにまともな衣装を身に纏い、向かうのは玉座の間。
18にもなって王女が婚姻をしないでいるのは他国への示しがつかない。
だから今日は私の婚約候補の方々が集まっておられるのだそう。
くだらない。
内心はそう思うが、王女という身分の重要さは理解しているし、ヒューマの一件からこうして3年も放っておいてくれた父様に感謝している。
どうせ政略結婚で、そこに愛なんかが派生するわけがない。
私の愛は、ヒューマのものなんだから。
引きずりそうなほど長いドレスの裾を少したくし上げ、重々しい扉の前に立つ。
脇に控えていた騎士たちがゆっくりと道を開いてくれた。
目の前の空間は酷く眩しく、一瞬しかめっ面になってしまった。
なんとか淑女としての仮面を貼りつけ、ゆっくりと玉座の近くまで歩み寄る。
こちらを凝視するいくつもの視線に不快さを感じつつ、目的地へとたどり着いた。
「王女よ、よくぞ来てくれた」
「私のためにこのような催しをしてくださてありがとうございます、お父様」
定型通りの挨拶を交わし、自席へと腰かける。
周囲にずらっと並ぶ男たちにため息をつきそうになったが、それを堪え、そして前を呆然と見つめる。
どうでもいいから、はやく一人にして。
ただその一心で。
初めての創作小説で緊張しています。
完結を目指して頑張っていこうと思います。