逃走経路
「そうよ。今はゲーム中。ソーリィ。こんな時に召還してごめんね」
予想は、正しかった。現在はその神の遊戯の真っただ中で、チームSとチームFが『神取りゲーム』をやっているというわけだ。
最低最悪の殺し合い。痛覚がないならともかく、痛覚が存在する中で、お互いに一度は死んでいるはずの人間同士が、命の価値を何とも思わずにためらうことなく殺し合う。
まだ本来なら学校で楽しくワイワイ友人と会話していてもいいはずの年齢だろう。
俺の中の偽善者が騒ぎ出す。それを押さえつけ、立ち上がる。
「まあ、その、なんだ。移動するか」
「オーケー。行きましょう」
まだまだ疑問は残っているものの、俺はとりあえず様子見をすることにした。
何が起きているのか完全には理解出来ないものの、現在はとにかくフリューゲルから逃げることが最優先だろう。
「で、移動するって言ったって、どこに行くんだ?」
「まずはこの場から去れたらどこでもいいわ。でも、そうね。出来ることは二つあるわよ」
心はそう言って左手を空中に差し出す。また、ワークスとやらを取り出すのかと思いきや、そうじゃないらしい。
「これは、建物の見取り図か?」
不動産屋でよく見るような、建物の間取り図。それも相当大きな建物だ。それが心の左手の上に小さく映し出されていた。
それを心は、慣れた手つきで右手を動かして拡大する。
「イエス。これは学校の地図よ。今はここ。頭に叩き込んでおきなさい」
地図の一点を指さしながらそれだけ答え、心はスカートのポケットから何かを取り出す。
携帯通信端末。どこかと連絡を取るのだろうか、タッチパネルを操作していたかと思うと、くるりと体を反転させて背を向け、それを耳に当てる。
電話時のマナーとして、俺から三歩分間を取り、会話し出す。
そんなに離れたら地図見えないんだが。
「――――柚葉? ごめん、保健室は奪われたわ。久住も犠牲に…………そう、了解。こっちは今、昇降口屋上。………………オーケー。そこで落ち合いましょう。じゃあね」
電話の様子を眺めていると俺はあることを思い出す。
俺も携帯端末を持っているんだった。忘れていた。
懐からそれを取り出し、一連の騒動で壊れていないか確認する。――無事だ。
電話を終えた心が俺を見て驚いた声を上げる。
「ちょっとクロト! 携帯持ってるなら早く言いなさいよ! 貴重なんだから!」
携帯が貴重とはどういうことだろうか。その意味を理解する前に心が俺に詰め寄り、携帯電話を取り上げる。
抗議しようとする俺を無視して、俺と心の端末を交互に操作する心。今度からはロックかけておこう。
流石は女子、というのは男女差別にあたるだろうか、目で追うのが厳しいスピードで操作していたかと思うと、十秒と経たずに携帯を返してくる。
「今は簡単に登録だけしておいたわ。私の番号。はぐれたら連絡すること」
見るとアドレス帳が開いており、そこに『心』の文字が。名字はないのかよ、と思いつつそれを触ると、心の電話番号が表示される。
「で、どこに逃げるんだ?」
さっきから屋上にいて気づいたことがある。
建物内への入り口が、ない。
ここの屋上は簡単に立ち入れないように出入り口が用意されていなかった。周囲を囲むフェンスが簡単に乗り越えられるような簡単なものになっているのは、それが理由だろう。こんなところに立ち入る方がおかしいのだ。
おそらくどこかの壁に梯子が取り付けられているのだろうが、どこからあのショットガン女が現れるか分かったもんじゃない、不用意に身を乗り出してまで確認するつもりはなかった。
「この学校には、連絡通路が用意されているわ。その屋根に飛び乗りましょう」
建物一階分の落差くらい余裕でしょうと、心は言う。タフすぎる……。
どうやってここまで来たのか覚えていないが、どうやらここは二階建て以上の棟の屋上らしい。
「そうそう、一つ訂正しておくわ。私たちは逃げるんじゃない、これから逆襲するのよ」
その言葉には、確かな決意が込められていた。