一つ目への地図
割愛。
それは素晴らしい言葉だ。
その言葉を記すことで、何もかもなかったことに出来るのだから。
実際には『必要なことで省くのが惜しまれるものを省略すること』を表すらしいが、そんなことはどうだっていい。
要は俺が、女子トイレでやり場のない恥ずかしさを堪えるために、如何に無心であろうと集中していて、その様子を散々心に馬鹿にされたということを、書かなくて済めばそれでいいのだ。
「そんなこと一々気にしていたらこの『神取りゲーム』、やっていけないわよ」
その言葉だけはやけに真剣みを帯びていて、ちょっとグサッと来た。
とにかく俺たちは女子トイレを抜け、フリューゲルの追撃を撒くことに成功した。
流石にこれ以上追ってこれないだろう。普通の人間なら。
「そういや、さっき二つ出来ることがあるって言ってたよな? それは何だ?」
決して話題を変えたくて心にそう切り出したわけではない。
誓って。
心はトイレ前の段差を駆け下りながら質問に回答する。
「まず一つ目はもう一人の仲間との合流よ。柚葉っていうの」
「さっきの電話の相手か」
「イエス。そうよ」
この神取りゲームは四対四のチーム戦。こっちのチームには俺と心、久住の他にあと一人いるのが道理だった。
その四人目と合流する。なるほど、最優先でするべきことだろう。
心が手招きをするのに応じて、俺も心の後を追う。
光が差す場所に出た。
「ここは見晴らしが良いわね」
そこは渡り廊下。さきほどのとは違い、きちんと人が通れるように固められている。透明なプラスチック製の屋根が取り付けられており、日差しが入り込んで眩しい。
廊下の両側が簡単な柵だけの解放空間となっており、見晴らしは確かに良さそうだ。
「校舎の形を覚えておきなさい。ここからならよく見えるわ」
心が左手をかざす。そこには先ほどの校舎の地図が現れた。
ようやくゆっくり見せてもらえるらしい。
と思ったら違った。近づこうとしたら、まるで拒絶するように距離を取る心。
その行動の真意を理解しかねていると、心は自分から口を開いた。
「クロトも自分で出しなさいよ。これもワークスよ」
「俺にも出せるのか?」
「誰にでも出せるわ。ほら、やってみなさい」
やってみなさい、と言われても、やり方知らないんだが。
とにかく見よう見まねでやってみるしかない。
俺はとりあえず左手をかざしてみた。
「…………でねーし」
「クロトはセンスがないのね、きっと。念じてみなさい。『地図よ、出ろ』ってね」
「そういうことは先に言ってくれ」
それだけでセンスがないとか決めつけるのが早すぎないか?
どこか納得のいかないものを感じつつ、言われたようにやってみることにした。
左手に意識を集中しつつ、念じる。
――――地図よ――――
瞬間。
俺の左手の上空に心と同じような地図が浮かび上がった。
左手を動かすとそれに連動して上下左右に動く。どうやら左手と一定の距離を保つようになっているらしい。
「それは慣れると自在に飛ばしたり大きくしたり出来るわよ。こんな風に」
心はその名前の通り心を読む能力でも持っているのか?
「クロトが分かりやすいだけよ」
そうですか。
そんなことを言いつつ心は左手の地図を俺の方へ投げて寄越したり、頭上高くへ飛ばして見せたりした。
大きく拡大するのもさっきは右手を使って操作していたのに、今度は左手だけでやってのけた。
俺にはそのやり方がどうにも見当がつかず、真似してみるも、地図は全く反応しない。難しい。
「慣れるまでは右手を使って操作してね」
右手で地図に触ってみると、感触が全くないが右手を動かすのに合わせて地図が動いた。
流石に飛ばすやり方は分からないが、なるほど、拡大縮小もやり易い、直感的な操作で大体のことはできるようだ。
「グレイト。じゃあ地図を覚えておきなさいね」
「了解だ」
地図を眺めるのは、自分が超能力に目覚めたようで、結構楽しかった。この分ならすぐにマップを覚えてしまえそうだ。
半分遊びながら、実際の校舎と照らし合わせて地図を眺めていると急に、地図上に四つの赤い点が現れた。
「エクセレント! 柚葉がやってくれたわ!」
「やってくれたって、何を?」
「さっき言ってた、もう一つの出来ることを、よ」