性別の壁
鉄柵を乗り越え、三階建ての屋上から一階分の落差を飛び下りて、渡り廊下の屋根へ。
まずはなぜか俺が無様に先に飛び下りて盛大な音を立てて着地、後から心が華麗にほぼ無音で着地する形になった。
「ここで待ち伏せがあるかと思ったんだけど、なかったわね」
「あったら俺が死んでるんだが」
大きな音を立ててしまった以上、ここにじっとしてはいられない。
なるべくすばやく、但し下から見えにくいように姿勢を低くしながら隣の棟へ移動する。
屋根を渡っている以上、その先に入り口などはない。あるのは四階建ての校舎の壁のみ。
「また、投げましょうか?」
「別の方法で頼む」
今いるのは実質三階である。四階建ての建物の屋上までは投げ飛ばすことが出来るだろう。常人ならともかく、先ほど俺を二〇メートル鉛直投げ上げしてみせた心なら出来るはずだ。多分。
だが、今わざわざそれをする必要はないはず。
「ジョークよ。今は足場が悪いから無理ね。見たところ、こっちの屋上には高めのフェンスがあるし、見た目以上に高さがあるわよ」
「足場さえよければまた投げてたみたいな言い方だな」
「それはそうよ。近くにフリューゲルの奴らがいるのに音を立ててるのよ。手っ取り早く距離を取れるならそうするわ」
フリューゲルと言われて出てくるのは、ショットガン。
ショットガン自体に射程も貫通力もそれほどないと、知識では分かっていても、実物を初めてみたのだ。恐れるのは仕方がないというものだろう。
「仕方ないから窓を割りましょう。警報なんかはルール上切ってあるから大丈夫よ」
「なんだか強盗みたいだな……」
ぼやきを無視して、心はワークスとやらで拳銃を取り出す。
どうするのかと見ていると、発砲するのでなく、拳銃のグリップ部分を曇りガラスに打ち付ける。
窓は小さく音を立てて穴が開き、ガラスの破片が辺りに少し散らばった。
「格子状になんか糸みたいなものが入っているけど、案外曇りガラスでもあっさり割れるんだな」
「このワイヤーは火災時にガラスが飛び散らないように入れてあるものよ。防犯用じゃないわ。それくらい知ってなさい」
怒られた。
道理でそれほどガラスが散らばっていないわけだ。
心は自ら開けた穴に腕を通し、内側から窓ガラスを解錠する。
少し重たくなっている窓を引き開けると、そこにはいくつもの扉が並んでいた。
「――――ここ女子トイレじゃねえか!!」
「そうよ、地図見てなかったの?」
ろくに見せてくれなかったくせによく言うよ。
じゃなくて、こんなところを俺に通れって言うのか!?
「ドンウォーリィ。ほら、気にしないであげるからちゃっちゃと入りなさい」
「俺が気にするんだよ!」
「男のくせに情けないわね」
うるさい。女子トイレに堂々と入れる男なんざいないんだよ。いたらそいつは男やめてる。
せめて別ルートはないのかと辺りを見渡していると、心はさっさと窓からトイレの中へ入っていく。
「むしろ女子と一緒にトイレに行けるって、ご褒美じゃないの?」
「そんな変態と俺を一緒にするんじゃない!」
そんなイベントを期待していいのは小学生までだ。
そんなやり取りをしていると、顔面から三十センチといったところだろうか目の前の壁に突如薙刀が突き立った。
……なぎなた?
「なぎなたぁ!?」
薙刀の飛んできた方向を見ると、フリューゲルの眼鏡を掛けた少年が、まさに何かを投擲したポーズのまま立っていた。
こちらが気づいたことが分かると、眼鏡のブリッジを人差し指でくいっと持ち上げドヤ顔をする。いや、遠くてよく分からんが、ドヤァと言わんばかりの雰囲気が、そのポーズから伝わってくる。
「こっちは三階にいるんだぞ! そんなもの投げてくるな!」
「三階とか今更よ」
心、お前がそれを言うな。天まで届けとばかりに投げられるほど人は軽くないんだよ。
そもそも薙刀って女子の武器じゃなかったか?
とにかくフリューゲルに見つかった。このままでは投げ槍ならぬ、投げ薙刀に殺されてしまう。
いつショットガン女が出てくるかも分からない。
ここは腹を括るしかない。
女子トイレに入る。
俺は覚悟を決めた。