死と暗黒
気づいた時にはそこにいた。
俺はそこに来た時、身に着けていたもの以外何も持っていなかった。
ただこれだけははっきりしていた。
ここがどこなのかは分かりきっていた。
俺はその事実に納得してしまっていた。
俺は死んだんだ。ここは死後の世界だ。
それだけははっきりと自覚していた。
辺りは真っ暗、だが自分の姿ははっきりと分かる。
改めて自分の状態を確認する。周囲には何もない。
自分の服装は死んだときの状態。黒のチェック柄のシャツに黒のジーンズ、それにサンダル。
夜中にこんな目立たない格好をしているから交通事故に遭ったんだろう。トラックの運転手はギリギリまで俺に気付く様子はなかった。ブレーキをかけてくれたものの間に合わず直撃、そこから意識は飛んで、今である。
事故に遭った記憶ははっきりとしているのに、肝心の体には傷一つなかった。それも俺は納得していた。
死んだ世界にまで致命傷を引き摺ってたまるか。
「……声は、出るな。そういえば、携帯と財布は……」
ジーンズの左右のボケットをまさぐると、幸いというべきか携帯端末と財布は残っていた。財布の中にはいくらかの小銭と千円札が二枚、それとカード類がいくつか。携帯の方はひび割れも何もなく、問題なく起動する。
「っ! 電波が入るのか!」
死んだ世界から家族に電話をかけてみたらどうなるだろう? そんな好奇心に襲われたものの『今は』やめておくことにした。万が一繋がりでもしたらこっちも怖い。
「さてと、どうしたものかね……」
とりあえず歩いてみることにする。
一歩、二歩、三歩……真っ暗で、確かに何もない空間だが歩くことは出来るようだ。ズッズッズッとサンダルが地面に擦れる音もしっかりとする。
『...NOW LOADING』
「うぉっ!」
突如目の前の空間に現れた白い文字に思わず腰を抜かす。
情けなくしりもちをつく。受け身も上手く取ることが出来ず、衝撃が骨にまで伝わってくる。
そこで初めて痛覚が存在することを自覚した。
『ようこそ、クロトさん』
空間の文字が切り替わった。そこに書かれていたのは俺の名前だった。
立ち上がり訝しがりながら、その文字をまじまじと見つめる。
その反応を待っていたかのように、文字は次々と現れてきた。
『ようこそ、クロトさん』
『あなたはチームSに配属されました』
『健闘を祈ります』
それだけを表示したかと思うと、次の瞬間足元から光が溢れ出してきた。
足場が消え、宙に放り出される感覚を覚えたとき、自分の意識は再び飛んでいた。