様式美
勇者の素質ってさ……
そんな話。
約3800字 ……長い……_(:3 」∠)_
ギルドの討伐部位回収カウンターに、少年冒険者がE級の冒険者証と大きな熊の頭を乗せました。
その熊は近隣の街のギルドが提携して討伐目標に掲げていたモンスターで、通常のヒグマの倍の大きさ、赤黒い鶏冠のような毛並みが結晶化しているのが特徴です。
「……え?……フューリアス……ベア……??」
「はい。討伐証明部位は頭部ですよね」
『フューリアス』と種族の頭に付けて呼ばれるモンスターの討伐は、騎士団では最低でも一個中隊の人数が必要です。冒険者ならランクはB級以上のパーティーに依頼します。
けっして駆け出しの冒険者が単独で討伐することをギルドでは推奨していません。
フューリアス種は厄介なモンスターですが、内臓は薬の材料や魔法の媒体になります。上手く解体すれば亡き骸は高額になりますが、とにかく多対一での火力勝負なので、いつもまともに残るのは魔力がこもって結晶化した目玉と鶏冠部分です。そして消し炭になった頭部の大きさで種類を調べます。今回のように見て明らかに熊とわかることは稀で、A級パーティーやS級冒険者が討伐した時だけです。
「こんなにまともな状態、何年ぶりかしら……」
カウンターの受付嬢は呆然としました。
目の前の少年冒険者の防具は胸当てだけで鉄の入っていない皮製品の軽さ重視の物。武器らしい物は腰ベルトに留められた短剣と木の棒。フューリアス種を倒せる装備ではありません。
しかし少年冒険者は受付嬢の驚きや観察を気にした様子もなく静かです。が、「あ」と小さく慌てて口を開きました。
「体は運べなかったので森に置いたままにしています。こちらのギルドで回収をお願いできますか。僕の取り分はこの頭の分だけでいいので」
「「「「「 えええええっ!? 」」」」」
フューリアス種は一財産稼げますので、冒険者たちもギルド職員も叫びました。日頃、取り分についてこのように奥ゆかしい事を言う冒険者はいませんし、むしろ喧嘩に発展し、職員はその仲裁ばかりです。
「それとも僕の依頼という形にしたほうがいいですか?」
「いえ!ギルドで回収します!」
受付嬢の返事は早く、職員たちは回収の準備に動きます。譲ってもらえるならば遠慮はしません。
職員の様子に安心した少年冒険者は、受付嬢が討伐証明書に書き込んでいくのを大人しく待ちます。
そこへ冒険者の何人かが絡みだしました。
「ようよう僕ちゃん、どこのパーティーの小間使いよ?」
「まともな武器も無さそうなのに、どうやって仕留めたのさ?」
「一人でなんて嘘だろう?本当はどこかのパーティーが相討ちになったのを掠めてきたんだろう?」
受付嬢は内心で舌打ちしました。
冒険者とは誰でも登録できますが、新人いびりで心が折れるなら討伐には向いていません。ですが、新人を必ずいびらなければならない習性を持つ人間は好きになれません。
「いいえ。僕はまだ冒険者になりたてなので、パーティーに入れてもらったら迷惑をかけてしまいます。フューリアス・ベアを狩るのも30分も掛かってしまったし、回収しにくい場所でとどめを刺してしまうし……」
いびり屋たちに素直に答えた少年冒険者はしょんぼりしてしまいました。
が。ギルド内は静かに混乱に陥りました。
「……30、分……?」
「はい。大きさに驚いて慌てて、魔力装填に手こずってしまって」
「魔力装填?え、実は魔法使い?」
少年冒険者はカウンターに置いたままだった冒険者証を取って見せました。
「僕の職業は魔法がほんの少しだけ使える『剣士』ですが、どんな武器も扱える『戦士』を目指しています」
初期登録では能力に合わせての暫定職業表示になりますが、経験を積み、ギルドでの承認が得られれば職業変更は可能です。
『剣士』は剣と相性が良く、装備すると攻撃力が高いです。
『戦士』は機動力は下がりますが、刃物でも鈍器でも武器の特性を生かした高い攻撃力があり、盾での防御力も一番です。
「魔力装填はその短剣にかい?短剣で熊の首を斬った?」
いびり屋たちを押しのけて、別な男性冒険者が質問しました。
「いいえ、こっちのひのきの棒です」
「「「「「 はあああああっ!? 」」」」」
ギルド内にいた冒険者たちに詰め寄られ、少年冒険者は後ずさりしました。
『魔法剣士』という職業もありますが、剣はともかく木の棒に魔力を注いで戦うことはありません。木では耐えられないからです。受付嬢が思わず振り返ると古参のギルド職員も呆気に取られていました。
ありえない。
そう誰もが思う中、少年冒険者は木の棒を腰から外しました。だいぶ使い込まれているのでひのきかどうかは迷うところですが、どこからどう見ても木の棒です。
「え、と、この棒は魔法使いだった僕の爺様からのお下がりで、最初は立派な細工のされた杖だったそうです」
あまりに棒を凝視されたからか、少年冒険者は説明しだしました。
魔法使いの杖のなれの果て。
しかし、ただの棒状になるまで杖を使い込む魔法使いもいません。杖を持つのがステイタスな魔法使いはその形状にこだわりますし、なにより魔力を増幅したり具現化するのは杖にセットされる宝石や水晶です。
「爺様は若い頃は鳴かず飛ばずの腕でその日食べるのがやっとだったそうです。僕が冒険者になると決めた時には反対されましたが、特訓には一番長く付き合ってくれました。これはその時からずっと使っていて、僕がいつか無事に故郷へ帰るためのお守りにと譲り受けました」
とても大事そうに木の棒を見る少年冒険者に、周りはほっこりしました。そこに男が再び質問をしました。
「え、と、魔力装填の意味を聞いていいかい? 細かくてすまないが装填というと銃型に使われる言葉だろう?」
「あ、はい。僕の魔力が少なすぎて、連続で小出しにしたのを爺様が装填のようだと言ったのをそのまま使っています。まぎらわしくしてすみません」
魔法使いの武器として火薬の変わりに魔力を込める魔法銃があります。これは己の魔力だけではなく、売られている魔力弾も使えます。
「……魔力が少ないなら連続で小出しもできないんじゃ……いや、答えてくれてありがとう。それでひのきの棒に装填とはどういう理屈なんだい? 木は魔力を通すことに耐えられないはずだろ?」
「木に通さず、纏わせます」
少年冒険者は苦笑し、あっさりと教えてくれました。
「爺様は貧乏だったので、杖を長持ちさせるために物質強化魔法をかけながら使用していました」
物質強化魔法はその物の表面にダメージを軽減する膜を張ったり、その物の強度を上げる、主に支援魔法として武器や防具にかけます。
「爺様にとって杖は武器にもなりましたが、それでは魔法使いとして仲間になることができませんでした」
あぁ、と察した小さなため息があちこちから聞こえました。
「でも日々試行錯誤するうちに杖を強化しながら他の魔法も使えるようになったそうです。威力は小さいですが、火、水、土、風の四属性を同時にできるようになり、なんとか稼げるようになったと言ってました」
「…………はい?四属性同時?」
またもギルド内がシ〜ンとなりましたが、少年冒険者は気づきません。
「その後杖の宝石が割れて、でもなぜか使用感は変わらなかったそうです」
「いやいやいやいや」
「爺様も調子にのって魔法を重ねがけしているうちに段々と形状が変わって焦ったと笑っていました」
「へ、へ〜……重ねがけ……」
「僕もまずは物質強化魔法をかけ、それに纏わせた火魔法と水魔法での温度差により目標物が砕ける方法から練習しました」
誰も何も言えず、質問した男だけがなんとか少年冒険者とやり取りしていました。
「え〜と、君は火と水が得意?」
「初歩ですが四属性は同程度です」
「へ……へえ~、初歩の、四属性……」
「はい。フューリアスベアの首を落としたのは火と水の温度差で振動を起こし、それを土で強化させ風を乗せて少し大きくします。これだと短剣よりも肉を斬りやすいんですよ」
「応用えげつな! ええ〜と……物質強化と四属性を同時に使える、と?」
「はい。この棒に纏わせるだけで精一杯の規模ですが」
少年冒険者は恥ずかしそうに俯きました。
「爺様がずっと何十年と使い、その技術を特訓してくれたから、貧弱な僕でも剣のように使えるのでしょう。フューリアス・ベアは大きい分だけ強かったです。世界はやっぱり広いですね。かっこいい剣に憧れますが、身の丈にあった武器を新調していくことにします。だから今回のフューリアス・ベアの残りはいりません。必要になったらまた倒せばいいですし!」
「……また、倒す……貧弱……へぇ……」
この時にひのきの棒を抱えてはにかんでいた少年冒険者は、のちに魔王討伐のパーティーに加わりました。
そして討伐終了のひと月後に、ギルドに併設された酒場で祝勝会が開かれましました。旅の間に成人したらしい少年冒険者はジョッキをドンとテーブルに置きました。
「マオー配下の四天王とかいう奴らに!折られたんですよ!僕のひのきの棒!ひとの大事な物を壊して全然少しも悪びれなくて!そいつらの上司もぶっ飛ばして爺様に土下座させました!」
「上司て……」
「いやそこまでひのきの棒を使っていたのかよ……」
「なるほど、故郷に戻ったから凱旋式にお前さんだけいなかったのか……」
「ガイセン?とにかく僕も並んで爺様に謝りました、お守りを守れなかったわけですし……はぁ……」
「まあ飲め飲め!もっと飲め!平和万歳!」
それから、このギルドのランク判定テストにはひのきの棒が追加されるようになりました。
おしまい。




