聖女の真実
魔王城にて。
玉座の間にて、魔王と聖女が向かい合っています。
魔王は玉座に楽な姿勢で座っていますが、聖女は満身創痍です。
魔王は玉座から聖女に手を差し出しました。
「さあ、我のモノになるのだ」
「くっ、私は聖女です! 魔王のものになるわけにはなりません!」
「何を言う。お前が母親の腹の中にいるうちに付けた印がある限り、我から逃れる事は出来ぬ」
「あ、貴方のおかげで行き倒れた母から産まれる事ができましたが! 私はシスター、女神〇〇に仕える者として生きると決めたのです!」
「お前さえ我の手に入ればこの世界に用はない。憎き〇〇を奉ろうが構わぬ。夢で契ったのだ。我が魔界で我の傍にて好きなように生活させてやろうぞ」
「きゃああっ! こ、こんなところでそんな事を言わないで下さい! ゆゆゆ夢の話ですっ!」
「夢の中だろうが、我らが契った証拠はこの世でもお互いの指に印された。手袋などして隠しても無意味だ」
「や、やめて下さい……わ、私は……私は…………私は!貴方を倒す使命を賜ったのです! たとえこの命が潰えようと、」
「馬鹿かああああああっっ!!!」
「し、司祭さま!?」
玉座の間に一人飛び込んで来たのは、聖女が仕える女神教の最高司祭でした。御歳72歳。聖女を拾った時から魔物のような魔力に注意してきた司祭は、魔王に近いものだった事に気付き、聖女が魔王に利用されないようにと慌てて後を追って来たのでした。
そして二人のやり取りを聞いた立派なお髭の普段は穏やかな老人が、充血した目で聖女を睨みつけました。
「聖女よ、お前本当マジでその凝り固まった頭カチ割るぞコラァ!! 良く見て!?この状況! 最強とうたわれた勇者パーティーが聖女以外虫の息だからね!? みーんな今ギリギリ花畑だからね!? 大陸の国々の軍隊を集めて歴史的な進軍とか騒がれたけど、瞬殺だったからね!? よく見てえええええっ!」
「で、ですから、女神様の力をお借りして、私が命を掛けて魔王を倒します!」
「そのお力を借りたはずがこの状況になっとんじゃあああああっ!! 準備万端、史上最強の一撃をあっさりと握り潰されたの見たのかその目はあああっ!? 理解したのかその頭はあああっ!?」
「ですから、女神様のお力をもう一度、」
「魔王の方が明らかに強いでしょおおおおおっ!? 現実を見ろよ理解しろよこの狂信者があああああっ!!」
「司祭様、私は狂信者ではありません。世界を救う為に魔王を倒すのみです!」
「だからその魔王がお前を魔界に連れ帰ればこっちの世界を放っておいてくれると言っとるじゃろうが!!」
「私の命は魔王を倒す為に!」
「お前一人で世界が救われるんだっつーのおおおっ!! 命を掛ける事に躊躇ないくせに何でそこは納得しないのおおお!?」
司祭が力一杯問うと、聖女は真っ赤になり、しどろもどろとし始めました。
「だ、だって、その、どんなに魅力的でも、ま、魔王ですし、聖女の私では、あ、相手に悪いと言うか、一応、相反するわけですし……」
「我は気にせぬと伝えたが?」
「だ、でも! こ、こんな、ちんくしゃな女では、並べないと、お、思うので……」
「あれだけ想いのたけを伝えたつもりだったが、やはり夢では信じられぬか……」
「あ!いえ!信じられない、というわけでは…………も、求めた、のは、私も、同じ、ですし……」
呆れて半目になった司祭はそっと聖女の後方に移動すると、魔王に向かって念のためにと覚えておいた軍式サインをしてみました。
『今チャンス。行ってOK!』
それに気付いた魔王も司祭にサインで返します。
『協力感謝』
司祭は少々驚きました。
聖女はすっかり下を向いてモジモジとしているので、二人のやり取りに気付きません。
『二千年、来ないでね』
『了承』
司祭と魔王が親指を立てて頷きあうと、魔王は聖女を抱いて消えました。
魔王の気配はもうありません。
司祭はそれを感じ取った後、まずは跪き、女神に懺悔をしました。
そして玉座の間に倒れる勇者パーティーの回復につとめました。次に軍隊に属する人々を回復していきました。
そうして司祭は、聖女が犠牲となり魔王は去ったと人々に言い伝えたのでした。
聖女伝説は美しく語り継がれ、司祭は聖女の代わりにというように最期まで人々の為に尽くしました。
ただ、最期の時に小さく呟いた言葉は誰にも聞き取れず、神殿の記録に残されませんでした。
―――はぜろ、バカップル……
おしまい。