幼馴染み
幼馴染みっていいよね。
そんな話。(約2200字)
遥彼方さまへ奉納 (笑)
「しつこいぞ!いい加減諦めろ!」
「うるせえっ!お前こそ諦めろ!」
国境近くの森を走る少年が二人。追いかけっこにしては緊迫感があり過ぎます。それでも長く走ったのでしょう。二人の速度がゆっくりになり、追われていた少年が止まって振り返ると、追いかけていた少年も止まりました。しかし、二人の距離は縮まりません。
「王都から来た神子の神託を聞いたろう! いずれ僕は魔王になるって!」
「そんで俺が魔王を倒す勇者になるってな! 村の全員で聞いたろうが!」
「だったら放っておいてくれよ! 一人にさせてくれ! 魔王になるのも嫌だし、お前に僕を殺させるのも嫌だ!!」
「馬鹿野郎!! 俺が!お前を殺すだと!? くだらねぇ冗談言うな!!」
「馬鹿はお前だ!! 片田舎の小さな村だけの問題じゃないんだぞ!! 世界が懸かってるんだ!!」
「世界なんか知るか! ぽっと出の神子や顔も知らねぇその他大勢のためにお前を一人になんかしねえっ!!!」
追いかけた少年が涙を流しながら叫ぶと、追われていた少年の目からも涙が溢れました。二人とも流れる涙をそのままに睨み合います。
二人はお互いの言い分をわかってはいるのです。それぞれの母親の腹の中にいるときからの付き合いです。寝耳に水の神託に二人の世界はひっくり返されたのです。
追われていた少年は、嗚咽でわななく口を必死に動かしました。
「もし、僕の魔力が暴走したら、たぶん村は消し飛ぶ。魔王になりたくないと思っていたって、僕じゃなくなったら僕を止められない。……みんなを殺したくない」
「んなこたぁわかってる……」
「もっとよく考えろ……お前、せっかくラーニャと婚約が決まったのに、剣なんか持つなよ……」
「お前こそよく考えろ。結婚式にお前がいなかったらラーニャは泣くぞ。それに、今いなくなったらラーニャにフラれたからだって言われるぞ。タイミング的に」
話の規模が急に小さくなりました。が、追いかけた少年はものすごく深刻な顔です。
「はあっ!? どこからそうなる!?」
追われていた少年の涙がぴたりと止まりました。
「思い出せよ田舎の噂好きを。真実に尾ひれ背びれが付きまくり、生態系まで作り替えられる恐ろしさを」
追いかけた少年がキリッとすると、追われていた少年はあたふたしはじめました。
「嘘だろ!? 魔王と勇者が何で色恋の話に変わるんだよ!? だいたい僕は幼馴染みとしてはラーニャを好きだけど、これっぽっちも恋愛対象になったことないよ!?」
親指と人差し指がぴたりと合わさった状態で「これっぽっち」を表す少年に、追いかけた少年はわかっていると深く頷きます。
「ラーニャだってんなこたわかってる。だがな、その方が面白いとなったらそっちが真実になるのが俺らの村だ。当事者の意見なんか通らねぇ」
「じゃあ……僕はどうしたらいいんだ……!?」
追われていた少年は悲鳴をあげて、四つん這いになってしまいました。魔王になると神託を受けた時よりもうちひしがれています。
追いかけた少年がそっと肩に手を置きました。
「とにかく帰ろうぜ。何も言わず飛び出したから、おばちゃんもおんちゃんも心配してるよ」
追われていた少年は両親を思うと、ますます迷ってしまいます。それがわかった追いかけた少年は苦笑しました。
「とりあえず、村を飛び出すのはおばちゃんとおんちゃんに相談してからにしろ。ちなみにお前を連れ戻せなかった場合、俺は親父とお袋から半殺しの目にあうはずだ……」
深いため息を聞き、追われていた少年はお互いの立場が逆だった場合も同じ事がおきると気が付きました。
慌てていたとはいえ、親友をそんな目にあわせられません。追われていた少年は涙のあとを袖でゴシゴシと拭くと立ち上がりました。
「帰る……手間をかけさせて悪かったな……」
「そんなのお互いさまだろ。それに、お前がいなくなるなんて普通に寂しいわ」
「……それな」
世界の危機よりも友情を優先させるにはどうするか。帰り道では何も案が出なかった二人を出迎えたのは、村をあげての宴会でした。
呆然とする二人に気づいたラーニャが走って来て、泣き笑いで二人に抱きつきました。
「お帰り~! 爆発音もしなかったから喧嘩はしてないと思ってたけど、無事に帰って来て良かった~!」
「し、心配かけて悪かったよ」
「本当だよ! 魔王になる日もあやふやなのに勝手に飛び出して! いつも冷静なくせにたまにおっちょこちょいだよね!」
ラーニャの何も変わらない対応に、追われていた少年は安堵しました。隣では追いかけた少年が噴きました。
「面目ない……」
「つーか何事よ、この宴会は?」
「『神子様と護衛の騎士たちを村長秘蔵のどぶろくで酔わせて記憶操作をする宴』だって」
目を丸くした少年二人を見て、ラーニャは悪い笑みを浮かべました。
「私の幼馴染みを魔王にして、私の婚約者を勇者にしようなんてふざけた未来予想図、無かった事にしてやるわ。ふふふふふ~」
スキップをしながら宴会の中心に向かうラーニャを見送った二人の顔色は青と赤に分かれました。
青いのは魔王になると神託を受けた少年です。
「……え、この宴会を仕切っているのラーニャなの……?」
「俺のラーニャは俺たちのために思い切りがいいなぁ……!」
勇者の神託を受けた少年はぽやんと赤くなっています。
いずれ魔王になるだろう少年は、この村にいれば魔王にならずにすむだろうと確信しましたとさ。
おしまい。




