俺の歌を聴け(仮)
歌うって、気持ちいいよね!
そんな話。(約3100字)
あ、ジャンルはファンタジーです。
その者は、赤の魔女が住む山で、魔女の使い魔の竜を倒し
その者は、交通の大動脈たる街道を塞ぐ岩巨人を壊し
その者は、大海原を暴れる大王烏賊を仕留め
その者は、村や森をいくつも溶かした巨大軟体魔物をその名残を残して消した
でも、誰もその姿を知らない
人知れず、人助けをし、何も受け取らずに去っていく
おお勇者よ
尊き英雄よ
今は何処へ
街の広場の噴水前で吟遊詩人が朗々と歌うのは、最近噂の勇者を題材にしたもの。
魔王を倒すべく集められた腕自慢たちではなく、本当に姿も分からない、噂だけに存在する勇者です。
復活した魔王が何よりも脅威ですが、各地にいる魔物が活発化し、魔王とは別に問題になっています。魔王討伐には英雄といわれる最高級の戦士や魔法使いが投入されますが、それ以外はそれなりな戦力です。騎士団のある国や街は何とか防衛できていますが、小さな地域はどうしても犠牲が大きくなります。
国の重鎮たちも集落の人々も、毎日頭を悩ませていました。
そんな中にこの勇者が現れたのです。
助けられた村の人々ですら勇者の姿を見た者はおらず、毎日恐れていた魔物が息絶えている姿を見つけるだけです。国の中央に問い合わせても騎士団やそれに次ぐものを派遣した記録はなく、傭兵団等の団体が移動していたという噂すらありません。
『無償の英雄』として今一番の人気者です。
「はぁぁ、『無償の英雄』の歌だぁぁ格好いいぃぃ……」
屋台の串焼き肉を頬張りながら、剣を腰にはいた旅装束の少年が吟遊詩人をうっとりと眺めています。
その少年の仲間だろう同じ串焼きを手に持っている三人が苦笑しました。
「ホントに歌が好きだね、ふふふ」
少年より少し背の低いエルフの娘さんが我慢できずに吹き出しました。
「歌なんて何がいいやら、俺にゃさっぱりだ」
鉞を背負った無精髭の青年が豪快に肉にかぶりつき、咀嚼しながら肩を竦めます。
「やあやあ! 夢はでっかく持とうぜ、でっかく!」
こちらは三ツ又の鉾を背負った褐色の青年が串焼き肉を掲げました。
少年はそんな三人よりも吟遊詩人に首ったけです。口はもぐもぐと動いていますが。
その間に三人はひとりずつ追加の食べ物を買いに行きました。吟遊詩人に夢中の少年の手に、肉饅頭や野菜串、甘い薄焼きを順に持たせます。
普段は普通に気遣いのできる少年ですが、吟遊詩人に憧れるあまり、見かけた時にはいつも夢中になってしまいます。
歌い終えた吟遊詩人が広場を去って行きました。
少年は名残惜しそうにその後ろ姿を見つめていましたが、やっと三人に向き直りました。
「はー! 今日の歌い手も素晴らしい人だった! 英雄が三割増しに聴こえたよ!」
大満足と顔に書いてある少年は、ふと首をひねりました。
「今の歌が一番新しいのか? 勇者を追いかけたはずなのに、また勇者を追い越したみたいだ。スライムって、二つ前に通った村で困ってたやつだよな? ちぇっ、あいつの他にもいたのを知っていれば『無償の英雄』に会えるチャンスだったのに!」
情報収集が足りなかったな、次はもっと頑張ろう。そう張り切る少年。
少年は小さい頃から吟遊詩人に憧れていましたが、祖父にこちらの方が役に立つからと剣技を叩き込まれて育ちました。そんな祖父も亡くなり、身寄りのいなくなった少年はついに吟遊詩人になるべく旅に出たのでした。
少年が勇者を題材にした歌が好きなので、その臨場感をよりよく伝えるため、戦闘を身近で見ようと勇者を追いかけています。
しかし、今までその現場にかち合った事がありません。
勇者が現れたと聞いて向かっても会えず、それならと次に行くだろう所にめぼしを付けて先回りをしました。しかし一向に会えません。
旅をしている内に仲間を得ましたが、その仲間の知恵をもってしても勇者には会えません。それを諦めて吟遊詩人の弟子になろうともしましたが、今度は仲間に止められました。
魔物はまだまだたくさんいる。勇者にはいつか必ず会える。最悪、魔王城に行けば勇者には会える。
少年の目から鱗が落ちました。そして、必ず勇者と魔王の決戦が見られるとわかると、魔王城に向かう事にしました。
危険が多い旅になっても付き合ってくれる仲間には常に感謝しています。どこにあるかいまだに謎な魔王城に着いたら、感謝の歌を仲間に捧げようと少年は心に誓いました。恥ずかしいので内緒ですが。
とにかく情報収集だと、少年は張り切って聞き込みを開始しました。
それをのんびりと追いかける三人。無精髭の青年がぽつりと言います。
「あいつ、二つ前の村で倒したスライムが今の歌の題材になってるって、いつ気付くんだ……?」
「最後まで気付かないだろうなぁ……」
「私も気付かないままだと思う」
無精髭の青年の疑問に褐色の青年が遠い目をし、エルフの娘さんは真顔です。二人の様子にため息を吐いた無精髭の青年は、がしがしと頭を掻きました。
「俺はほら、戦闘特化の木こりだからこのまま魔王城まで行くのはいいんだ。お前さんたちは本当にそれでいいのか?」
「もちろんいいさ! クラーケンの代替わりで世紀の大荒れだった海を守れたのはあいつのおかげだし、俺だって戦闘特化の漁師だ。あいつが行きたいなら戦力にはなる」
青年たちは小柄な仲間を見下ろしました。エルフの娘さんはにっこり笑いましたが、その目は笑っていません。
「私だって戦力になる自信はあるよ。赤の魔女から免許皆伝をもらった弟子だもん。暴走する古竜には師匠と二人がかりで押さえるだけだったけど。だから彼にはその借りを返さないと。……という理由が第一で、」
丁度聞き込みを切り上げた少年が仲間に手を振り、次の店にも寄るというジェスチャーをしました。仲間たちは了承のサインをします。
「そばで見張っていないと、世界が危機に陥るだろう恐怖に夜も眠れない……!」
エルフの娘さんは手で顔を覆ってしまいました。青年たちは揃って空を見上げます。
「「……うん……それな……」」
性格は明るく、そして剣技巧みな少年はひとつだけどうしようもない欠点がありました。
すこぶる歌が下手なのです。
歌が下手、それだけなら普通の人ですが、少年はさらに問題を抱えていました。
剣の鍛練の賜物か理由はとんと分かりませんが、少年が力いっぱい大声で拳を回す程に気合いを入れて歌うと、なんと、少年の正面の物質が崩れるのです。
本人は目を瞑って気持ち良く歌っているので気付きません。
少年の最初の仲間であるエルフの娘さんは、一瞬だけ歌声を浴びかけ、少しかすった髪の毛が、腰から肩までの長さになりました。
師匠である赤の魔女は、古龍を倒し、そして自分が天に召される寸前、娘さんに少年を導くようにと言い残しました。
とんだ遺言です。
しかしそれからエルフの娘さんは少年の仲間になり、少しずつ少年に歌の指導をしています。拳を回さなければ破壊砲は生まれませんが、その成長は亀の歩みどころではありません。しかし世界平和がかかっています。
「とりあえず、魔王城に着いたらその感動を思い切り歌わせよう。だが……あんなに手こずったゴーレムに穴が空くとか、いまだに夢に見るんだ俺は……」
「私のせいじゃないけど、なんかごめん……」
「乗りかかった舟だ。漁師歌を愛する俺もあそこまでの歌はさすがに歌とは認められん。せめて人並み程度には改善させたい」
「……まさにでっかい夢だな……」
「ちくしょー!」
「魔王を倒すまでには何とかしなきゃ……」
「「……できるのか……?」」
「そうしないと新しい魔王にされちゃいそうで……!」
またもや両手で顔を覆ってしまったエルフの娘さん。そして天を仰ぐ青年たち。
新たな魔王誕生を防ぐため、今日も『無償の英雄』は正体を知られないように活躍するのでした。
おしまい。
若い頃に(笑)妄想した話がもとになってます。
長い話を短くしたら破壊砲になっちゃった☆




