レジ
こうなったら便利だなぁ。
そんな話。(約2500字)
『当店では新システムを導入いたしました。今月は無料お試し期間ですので、どうぞご利用ください』
先月、行きつけのスーパーの入り口、そして店内の至るところにこのお知らせポスターが貼り出された。
「無料」の文字に心惹かれたけれど、一ヶ月もあるなら急がなくていいやと、念入りに読む事をせずにレジに並んだ。
レジも特に変わったところはなく、新システムは会員証も兼ねたポイントカードがどこか変わったのかな?くらいにしか思わなかった。
しかしレジの途中。スキャンを終えた商品が会計のレジスターの脇に移動する間に、金属のアーチが出来ていた。
幅は5㎝だろうか。5㎝角の金属の棒が四角になって買い物かごが通れる「枠」のようになっていた。四角の下部分はレジ台に嵌まっている。
私ら客には何の問題もないが、レジ係さんにはこれ邪魔じゃない?というのが第一印象。子供が潜りたくなりそう、というのが第二印象。
「なんかコレ、邪魔そうですね?」
ほぼ毎日通っているので、レジ係さんとも顔馴染みだ。毎回話したりはしないが、その中でも一番話しかけやすいレジ係さんが担当だったので、つい言ってしまった。
「そうですね……」
苦笑するレジ係さん。しかし、すぐに「でも」と続いた。
「お客としてはすごく便利でした!」
詳しくはこちらをお読みくださいねと新システムのチラシを渡され、その日は普通に家に帰った。
ざっくり読むと、それを利用するのに専用の買い物かごを購入しないといけないらしい。エコバッグでいつも間に合ってるしなぁと、やっぱりまだいいやと冷蔵庫に貼り付けてそのまま忘れてしまった。
そして、二日後の買い物で顎が外れた。ついでに目も飛び出た。
私の前にレジに並んだ常連のオバチャンがそのシステムを使ったのだ。
どういう理屈か分からない。でもオバチャンは「これ、すっごく助かるわね~!」と金属のアーチを指差した。
慌てて家に帰り、荷物を放り投げて冷蔵庫に貼り付けていたチラシを熟読。そして、買い物を終えたスーパーにまた出掛け、新システムの手続きをし、専用のかごを買った。
ポイントカードを作った時の個人情報に変更がない事を確認して、サービスカウンターにあるパソコンに担当の店員さんが打ち込むだけだったので五分もかからずに終了。
その後渡されたかごはスーパーにあるのと同じ形で、色はピンクベージュ。店名が入っていて、底にラミネート加工された魔法陣がピッタリと嵌まっていた。
……めっちゃ胡散臭い。『魔法陣』てどこの厨二だよ。つーか、これ絶対コピー用紙だよね? ……とにかく車で良かった、これは誰かに見られたら恥ずかしい……
このかごが『家置き専用』で本当に良かった……
翌日。
ドキドキする気持ちを押し殺しながら買い物に行く。開店時間とほぼ同時なんてどれだけよ。遠足の日の子供か。
自身で呆れながら、でもどうしても楽しみで仕方がない。
それでもアレコレと必要な商品をスーパーのかごに無造作に入れて、ドキドキしながらレジへ。
一番話しかけやすいレジ係さんのレジを選んでポイントカードを渡す。
カードをスキャンすると表示が出るのか、レジ係さんは「あ」と声を出した。
「前回、現場を見たら欲しくなって……」
と、なぜか言い訳をしてしまったが、「ですよね!」と満面の笑みで返された。
「このシステムはお客様用に開発されたんですけど、私たちレジ担当にもとってもありがたいシステムで! お客様のように手続きしてもらえるととっても助かります! あ、すみません、今のは内緒で……」
エヘヘ、とお互いににへらと笑う。
その間に商品は全てスキャンされ、ガチャガチャとなっていた商品は綺麗に会計用かごに収まっていた。
本当に毎度綺麗に収まるので、テト〇スだったら全部消えるよな~と思った事がある。
今日もレジ係すげぇと感心していると、金属アーチの下をその商品の収まったかごが通り始めていた。
金属アーチの向こうの会計場所にいそいそと移動する。
そして、金属アーチを境に、消えて行く商品を見た。
空の会計用かごだけがレジスターの脇に残った。
「……本当に消えた……」
見ていたのに信じられない。
「すごいですよね~! でもこれ、スキャンの後にかごに綺麗に収めないと作動しなくて、私たちの腕も試されるんです。どうしても一つ二つ諦めていただく事もあるのが難点です。その時は入りきらなかった商品をお持ち帰りいただく事になります」
レジ係さんが少し申し訳なさげに言ったが、一つ二つなら持って帰るのに何て事もない。全てを袋に入れ直す手間がなくなるのに比べたら。
会計を終えてスーパーを出る。
買い物をしたのに手ぶらでスーパーを出るなんて、寄り道したくなるなぁ。いや、肉を買ったから早く帰らなきゃいけないんだけど。
玄関の鍵を開けていそいそとキッチンに向かう。
消えた商品は『家置き専用』のかごに、レジ係さんが収めたそのまま、綺麗に収まっていた。
魔法陣すげえ! 厨二万歳! 開発してくれた人ありがとう!!
理屈なんかさっぱり分からないが、家電だって私は理屈は分からない。
このスーパーは全国展開しているので、すぐに実家の母と旦那のお義母さんにも勧めた。
そして夏休み。
子供たちが学校のプールから戻ってくるだろう時間に合わせて買い物を済ませる。家に誰かがいてくれるとすぐに冷蔵庫に入れてもらえるので、より鮮度が保たれる。
子供たちもそれが楽しいらしく、お願いすれば二つ返事だ。
別なスーパーの特売品をはしごするのも楽である。こっちのスーパーも魔法陣を使えばいいのに。
そうして家に帰ると、冷蔵庫の扉が少し開いていた。
「…………い、やあああああああっ!!?」
冷蔵庫の棚には何の法則もなく隙間に物が押し込まれ、なぜか石鹸や歯磨き粉まで入っていた。肉のパックはチルド室に入っていたが、そこも微妙に開きっぱなし。
確かにこのかごに入ってる物は全部冷蔵庫に入れてねとは言った。買った物は全て入っていた……お願いした通りだ。……けど、何でこんなにいっぱいに……?
……ああ!! 出掛けに実家から届いた野菜とかを入れた分を忘れてたーーっ!!
「あ、お母さんおかえり~。上手にしまえたでしょ~」
「上手にしまえたでしょー!」
「……うん……あ、ありがとうねぇ……」
おしまい。




