アームカバー
事務職って大変。
そんな話…?? (約1700字)
防具屋にお客さんです。
「いらっしゃいませ~。品物が見つからない時は声を掛けてくださ~い」
ギルドなどからの大量発注があれば忙しいですが、基本はわりと暇なので、お客さんが店にいるのは嬉しくなります。
店番の若い男性店員は、今入店したお客さんをちらちらと見ながら帳簿付けをしていました。お客さんは随分と華奢な女性でしたので、少し気分が上がりました。
さて、店内を一通り眺めたらしいお客さんは男性店員のところにやって来ました。
「あの、アームカバーはありますでしょうか?」
近くで見ると小綺麗な格好の、男性店員よりも若そうなお嬢さんです。男性店員の気分はもっと上がりました。しかし仕事中なので気を引き締めます。
アームカバーは農業従事者が買いに来る事が多いですが、上品なお嬢さんがアームカバーを探しに来るとは、事務仕事に就いたのでしょう。
男性店員は、先日カラフルなアームカバーが結構売れていたことを思い出しました。
「あぁ、そういえば女性用のアームカバーは品薄でしたね。すみません。明日にお渡しで良ければ柄を選べますよ」
「え。アームカバーとはそんなにすぐに出来上がるのですか?」
「え?ええ。戦闘用のアームカバーは特殊なので親方が作りますが、事務・農業用はおかみさんが作りますので」
男性店員はアームカバーの棚に「戦闘用……?」と首をかしげたお客さんを誘導しました。二個一セットになって畳んである女性用の綿生地のものを広げて見せると、お客さんはホッと息をつきました。
「花柄ですね」
「はい。事務用だと女性には小花柄が可愛いと人気ですよ。農業用なら汚れの目立たない暗い色が人気ですが、ワンポイントとして花の刺繍が付いたものもあります。男性用なら黒色が人気ですね」
奥さんや恋人が小さく刺繍をするので、男性用は無地がよく売れます。
「あなたも黒のアームカバーをされていますね」
お客さんに言われて男性店員はそれに気づきました。帳簿付けの時にしか装着しなかったのですっかり忘れていました。見本がすぐ近くにありました。
笑って誤魔化すと、お客さんも緊張が少し解けたのか小さく笑いました。
あ。と男性店員はもうひとつ気づきました。事務勤務の父親にプレゼントするというお客さんもいることを。てっきりこの女性が自分で使うのかと思い込んでいましたが、そうは限りません。
店員としてまだまだだなと反省しつつ、聞くことにしました。
「ところで、お買い求めになるのはあなたがお使いになられる物ですか?」
「はい。ですが、父のアームカバーも少しくたびれて来ましたので、この際ですので男性用も見たいです」
お父さんも事務職なら商家のお嬢さんかな?と男性店員は思いました。
せっかくなので長期のお客さんになってもらおうと、品物の説明をすることに。
「まあ。女性用より多くありますね?」
「そうですね。事務方もなかなか大変そうでして、色々と用意してます」
色々……?と不思議そうにするお客さん。
「はい。やっぱり色んな人が集まるギルドの職員にはこちらの、うちの親方の自信作『ハイスペックアームカバー』が一番人気ですね」
「ハイスペック……?」
この防具屋で売っている基本のアームカバーは、極弱くですが汚れの付きにくい魔法が掛かっています。おかみさんの案です。たった少しだろうと、それでも洗濯が楽だと奥さま方には好評です。
『ハイスペックアームカバー』はその汚れ防止が強化されているのです。
「布に付いてしまうとインクはなかなか落ちませんし、無法者が突然剣やナイフで襲って来た時にガードできるように瞬間防御強化魔法も刺繍されてます。これは火や水といった物理魔法にも対応してますが、光や闇の精神系魔法は無理ですので注意です。あとは、報酬に納得しないで暴れだす冒険者を一発で昏倒させる瞬間腕力極強化魔法も刺繍されてます。値段と生地の都合上それぞれの技は一度しか使えないんですけどね。まあ、両腕分なので二回はできると好評です。あ、あと、微弱ですけど回復魔法も刺繍されてまして、毎日の手の疲れを軽減します」
男性店員が一通り説明を終えると、お客さんは呆気にとられていました。
「は……ハイスペック……ですね……」
「はい。これを使わなきゃならないギルド職員て大変ですよね~」
おしまい。




