クマ
寝不足はお肌に良くないよ。
そんな話。(約1700字)
ある病が流行しました。
その病は熱も痛みも苦しみもなく、他人に伝染らず体が腫れ上がる事もありません。思考も変わる事はなく、症状が軽いうちはどんな職でも支障はごく少なくすみます。
子供がかかるのは稀で、患者のほとんどは大人です。
そして治療方法もすぐに分かりました。予防策も周知されました。
流行は下火になりましたが、なかなか根絶には至りません。
「いやああああっ!?」
ある朝。王城に併設されている侍女寮で悲鳴が響きました。
悲鳴を上げた侍女の仲間たちは、自分の支度を途中で放り出して勢いよく彼女の部屋の扉を開けました。
「どうしたの!?」「大丈夫!?」
口々に心配の声を掛けますが、悲鳴を上げた侍女は両手で顔を隠して、寝間着のまま床にへたり込んでいました。
「わたし……今日は……休みます……」
両手のせいでくぐもった声でしたが、その場に集まった全員に聞こえました。
扉を開けたベテラン先輩侍女がハッとして、ゆっくりと彼女に近づき、震えるその肩を優しく抱き寄せます。
「あなた、今日は王妃様に初めて付く日だったわね……」
「も、申し訳ありません……! どうしても緊張してしまって……」
「分かるわ。私だってそうだったもの。緊張のあまりカップを割ってしまって、後から侍女長にめちゃくちゃ怒られたわ」
朗らかに失敗談を暴露すると、扉近くにいた同期の侍女も「私も裾を踏んで王妃様を転ばせるところだったし」と教えてくれました。あれやこれやと色んな失敗談が飛び交います。
すると、悲鳴を上げた侍女は落ち着いたのか、体の震えが少し収まりました。
「体調管理も仕事の内だけど、あなたはまだ失敗はしていないわ。そしてあなたが発症したその病は特に害はない。我が国で、その病で仕事を休んで良いと決まっているのは王族の女性だけ。私達は仕事をしなければいけないわ」
「そうですとも。私たちがその病で休む事は許されません。さあ、準備をなさい」
少ししわがれた凛とした声音に全員が振り向くと、そこには身だしなみを整えた侍女長が立っていました。そして侍女長も、いまだに床に座ったまま俯く侍女に寄り添うように近づきます。
「侍女たるもの、いついかなる時も尽くす御方に不便を感じさせてはなりません。ですがそれは経験が大いに必要な事でもあります。我らが尽くす王妃様は寛大な御方です。恥ずかしいと思うなら糧になさい」
悲鳴を上げた侍女は覆っていた手を外し、とうとう顔を上げました。その目は侍女長を見つめます。侍女長もベテラン先輩侍女も力強く頷きました。
「今日のシフトを少し変えます。あなたはなるべく人目に付かないようにしますから、頑張って」
悲鳴を上げた侍女は唇を少し震わせましたが、口元を引き締めると力強く頷き返しました。
侍女長が立ち上がります。
「さあ!すぐに準備を!」
「「「 はい! 」」」
支度途中だった侍女たちはテキパキと動き出しました。
肩を抱いていたベテラン先輩侍女は、悲鳴を上げた侍女の肩を軽く叩きました。
「それくらいの隈なら、今晩ゆっくり眠れば明日には無くなっているわよ。経験者だから教えておくわ」
この国に蔓延る病。
それは一般的には『隈』と言われる、寝不足の時に目の下が黒くなる現象。
ですがこの国ではいつからか真っ赤な『隈取り』になってしまったのです。
体に不調が少ない為に、さらに寝不足を重ねるとだんだんとその赤が激しい模様を描き、さらには赤から青に変わるのでした。
そして青になると皮膚は真っ白になるのです。
寝不足が原因でそうなるので、その頃には歩くのもままならない状態です。その歩く姿はさ迷う死霊のようです。
国中、王城内にさ迷う死霊もどきがいるのはさすがに気味が悪く、それを見た王妃が失神してしまったので国王は勅令を出しました。
寝不足になるべからず
隈が表れた者を直ちに寝せよ
こうしてこの国では、国王を始め全国民が『隈取り』になると無理矢理寝かしつかされ、その仕事の穴埋めを他の人たちで分担するようになりました。
きちんと睡眠が取れるように、どんな仕事も効率化されて残業が減り、健康的に暮らしましたとさ。
おしまい。
…怒られる…かな…




