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ガス抜き

伝説の始まりって……




そんな話。(約2200字)



常に薄暗い魔界の中心にそびえ立つ魔王城。


魔物の王様、魔王様がその山羊頭の山羊の目をカッ!と開き、棺型ベッドでむくりと起きあがりました。

その姿は教会の壁画に残る姿そのままのおどろおどろしいものです。


「ふぁあああ、よく寝たー。今世界はどんな感じー?」


姿に似合わぬ軽い感じで魔王様は長年仕える執事服を着た部下に聞きました。こちらは真っ黒で耳がピンと立った凛々しい犬の様な頭をしています。


「人の世も我らが魔界も概ね平和でございます。ですので、天界も穏やかです」


「そっか、それは良かった」


魔界、天界、人界の絶妙なバランスで成り立つこの世界。

平和な時間はどの世界も喜ばれます。


「いつもごめんね、全部任せっきりで」


魔王様は角をポリポリと掻きながら、犬頭の部下に謝ります。犬頭の部下はそれに慣れているのか、穏やかにいいえと言うだけです。


「天界との全面戦争なんて、もうやりたくないなぁ」


「あれから一千年ほど経ちましたので、どこの土地も実りが多く、人界ですら生き物が豊かに暮らしていますよ」


魔王様がぽそりと呟くと、お茶を淹れていた犬頭の部下がどうぞとティーカップを差し出しました。


「それは良いね」


にこりと恐ろしげな笑みを浮かべ、魔王様は受け取ったお茶を飲みました。温かい紅茶は心もあたためてくれるようです。


概ね平和ということは、同族同士では諍いや戦争はあるにしろ、界を越えた争いよりは土地のダメージはありません。どの世界も食べ物無しには生きていかれないのは一緒です。


魔王様は温かい紅茶のおかげもあり、心から安心しました。


すると、


プゥゥ


と音がしました。


魔王様の見た目には似合わない可愛いオナラです。


しかし魔王様は真っ青になり、犬頭の部下は瞬時に部屋に備え付けの警報ボタンを押しました。


部屋は紅い光が点滅し警報音が響き渡ります。最上級の警報音は、魔王城から魔界全土に響きます。


『緊急警報!緊急警報!魔王様が放屁!魔王様が放屁!直ちに持ち場につき天界からの攻撃に備えよっ!!』


と、犬頭の部下が魔界全土に迎撃要請を伝えたところで、魔王様の部屋の壁の巨大モニターが付きました。


『ふざけんな魔王ゴルァアア!!目覚めた次の瞬間に屁ぇこきやがってぇぇえっ!!』


エライ形相の天界の王様がモニターいっぱいに映りました。人界の教会の壁画よりも長く綺麗な金髪はぐちゃぐちゃになり、いつも青く澄んだ瞳は焦点が合っていません。形良く整えられた顎髭も乱れています。


「ごごごごごめんなさ~いっ!」


モニター越しにも恐ろしい天王様の勢いに魔王様は山羊の様に棺ベッドをまたぎ、モニターから隠れました。


『謝って済みゃあ全面戦争になんかならねぇんだよ!!』


「だって、出ちゃったんだもん~っ!」


『だってじゃねぇええええっ!!』


「ひぃぃぃぃっ!?」



人界は天界と魔界に挟まれる様に存在しています。

人界は天界の神が造ったものではあるのですが、魔界との間にあるので魔界の影響も受けています。魔族とまではいきませんが、争う事を喜ぶ人間も定期的に現れます。そしてそれを止める天界からの指令を受けた人間も現れます。


人界は、天界と魔界の両方の影響を受けますが、天界と魔界の緩衝材でもありました。ですから、ごく稀に天使や魔族が人界に現れる時があります。


それが特に多いのは、この様に天界と魔界との全面戦争が起きた時です。


「はぁぁぁ、やっちゃったぁ……」


魔王様は落ち込みます。


「仕方ありません。魔王とはそういうものですから」


犬頭の部下が魔王様を慰めます。


魔王のオナラには、天界の作物を腐らせる作用がありました。代々の魔王が就任するとそういう風に体が作り替えられるのです。

人界は魔界から洩れ漂う弱い障気に慣れているのである程度は平気です。


そして天界の住人は天界の作物しか食べられません。人界の作物ですら天族には舌が痺れる程度ですが毒なので、さらに魔界の作物など口には入れられません。



魔王がオナラ

天界の作物死滅&土地大ダメージ

天界ブチ切れ

天界の全火力で魔界壊滅。その後魔界全域消毒

魔界全域消毒の為、いくつかの魔族は人界に移住

人界大わらわ

天界、魔界での大暴れで体力限界突破。天界地力が回復するまで断食開始

もう動きたくないので人界には聖剣等の天界武器寄贈のみ

人界大わらわ

人界が落ち着く頃には、天界、魔界も回復する。

魔族は魔界へお引っ越し→自宅に帰れて安心

天界は食べ物収穫→精神が安定

それぞれに平和



前回、天界総攻撃でうっかり消毒されてしまった魔王様はそのダメージから一千年も眠り続ける事になりました。魔王のオナラが天界に対して影響があるように、天界の消毒には魔族たちは勝てません。ただしそれでも魔王を消滅させる事はありません。


「さ。消毒が始まる前に人界に向かいましょう」


避難袋を準備し終えた犬頭の部下が魔王様を促します。さっきまで天王様でいっぱいだったモニターは消えて真っ暗になっていました。


「うん。あ、人界に何かお土産いらないかな?」


「御身一つでよろしいかと。魔王様が人界にありますと人界の魔物が活発化して人同士の戦争どころではなくなりますから、それを土産としましょう」


「それもそうだね。弱っちいのに人のあの団結力は凄いよねー! 実はちょっと楽しみなんだー!」


そうして魔王様は避難袋を背負っていそいそと人界へ避難しましたとさ。



そして人界ではまたひとつ伝説が始まる―――かもしれない。










おしまい。


何かが萎えたらごめんなさい(。-人-。)……(笑)


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― 新着の感想 ―
[一言] まさかの天界人界魔界事情!!(゜Д゜;) いやでもこういう関係性も面白いかもです!!
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