38.海と不良と
夏と言えば海だ。
特に大石工業高校の生徒の一部は千葉のとある海岸にある海の家でのアルバイトをする、なんて人達もいる。
周囲からは『凶暴で下品な学校』なんて言われているが柄が悪いだけで根は優しい生徒は多い。
そんな高校の二年生、5月に白髪の少女綾瀬百合に顔面パンチされた女子高校生の鬼嶋友紀は補習だった。明日からバイトだというのに。
教卓に立つのは身長132cmという冗談みたいな生物教師の霧島麗子、能力者だ。
しかし現在この補習で教えている教科は国語である。国語教師が不良たちにビビって逃げたのだ。
「いいか、『をかし』は『趣がある』だ。『面白い』ではないし決して和菓子でもなければふ菓子でもない!」
「麗子ちゃんオモムキってなんすか」
「そこからか馬鹿者! あと麗子ちゃんって呼ぶな!」
ちなみにここで補習を受けている生徒たちにはある種の対立構造がある。
まず番長にして生徒会長灰崎優樹を支持する生徒。彼らは積極的に質問している。
次にこの学校の第二、というか先代番長の蝶野弘仲に従う留年組。しかめ面だがしっかりと授業を受けている。
そして蝶野弘仲の弟蝶野隆島の部下は全員気絶している。補習中に騒いだため麗子が能力を使ったのだ。
最後に少数派鬼嶋一派。おとなしいが、寝ている。
この学校は一枚岩ではない。
三年生はバタフライこと蝶野弘仲が頭を勤めているし、二年B組の不良の半分は鬼嶋一派だ。一、二年生のほとんどは灰崎派だし、ほかにも鬼嶋の親友氷川桐花のグループもあるし、蝶野弟なんかは荒くれもの集団。さらにそこに数人の派閥やら個人勢力やら『シズちゃん親衛隊』やらもあり訳がわからない。
しかしそれでも団結できるため参之森一喧嘩の強い学校なのだ。最近は校内清掃に力を入れているらしい。
「あのな、お前らは別に将来ヤクザになろうとしている訳じゃないだろ? いや、ヤクザだって頭よくないとなれないからな? なんなら私の知ってる研究所の清掃員でもするか? 」
そんな感じで騒がしい補習はおわっていく。
今日補習に全員参加していたのは『ミーティング』があるからだ。
そうでもなければ全員参加なんて一匹のカエルに隕石が直撃するくらいの希少さだ。
ミーティング主催者は灰崎優樹、内容は『他校との関係について』だ。
「よーし、みなさん集まりましたね? それではミーティング始めましょう」
さすがに静かにしていないとバタフライナイフと雷撃が飛んでくるので黙っておく。
「一番の驚異は、『ヤクザ以上』の人達の動きだね」
彼等はただの不良、裏社会のことなんて一切知らない。しかし、『ヤクザ以上』だということはわかる。事件現場を見たことがある生徒の証言では、警察とはちがう黒服の男たちが銃創や血をきれいに掃除していたらしい。
「最近じゃあカラスみたいなマスクつけたやつらも歩いているしなぁ。裏路地には注意が必要だ」
「それもあるけど、あとは『学ラン』かな。見つけたら喧嘩吹っ掛けないで逃げるか話を聞いてみて」
学ランを着た少年が一定地域をまるで縄張りのパトロールでもするかのように徘徊し、喧嘩が起こったら喧嘩両成敗する。そんな事件もある。
最近なにかと物騒だった。『ヤクザ以上』はピリピリしているしチンピラもヤクザも苛立っている。『学ラン』を大石工業の仕業にした九之江高校の連中をはじめとして、神崎高校の連中も入江商業の連中も不満が広まっているらしい。とくに神崎高校では不良が他より少ないのをいいことに『ミュータント容疑』だけの女子生徒が十人も収容所に送られた。そのため何度も『手を組んで執行部のやつら皆殺しにしよう』という手紙が届く。
「おめぇらわかってんだろうな、おい氷川寝るな!」
「………聞いてる……学ランが……………ヤクザに引っ掛かって……激しく前後」
「……鬼嶋、あとで説明してやれ」
「うっす」
氷川とは幼馴染みなので彼女のフリーダムさはわかる。でも番長の蝶野兄の前で寝るのはやめてほしい。
げんなりと氷川を見ていると彼女は紙に書いた文をこちらに見せてきた。
『夜遅くまでゲームしてた』
(………こっちまで睨まれちまった………)
さておき、ミーティングが再開された。
「でも一番身近なのは他校の不良の動き」
そう、収容者が出た神崎高校は大人しいほうだが九之江と入江商業の不良はこの騒ぎに乗じて大石の気にくわない奴をぶち殺そうと活動している。しかもその二校は清々しいほど仲が悪い。
手を組まないからこそ何をしでかすかわからないのが悩みの種だった。
「神崎高校は最近執行部の人タコ殴りにして逮捕者でたっていってたぜ」
「でも鬼嶋、僕らは神崎には手を貸さない」
「はぁ? なんで」
「彼らの学校は不良の比率が比較的少ない。不良ばかりの僕らが手助けしてもいい印象は持たれないだろうね」
参之森地区はミュータントを寄せ集めにした地区と言っても過言ではない。そして昔の、暴力的な捜査員達に負けないほどタフな不良がこの地区には集まる。一々江戸川区外から腕試しにくる高校も昔はあったらしいが今ではほとんどない。
だからこその対立構造。ささいな内輪揉めから始まり今まさに『抗争』が起きそうな緊張感でピリピリしていた。
『これでは三十年前と同じだ』というのが教師達の言い分だった。
「僕らはやっぱし団結しないと」
「俺はテメェなんか頭にしたくねぇんだよ! さっさとぶちころしちまえばいいだろうが!」
「女性にまけたタカは黙って。………役割分担をしようと思う」
ここには各派閥のリーダーが集まっている。連絡しておけ、ということだろう。
「まず実働部隊はもちろん僕とかシズちゃんとか、蝶野先輩は、卒業後かもしれないので保留ですね」
シズちゃん戦えるの? ここにいる全員が首を傾げた。知恵の輪でうんうん唸っている少女(♂)は見るからにか弱そうだ。いや、ミュータントは見かけに依らないのだ。
「タカと、丸ちゃんは面倒ごとを起こさないこと。でも大規模抗争になったら思い切り暴れて」
「アァ!? だからなんでテメェに指図されなきゃならねぇんだよ!」
「おいタカ。黙れ」
「チッ、兄貴も腑抜けてやがる………」
てきぱきと指示を出す優樹。文句が蝶野弟を除き出てこないのはやはり彼の人徳と実力のお陰だろう。
「うん、こんなとこかな?」
「………あれ?」
鬼嶋は引っ掛かった。鬼嶋一派と氷川一派には指示がない。
「おい、あたしらは戦力外か?」
「………鬼嶋さん、氷川さん。君らは『留守番』を頼んだ」
どうやら違うらしい。
「OK」
氷川一派が氷川を除いて怪訝そうな顔をした。
「氷川サンに『留守番』だってぇ! あのオカマ野郎! ふざけてんのか!」
一年男子の氷川一派の中島が怒り浸透だった。ちなみに怒ると暴れだすが普段はオタクっぽい優しい少年である。
「………中島くん」
「なんすか?」
「………この学校でいう………留守番は少し違う意味」
「え?」
氷川がうん、と頷いてから
「留守番は、ほら、番犬みたいな、……………えっと」
「氷川サンを犬扱いっすか! 許せねぇ!」
「キリカ、黙ってろ。えーと、ナカジマ、この学校でいう『留守番』ってのは、実働部隊に何かあって学校自体にイカれた連中雪崩れ込まないように待機するってことだ」
この説明に納得したのか中島はへー、と声を漏らした。
「でも、それに『抗争始まったら制服着ろ』ってのもわからないっすねぇ。別に『学校を背負って』って訳でもないでしょうに」
「あー、それは知らん。氷川は?」
「…………購買予約忘れてた」
「今度蝶野さんに聞いてこいよ中島よぉ」
「灰崎は知ってんのか」
もう誰も居なくなった会議室に二人だけ、蝶野兄と優樹がいた。
優樹は気の抜けた表情をしている。
「え?」
「………制服着ろって話。結局風間には聞けなかったからよ」
風間とは蝶野の前の番長だ。力が強く力ずくで番長の座に君臨し派閥を持つことを許さない男だった。しかし惚れた中学生女子に睨まれるだけで怯えたらしく入学したての灰崎優樹にやられるところを考えると残念な男であったことは確かである。
「………僕も、知らないんですよ」
「そうか」
(嘘だな、このガキ)
何か隠すことに理由があるのだろうか。




