3.眼鏡を取りに
ミュータント化したことで日常のなにかが変わることはないのだ。
今日は盛大にすっ転んで割ってしまったメガネを店に取りに行く日だった。色素のない百合の眼球にとって直射日光は天敵である。視力も弱いため特注で赤い縁のUVカットメガネを使用しているのだ。
街中ではかなり目立つ外見をしているものの、この街は都内。髪を染めている人もいるので珍しくはない。珍しくはないのだが……。
「君、可愛いね。俺らと遊んでいかない?」
この辺は結構治安が悪い、昔から能力者の多いこの町は東京都の中でも隔離されている。街で有名なお嬢様女子校の生徒で、しかも可愛らしい百合ともなると声をかけられる可能性が高くなる。
参之森学園の生徒はおとなしいことで有名だ。
「え、えっと」
「カラオケとかボーリングとかさ、俺がおごるから」
金髪のガラが悪い男が言う。取り巻きの男たちも百合の周りを囲む。ニヤニヤしながら肩に触れてこようとする金髪の男。
その手を、誰かが遮る。
「やあ、僕の彼女に、何か用かな?」
黒い髪に白い肌。高い身長で体が細い美形の男。当然百合に彼氏はいないし、彼氏がいたこともない。この男は馴れ馴れしく百合の肩をつかみ、自分の近くに引き寄せる。百合の顔は真っ赤だ。
「もしかしてそのモテなそうな奴等使わないと彼女も作れないのかな?」
「うっせぇ、てめぇナメんじゃねぇっ」
思い切り殴りかかる不良。周りから悲鳴が上がる。
黒髪の男はその様子を冷静に、いやニヤニヤしながら見てから、
不良の顎を蹴り上げた。
「男は力じゃなくて心で女を好きにさせるんだぜ、持論だけど」
不良は気絶している。脳震盪というヤツだろう。しかし、ガタイのいい男が1mも転がされているところを見ると余程の威力で蹴り上げたのだろう。
「……もう大丈夫だよ。全く、キミはあいつぶん殴る権利あったのにね」
「え、あ、ありがとうございます」
「ま、いいか。じゃあねアヤセちゃん。バックの内側に名前書いたほうがいいよ」
「えぇっ!?」
よくわからない指摘をしつつ立ち去る男。ずいぶんと足早だが、と思ったが。
「あ、警察……?」
どうやら面倒なことすべてを押し付けていったらしい。
ファミレスに誘導された。百合としてはその場で話をしたほうがよかったのだが、大人の男性3人に囲まれては仕方がない。
「じゃあ、その青年は君を助けたんだね?」
「はい、そうです」
ただの警察にしては重装備な男性がやさしく言う。どうして彼らは周りを威圧してまで銃を持っているのだろうか?
「うーん、じゃあミュータントは関係ないか。警戒して損を、いや備えあれば憂いなし、か」
水を飲みほして言う。百合は少し困った顔をする。
なぜ今ミュータントを警戒しているのだ?
「……私たちはこういうものでね」
少し思考の沼にはまった百合に一枚の紙が渡される。それはただの名刺だったが、その紙切れにはしっかりと『対能力者執行部』と印刷されていた。
呼吸が止まる。汗もでる。まさかこんなに普通に『ミュータントに対する戦力』と合えるとは思っていなかった。
いや、今までも周りにいたのかもしれないが、自分が倒される側だとこうもわかりやすいのか。
百合のそんな様子に気づかず男は、
「最近、『池の底の感電死体』などがよく見つかっていてね、君はなにかしっているかな?」
もちろん百合の能力のことを指しているわけではないが、自分が疑われているのでは、と思ってしまう。
ボロを出せば、この場で射殺されてもおかしくはない。
自分は、ミュータントだから……。
目の前がかすむ。眼鏡をかけていないからではない、この状態は立ちくらみなどによく似て――――。
「大丈夫ですか?」
聞きなれた声がした。肩を叩かれ、はっとした。
アリエスが、後ろに立っている。コップを持っているところを見ると、今休診中でファミレスに来ているのだろう。男性たちがアリエスをみて、こう聞いた
「あなたは……?」
「アリエス・ブラック。この近くの診療所の医師で、彼女のかかりつけ医です」
男たちはこう思った。自分が健康ではなくて何が医者だ、と。
アリエスの外見は見慣れていなければ後ろ姿は『不健康な老婆』だし、正面から見てもその異常な細さや目の下のクマなどで十人中九人が心配になる。
男たちの疑いの目が気になったのか医師免許や大型車両免許、二輪免許、イギリス国籍パスポートなどを次々と取出し男たちに見せる。
「彼女は生まれつき病弱で、あがり症なんですよ。『私たちはあなたを疑ってます』といった目で見ていたら緊張してしまいますよ。それでも大人ですか?」
アリエスはいつも通りの無表情で言う。ちなみにあがり症は嘘だ。百合は知らない人ともおしゃべりできる。
「……それと、すべて『ミュータントのせい』にしたいようですが『池の底の感電死体』なんかその辺のサラリーマンでも作れますよ」
そういってアリエスは百合を引っ張って自分が座っていた席に連れて行く。その細い腕のどこにそんな力があるのだと思うくらい強く引っ張られる。
席に座らせられると百合は、
「彼らは『犯人のミュータントを見つけ次第射殺しろ』とでも言われているのでしょう」
と恐ろしいことを言われた。つまり、百合の命はかなり危うかったわけだ。
「しかし、そんな指令が下っているからこそ確証が持てるまで手は出さない。一般人を殺めてしまっては今後の活動に支障が出る。……要するに嘘八百並べてごまかすことが重要ですね」
そういって百合にメニューを渡す。
「昨日はその後の血液検査のせいで話せませんでしたね、ごめんなさい。おわびとしてパフェでもステーキでも好きなもの頼んでください」
「お、お詫びって。先生は悪くないですよ?」
「桜さんに少しでも私が悪いと思われたら殴られてしまいますからね」
百合はその光景がすぐに浮かんだので素直に受け入れておいた。綾瀬桜、彼女は過去に百合を轢きそうになった男の住所を特定し殴りに行こうとした怖い人である。
「じゃあ、宇治抹茶パフェで」
「おいしいですよねそれ。すみません注文です」
そういって店員を呼び止めるアリエス。百合は少し居心地が悪いので足をぶらぶらさせているとアリエスが読んでいたであろう本が目に入る。
タイトルは「テルファ」。「テルファ」は世界四大宗教に数えられるほどの宗教で多神教宗教。自然物に神が宿るといった日本神道的な考えや食事制限のない、むしろ「好き嫌いのないバランスのいい食事」が好ましいとされる教義、男女平等の理念など受け入れやすい宗教だ。
聖書にあたる書物のタイトルは「テルファ」だ。
「先生は『テルファ』信者なんですか?」
何気なしに聞いてみると、上ずった声で
「……いえ、この世界観が気に入っているんです。無数の浮遊島とか」
………その声の調子を聞くと、本当に気に入っていることがわかる。
しばらくするとパフェと、アリエスが頼んだらしきステーキが運ばれてくる。
『しっかり食べているのになぜ痩せているのだろう』と疑問に思う百合であった。
「なにニヤついているんだ、気味が悪いぞ」
「いやあ、ねぇ?」
銀髪の青年は黒髪の男に話しかける。
百合を助けた男。その外見が、変わる。
黒い髪、紅の眼、白い肌の少女のような顔をした少年に。
「お前が人を助けるなんてな。明日は槍が降るかもな」
「残念ながら降らすのは僕で、降らすとしたら飴の雨を降らすね」
「まだ林檎飴引きずってるのか……」
「たまに食べるにはおいしいよね、林檎飴」
そういって少年が開けたスナック菓子の袋は巷で辛いと評判のポテトチップス。この少年、別に甘いものが大好きというわけではない。
「そして助けたのは知り合いに似ていたからだね」
「誰のことだ」
「答える必要はないね」
溜息を吐く青年は、ふと少年を見た。長い間の敵対者だからこそ、わかる。
今日の彼は、なんかおかしい。
「アヤセ、ユリ。百合かぁ……」




