13.鬼
目を開けたら自分の『母親』が立っている。
そんな夢を何度みただろうか。
熱が出て入院して、目を醒ましたらおっとりとした自分そっくりな母親が心配症な叔母をなだめている。そんな夢。
でも、あのときはその夢を見なかったのだ。
忘れもしない始業式翌日。インフルエンザで倒れ、生死の境をずっと往き来していた時。
その時の夢は、写真でしか見たことのない父親が怖い顔をして『こっちに来るな!』と言っている夢だった。その隣に母親はいない。なんとも不吉な夢だった。
こんなことを思い浮かべるのは、きっと自分が死んだからだとおもった。
でも、それなら何故硝煙の臭いがするのだろう?
「な、なんでやつがここに……?」
執行部の部隊長は目の前の影に、目を疑った。
都市伝説クラスの『吸血鬼』、人質の恐らく『犠牲者』。
それを守るように立つ、一つの人影。
それは3mの人型だが、人間どころか生物にカテゴライズすることさえ忌み嫌われそうなほど禍々しい怪物だ。
目を見開き、牙を剥き出しに笑う能面の顔に伸びっぱなしの黒い髪の毛、鉛の色をした皮膚で、腕や脚は異様に細長い。
そんな体に反して着ているものは美しい。金色の三日月の下で揺れる彼岸花と蜘蛛が描かれた黒地の着物。
『コンジキノオニ』。執行部隊長は、その禍々しい怪物を前に、
(どこが、金色なんだ? 鉛のような皮膚だ、髪もカラスのように黒い……)
『こんばんは』
声は機械合成のような感じだ。こんな外見の怪物が人間と同じ声をしていたら、発狂しそうだったから助かった。
『次ワタシを撃ったら全員殺す。野次馬もお前らも』
「……それは出来ないことだ」
ただ部隊長はベテランだ。今までの経験上人間を逸脱した姿のミュータントも見ている。今にも発砲しそうな部下を目で制し、
「ミュータントは多くの人々を傷つけ殺す。心を痛め付け決して癒えない傷を残す。お前らは、悪だ」
そうだ、自分がしていることは正しい。ミュータントに親を殺された子供、子供を殺された親、四肢をもがれた人、ミュータントの被害者は様々だ。中には外見は生きていて心が死んでいるなんて人物もいる。
『……人間に親を殺されたミュータントの子供がいる。その子は人間を恨んでさらなる恨みを買う。まるでウロボロス、最後には何も残らないんじゃない?』
ニタニタ笑った顔が発する声が怒気を孕む。
言われた彼も最初はそう思っていた。
──今では考えるのをやめたが。
「ミュータントは考えが歪んでいる。お前のように世界的に存在を知られている奴等は特に。お前らを殺さなければ未来はない」
『人間は考えが歪んでいるわね。私達は普通に生きたいのに少し違う能力があるから殺すのね。それが私みたいな怪物を生み出している自覚はある?』
「……自覚は、ある。だが、わかるか? 私はミュータントに家族も恋人も奪われた。お前らと同じように、『怪物』なんだ」
部隊の中に少なくないミュータント被害者。自分達が恨みの連鎖を生み出している事を彼は自覚している。
『そう、じゃあ同類ね。ふふふ』
「なにがおかしい」
『あなた、ミュータントのほとんどがなんの特殊能力も持たない女の人から出産されていると言う事実は知っているかしら? なら貴方は人間に対しても恨みの連鎖を作』
乾いた音がした。額を撃ち抜いた。さすがの怪物ミュータントも絶命するだろうとおもったが怪物はじっとその犯人を見た。
『いま私は機嫌がいいのよ。そこの若人つれていくだけにしておくわ』
「それは吸血鬼か? それともその被害者か」
『吸血鬼を連れていく。こっちの子は可愛いけれど拐うのはやめておくわ』
オニの手が吸血鬼をがっしりと掴む。何故か気絶している彼女をしっかりと背負い、怪物は部隊長に向けてこう言った。
「あなたとは、今度しっかり話し合いたいわ」
その声は、機械合成ではない、冷静で平淡な少女の声だった。
「ぁ」
また何もできなかった。そんな思いが百合の心でぐるぐるする。
『金色の鬼』。自分のイメージより随分と禍々しい怪物だった。
しかしそんな存在に懐かしさを覚えるのは一体なんだったのだろう。




