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【棘】

作者: ちなつ。

「いつまで囚われ続けているんだよ」

 って、そう自分に問いかける。

「いつまで取り戻せもしない過去に後ろ髪を引かれているんだよ」

 って。

 振り返ってばかりで前に進めない。

 子どもをやめたのだって、体が大人になっただけで。

 周りの人と比べてしまえば、私は情けないくらいに未熟なのだ。

 

 卒業、入学のシーズンが近づくと思い出すことがある。

 それは鮮明に記憶されていて、景色と音声がしっかりと視覚と聴覚に記録されている。

 自分でも不思議なくらいに映像として記憶されているのです。


 中学の頃、行きたい学校があった。

 だから、願書を書いた。

 でも、それを親に破り捨てられてしまった。


「こんなレベルの低い学校行っても意味ない」


 って。

 怖い顔して怒鳴られた。

 レベルが低いといっても私の身の丈にあった学校。

 夏休みから勉強をちゃんと始める前では手の届かなかった学校。

 それでも、勉強の成果のおかげか、試験で戦えるまでになった。ちょっと嬉しかった。

 だから、願書を書いたんだ。

 でも、それは父親に破り捨てられてしまった。

 

「こんなレベルの低い学校行っても意味ない。もっと上を目指せ」


 って。

 怖い顔で怒鳴られる。

 親の望む学校はとても私には届かない学校。

 偏差値66まで5も足りない。

 それに破り捨てられた願書の学校に行きたい理由はいくつもあったんだ。


 なのに。


 私の気持ちは踏みにじられました。


「どこを受けたいのか、もう一度ちゃんと考えて言ってみろ」


 そう言われたから、私は破られた願書の学校に行きたいって。そう言った。


「そうじゃないだろ」


 と、また怒鳴られる。

 もはや、誘導尋問にも等しい。

 そんな圧迫。

 叩かれるリビングのテーブル。

 揺れる花瓶。


「せっかくなんだから、挑戦してみれば」


 なんて母が言う。

 一度しかない私の高校受験を何だと思っていたんだろう。

 けれど、私がどう抵抗したところで、こうなってしまってはもはや私の希望は通らない。

 親に抵抗し続ければ、どうせ力任せに殴られて制圧されるのが目に見えていたから、

 私は喉が熱くなる悔しさを押し殺して、

 勝てる見込みのない願書を書いたのです。


 結果は目に見えていた。

 合格掲示に私の受験番号はなかった。

 親に電話で報告した。

 

「ダメだったよ」


 と。

 そしたら、無言で電話を切られた。

 夜、親が家に帰ってくる。

 まるで失敗作を見るみたいな目で私を見る。


 無理な話だったんだ。

 と、強く思ったけど、そんなことを言えばボコボコにされるから黙って部屋でラジオを聞いた。

 志望校に合格したっていうリスナーのメールが読まれていて、速攻でコンセントを引き剥いた。

 

 不合格は別に悔しくなかった。

 強がりじゃない。

 ただ、行きたかった学校に行けなかったことがとても悔しかった。

 今でも思い出すだけで悔しくなる。


 願書を破り捨てられたあの日、私の中の何かが終わった。

 確かに心の何かが壊れた。

 トラウマになったのかもしれない。

 頑張ることへの。

 自分の希望を述べることへの。

「どうせ踏みにじられて終わる」

 そう怖くなることのトラウマ。


 もっと勉強すればとか、もっと頭が良ければとか、馬鹿じゃなければってのはまた別のお話。


「いつまで囚われ続けているんだよ」

 って。

「いつまで取り戻せもしない過去に後ろ髪を引かれているんだよ」

 って。

 そう自分に問いかける。

 着たかった制服があった。あのブレザーを着てやりたかったことがあった。

 けれど、それは叶わなかった。

 もしかしたら叶ったかもしれない願いは、しかし、挑戦することもできずに砕けて散った。

 そのことがいまでも棘みたいに心に刺さっている。

 そして、棘が刺さりっぱなしの傷跡が化膿して、

 私の心は病んでいく。

 

 中学3年のとき私の心は傷を負った。

 3月になるといつもこの痛みを思い出す。

 そして、虚しさにも似た悔しさに襲われる。

 少し寒い曇った日の午前中だと、不合格発表の帰り道がフラッシュバックしそうだ。


 過去は取り戻せやしないから、この傷痕はいつまで経っても癒されないのかなって思うと、

 

 なんだかとても寂しくなるんだ。

 

 

 

 


 

 

 

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