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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

かいなに飛び込むその時に

暗い夜道。街頭は遠くまばらに並び、並木に圧迫されているかのような道は、細く長い。いつも通っている道だけれども、今日のような光の見えない夜には、酷く不安を誘うものだ。

 幼い頃から続けている日課のウォーキング。しかし、今日は部活が長引いたせいで、普段よりも遅い時間になってしまった。流石に今日は控えようかとも思ったし、母にも心配されたのだが、習慣とは恐ろしいもので、半ば無意識に家を飛び出していた。

 人気のないこの道は、昔から少々奇妙な噂があった。人が忽然と消えるのだそうだ。詳しい事はあまり知らないし、そんなもの迷信だと思うのだが。しかし、実際にこの近辺で行方不明者が出ることが多いというのも確かな話しであった。

 そんな話しを思い出したのもあって、私は身を震わせてジャージのファスナーを首元までキッチリとあげる。三月に入って、多少暖かい風が吹くようになったにも関わらず、妙な寒さを覚える。

 風邪でも引いたのかもしれない、と半ばオカルティックな方向に走り出した思考を引き戻し、細い道を足早に進む。アスファルトを踏みしめるスニーカーの音だけが、闇夜に反響して大きく響く。その音が逆に、無人の静寂を引き立てているかのように感じられ、少し大股気味に足を進めた。

 しばらく道なりに歩いていると、少し後ろから別の靴音が聞こえてきた。その人はブーツでも履いているのだろう、固い音だ。チラと腕時計を見ると、針は十一を少し超えたところ。大分遅くなってしまった、と思いつつ、私は更に歩幅を変える。固い音は相変わらず、私と同じ間隔を開けて響いている。

 はて、後ろの人はなぜ私と同じ速度で歩いているのだろう。そう言えば心なしか音も近付いてきているようだ。と、内心首を捻ってから、私は自分の顔から血の気が引いていく音を聞いた。

 これがいわゆるストーカーというやつだろうか。腰につけたポーチから携帯を出し、画面を確認する振りをしながら歩みを止める。ほぼ同時に、固い音も消える。冗談じゃない、と恐る恐る後ろを振り向く。

 が、しかしそこには何の人影も見当たらない。ただ、黒々とした闇があるだけだった。

 誰もいない訳がない。先程まで聞こえていた音は確かに靴音であったのだ。では、これはなに。警鐘を鳴らす胸の鼓動が嫌に大きい。

良く目を凝らして視界の闇を見る。何の変哲もない夜の暗さ。そう思って、もう一度目を見開いた。何かが、蠢いている。例えるならば、大きな蜘蛛、のような。一歩後退ったものの、私はそれから目が離せなかった。逃げなきゃ、逃げなきゃ、という脳の声に従って、じわじわと身体の自由が効いてきたとき。その何かの顔が、口角を大きく歪めた気がした。

喉の奥が引き攣れたかのような、自分でも訳の分からない悲鳴を上げ、私は一目散に道を駆け出した。後ろのアレは異様に大きく見えた。本気になれば私如きの足の速さだ、一瞬で追いつけるだろう。しかし、すぐ捕まえに来ない辺り、アレは私を追い回して(ねぶ)りたいらしい。他人の不幸は蜜の味と言うが、それなら他人の恐怖はさぞ美味だろう。現実逃避に近いその思考の奥で鳴り続ける鼓動。

家の近くの自転車道路に辿り着き、そろそろ諦めてくれただろうか、と後ろに目をやるが、諦めるなんて、そんな甘い話しはなかった。形が良く分かるような位置まで迫っていたソレに、再度声にならない叫びをあげ、少しでも振り払えないかと蛇行して走ってみる。

 と。私は何かに躓いてしまったらしい。死んだ。そう思った時、視界が白く塗りつぶされる。何事か、と足元に目を向けると、そこには大きめのお地蔵さんがあった。罰当たりな事をしてしまった。やはり死んだ。もう一度そう思いながら、視界がぼやけていく。最後、目の端で、灰色の丸い顔が目尻を緩ませたように見えた。


 微かに人の声が聞こえて、私は重い瞼を持ち上げた。普段のものよりも低い、木造の天井に柔らかな光が当たっている。ここはどこだろう、自分の家ではないようだけれど。と、寝起きで少し痛む頭を回転させて、昨日の事を思い出す。

 嗚呼、そうだ。確か何やら良く分からない大きな蜘蛛に襲われて、それからお地蔵様に足を引っかけてコケたんだ。死んだと思ったけれど。

 ゆっくり身体を起こす。どうやら私はどこか知らない部屋に寝かされているようだ。正直状況が良く分からない。誰か人でもいないだろうかと思っていると、右手側の襖が開けられ、

「あ、起きましたか。気分はその、どうですか」

 と言いながら一人の男性が顔を覗かせた。この人が私を拾ってくれたのだろうか、と布団から這い出る。しかし、目に飛び込んできたのは、男性の異様な腕の長さ。その人の膝まで届こうかというくらいのそれを見て、私はつい後退ってしまった。

「あ、あの、その腕」

 自分でも笑えるくらいに声が震えるのを感じながら指を指すと、彼は泣きそうな顔をして襖の後ろに身を隠した。

「ご、ごめんなさい、驚きましたよね」

 いかにも傷ついた、という声が聞こえ、私はじわじわと罪悪感に苛まれるのを感じる。悪い人ではない、というかむしろとても良い人そうな彼は、私を拾って看病までしてくれたのだろう。腕が長すぎるとか、そう言った些細な事で騒いでいる自分が何だか恥ずかしくなった。

「少し驚きましたけど、大丈夫です。失礼な事をしてしまってすみません」

 それと、助けてくれてありがとうございます。そう言って頭を下げれば、彼はそろそろと襖の陰から出、私の前に座る。

 頭をあげてください、と焦ったように彼に言われ、見上げるようにして彼を視界に入れる。

 黒とも茶ともつかない、少し長めの前髪で表情は少々伺いにくい。が、困ったように下がった眉毛の下には、存外意思の強い紺鼠の瞳が覗き見えた。

 ほう、と見惚れていると、その彼が不思議そうに、「どうかしました?」と私の顔を伺う。

「あ、いえ、何でもないです。いや、お名前を伺ってなかったなと」

 取り繕うように慌てて話しをそらすと、彼はあまり気にした様子もなく、微笑を見せる。

「あ、そうですね。かいなって言います。平仮名でかいな」

「かいな、さん。私は涼です。笹田涼」

 変わった名前だなあと思いつつ、私も名を名乗る。しばらく舌の上で馴染ませるようにして私の名前を呟いていたかいなさん。うん、と納得したように一つ頷いて、

「涼さん、って呼んでもいいですか」

「はい、お好きなように」

 斯くして私は、かいなさんに保護されたのである。


 自己紹介が終わった後、私のお腹は今までの緊張が解けたせいか、猛烈な勢いで空腹を主張し始めた。盛大な音を立てる腹の虫に、かいなさんは思わずといった様子で笑い声を漏らす。恥ずかしさを堪えながらも、彼が作ってくれたお粥を有難く頂いた。

 食べながらで構わないですが、と前置きをして、彼は私に質問をする。

「涼さんは、こっちのヒトではありませんよね」

「こっち?」

 至極真面目な顔をして尋ねられたはいいものの、私にはその意味が良く分からない。匙を咥えながら(お行儀が悪いと怒られた)、軽く首を傾げる。

 すると、ですね、と重いため息をつかれる。分かるように説明して下さい、と言えば、沈痛な面持ちのまま、かいなさんは口を開いた。

「取り乱さずに聞いて欲しいんですが、おれは人間じゃありません。というか、今君がいるここは人間界じゃないんです」

「はっ」

 突拍子もない話しだな、と思って変な声がでる。そんな馬鹿な、と一笑に付そうとするも、彼の真剣な顔を見て、嘘じゃないらしい。そう悟る。

 人はあまりにあまりな予想外の出来事に直面すると冷静になるらしい。

「なら、ここは何処で、かいなさんは一体何者ですか」

 意図せずに詰問口調になってしまったそれに、宥めるような色を瞳に浮かべて彼は言葉を返した。

「妖怪、って言って分かりますか。おれは所謂そういう存在で、ここは妖の世界って書いて、妖界」

 ややこしいですね、と目尻を下げるかいなさん。何故そこで申し訳なさそうにするのかがちょっと良く分からないが、まあいい。というか。

「妖怪って実在するんですね、お伽噺みたいなものだと思っていました」

「それはそうだと思います。普段、おれ達は人間には見えませんし」

 私思いっきり見えておりますが、それは一体。そんな事を考えつつ、かいなさんを見る。と、どうやらしっかり伝わったらしい。それはどうやらかいなさん自身も不思議に思っていたらしいのだ。

「おれはこういう事には詳しくないから良く分かりませんけど、知り合いに物知りな人がいるんです」

 良ければ話しを聞きに行きませんか、とそう尋ねられ、私は二つ返事で了承をする。状況が詳しく把握できれば万歳、帰る方法が分かれば万々歳である。

 そう言えば非常に今更なのだが、私はあの夜のジャージ姿ではなく、白い襦袢を着せられていた。かいなさんが着替えさせたのだろうか、と問えば、彼は白い顔をほんのりと赤く染めて目を逸らしたので、まあ多分そうなのだろう。貧相な身体で悪かったなと思うが、何より人間一人着替えさせるのは大変だったろう。後で労わろうと思った。

 そういうわけで(どういうわけだ)、彼に私のジャージを返してもらい、それに着替える。洗剤の匂いこそしないが、汚れ一つ見当たらない事から考えて、多分洗ってくれたのだろう。重ね重ねすいません。


 かいなさんに連れられて外に出る。人間界の暮らしとどう違うのだろう、と思って周囲を見回してみて、こっちの世界はまるで、江戸時代と明治時代の中間のような景観だった。煉瓦造りの建物があると思えば、隣には昔ながらといった風情の呉服屋が建っている。地面はコンクリートではなく土が丸出しだが、平らになるように整地されているし、街頭は火を灯す形式のもののようだ。ちぐはぐなようでいて、とても情緒溢れるその街を興味深く見ていれば、私の前を歩いていたかいなさんが、(むし)(あお)(いろ)の暖簾を下げた木造の建物のところで立ち止まる。

「ここですか」

 そう尋ねれば、彼は首を縦に振り、こっちです、と言って暖簾を潜り、中へ入っていった。大人しくそれについていく。電気も蝋燭もついていない薄暗い廊下を進み、一つ目の曲がり角で曲がる。表で見たよりも随分広いようだ。やはり妖怪だと空間を捻じ曲げる、というような事も出来るのだろうか。ほぼ漫画の世界だな、そう思っていると、通路の奥に一つ扉があるのを見つける。微妙に開いたその隙間から、紫煙が白く細くたなびいている。一目見て怪しい。本当にここで合っているのだろうか、と内心尻込みするも、かいなさんはそんな事は意にも介さず、その扉を開けた。

(こう)(うん)さん、いらっしゃるでしょう。お客ですよ」

「客、ふうん。追い返せ」

「このクソニート、働いてください。そしてお給金をください」

 どうやらかいなさんはこの店で働いているようだ。道理で迷わずたどり着けたわけである。にしても、非常に口が悪い。さっきまでの温厚な彼は一体何処へ消えたのだろう。

 半分茫然としたまま、その香雲さんとのやり取りを聞いていると、観念したのか、件の人物が姿を現した。薄暗くて良く見えないのだが、その人は白っぽい長髪を高い位置で一つに括り、着物を肩に引っ掛けた女性のようだった。

「あんたが客かい、珍しいねぇ。ニンゲンじゃないか」

 かいなさんに手招きされて慌てて彼女の元に駆け寄ると、彼女は私を暫く見つめた後、フウン、と意味深な笑みを浮かべる。私が何かしてしまっただろうか、もしかしてさっき食べたお粥のご飯粒がどこかについているのかもしれない、と慌てて両手で顔をまさぐる。しかし、鼻と唇と眼窩が確認できただけで、それらしき何かはなかった。いよいよ不思議に思って彼女の顔をじっと見つめると、余程面白かったのだろうか。喉の奥でクツクツと笑いながら、

「まあ、取りあえず入りな」

 と、部屋の中へと案内される。煙草の煙は苦手なのだけれど、と思いながらも促されるまま部屋に入る。が、思っていたよりも煙草の臭いはしないし、部屋も煙たくはなかった。さっきは扉から紫煙が漂っていたのに、と不思議に思う。

 通されたそこは、障子越しに柔らかな陽光が差し込んでいて、どことなく穏やかな空気が流れている。畳が数枚敷き詰められただけの狭い部屋の半分程を飴色の机が占拠しており、装飾物などは一切ない。強いていうならば、申し訳程度にお洒落な灰皿が置かれているぐらいだろうか。何にせよ、非常に居心地の良さそうな場所に通され、かいなさんが無断で隅から持ってきた座布団に恐る恐る座らせてもらう。この部屋の主は、それを見ても特に何も言わないのでまあ、良いのだろう。

「さて、お初にお目にかかる。あたしは香雲、煙々羅ってぇ妖怪だ。ここの万屋で店主をやってる」

「笹田涼です。ええと、人間です」

 これまでの人生、いや、これからの人生でも、人間ですと自己紹介する機会なんてもうないだろうな、と漠然と思いながら、頭を軽く下げる。

 礼儀正しい子は好きだよ、と香雲さんに軽く笑われつつも、本題に入ろうと口を開く。しかし、それを見越したかのように、彼女は左手を緩く振りながら言葉を発した。

「良い、言いたいことくらい分かるよ。粗方かいなから聞いてるだろう。あんたがここに来た訳と、そうだね。なんであたし達が見えるのか、って事かい」

「ええ、はい。その通りです」

 なんでも見通しだな、と感嘆のため息をつく。目を細めて、彼女はまた声を紡ぐ。

「こっちへ突然来ちまうニンゲンてぇのは、実は少なくないんだよ。色々と道はあるからね。あんたの場合はどうしてこっちに来ちまったんだい」

 割と驚愕の事実をあっけらかんと告げられ、前例があったのか、と少々驚きつつ、先日の夜の出来事を話す。成程、と目を伏せ、香雲さんは一寸考え込む素振りを見せる。

「でっかい蜘蛛はまあ、こっちの奴だとして。地蔵ねえ」

 ううん、と唸る彼女に若干焦りを抱き、帰れますか、と尋ねる。と、一寸待ってな、と言われ、彼女はどこかへ行ってしまう。

 これは帰れない可能性もあるな、死んだなと脱力していると、さっきまで隣に鎮座していたかいなさんが呟く。

「そのお地蔵さんになにか、常日頃から何かしていたとかありませんか」

 そう問われ、おぼろげな記憶を辿る。先日の事件でちょっと、いや若干それより前の日常がぼやけているのである。

 自転車道路脇、小さなお地蔵さん。普段は通学であの道を歩いていて、近所だからと、そう。確か定期的に掃除をしたりお供えをしたりしていた。と、その旨をかいなさんに伝えれば、それじゃないでしょうか、と一言。

「それとは一体」

「鶴の恩返しとか、かさ地蔵みたいなものだと思います。日頃から大事にして貰っていたお礼に、涼さんを一時的に逃がしてくれた」

「それだと、思いっきり蹴飛ばしちゃったのに中々太っ腹ですね」

 まあ、些細なことなんでしょう、とかいなさんが笑い飛ばす。流石にお地蔵様も流石にそこまで寛大ではない気がするが、それこそ神のみぞ知るというやつである。

 等とやり取りをしていれば、一冊の書物を持って香雲さんが戻ってきた。

「お帰りなさい。その本は何ですか」

「ああ、これはこっちに迷い込んじまったニンゲンの記録みたいなもんだ。何かの役に立つかと思ってね」

 そう言い、彼女は無造作に本を放り投げる。慌ててそれを掴めば、彼女は心底楽しそうに笑い、

「さて、もう一つの話しも残ってたねぇ。何故あたし達の姿が見えるのか」

「はい、何か分かりますか」

 思わず居住まいを正す。香雲さんは、珍しく言葉を選ぶようにして口を開いた。

「今まで、あんたが妖怪の姿を見たことは」

「ありません」

「それだ。普通、ニンゲンがあたし達の姿を見るには一つしか方法がない。所謂霊力、妖力ってのを持つことだ。それらは先天的なものでしかありえないんだ。それがあんたは、こっちに来てから急に見えるようになった」

 そこまで話して、彼女は眉根を寄せる。

「あんた、もしかしたら妖怪の血が流れてるのかもしれないよ」

「そんな事、あるんですか」

 あるんじゃないかい。そう言った彼女はしかし、その事実を信じて疑わないようだった。こちらの世界に来てから、私は自分では処理しきれない事ばかり起こっている気がする。大分前からキャパオーバーだった私の頭は、ついに思考を止めたらしい。なんだか、色々な事がどうでもよくなってきた。

「そんな事があるものなんですね」

「涼さん、割と冷静ですね。もう少しこう、何かないんですか」

 どこか呆れたような驚いたような、かいなさんの言葉に、自分でもそう思います、と答える。

「でも、分からないよりは良いと思って。いくら突拍子の無い話しとは言え、辻褄が合うんだから疑う余地はないですから」

「まあともかく、一つ助言をしてやろう。妖怪の中にはニンゲンを喰う奴らも少なからずいる。しかも、昔からこっちには、二つの世界の血を持ってる奴は殊更美味いなんて話しもある。もしあんたの出自を知ってる奴がいるとして、そうしたらあんたが狙われた訳も分かる。気をつけな」

 と、香雲さん。気に留めておきます。そう返せば、口元を緩めて彼女は、立ち上がって私の頭を軽く撫で、扉を開ける。

「さ、あたしの教えられる事はこんなもんだ。お代はかいなの給料から引いておくからいらないよ」

「香雲さん、それ払う気がないだけですよね」

 疑わしげなかいなさんの視線を受けても、見事に無視を決め込み、彼女は立ち上がった私に、

「無事帰れるといいね」

 そう言って、私達を見送ってくれたのであった。


「なんで、なんであの部屋から一気に外に出るんですか」

「あの建物の内部構造は、香雲さんの気分で変わります。あまり気にしない方がいいですよ」

 不思議な事もあるものですね、としみじみと呟き、私とかいなさんは元来た道を帰路につく。何時の間に時間が経ったのか、太陽は頭上で輝き、暑いくらいになっていた。こちらでも太陽は変わらないんだなあ、と空を仰ぎ見る。と、胴に鈍い衝撃を覚え、私は慌てて前を向いた。

 赤茶けたざんばらの髪に血のような瞳、鋭い牙。驚いたように目を見開くその見知らぬ人に、私は激突してしまったらしい。慌てて頭を下げ、心配そうなかいなさんの元へ行こうとすると、私はその男性に腕を掴まれた。

「待ってくれ、あんたニンゲンか」

「え、あの。それが何か」

 動揺したようなその声は、どこか懐かしいもので。その感覚に内心首を傾げながら、おずおずと肯定の言葉を返す。

 かいなさんがどうかしましたか、と小走りに戻ってきて、そこで私は用やっと腕を離してもらえた。

「いや、ちょっとな。この娘に聞きたい事があって」

「東雲さん、この子と面識がおありなんですか」

「いや、まあ初対面みたいなもんだ。だけど気になる事があるんだ」

 真剣な、その男性は東雲さんというらしい。知り合いですか、と聞くと、緩やかに頷かれる。

「ともかく、道端では何ですし、場所を移動しませんか」

 丁度すぐそこがおれの家ですし。そう続けたかいなさん。東雲さんは、それもそうか、と笑って頷く。何だろう、蚊帳の外にされている感が否めない。

 三人連れ立って、あと僅かなかいなさんの家までの道を歩く。彼が私達を先導する形になるので、自然と私は東雲さんと並んで歩くことになった。ばれないようにそっと見上げると、彼は先程までの真剣な表情とは打って変わって、穏やかで人好きのしそうな顔をしている。血色の瞳は鋭くて、少々きつめの印象を覚えるが、薄く微笑みを湛えた口元がその印象を緩和させているようだ。

 そして、東雲さんを見てからずっと懐かしさが拭えない。どこかで見たことがあるような気がするのだ。それもずっと昔からいつもそばにいたような。

 気付けば、勘付かれる程まじまじと顔を見つめてしまっていたらしい。

「俺の顔に何かついてるか」

 きょとんとした表情で覗き込んでくる東雲さん。何となく恥ずかしさを覚えて、慌てて首を振る。

「いえ、そういう訳じゃないんです。なんでもありません」

「そうか」

 納得してくれたのか、それともそんな事はないのか。ともあれ姿勢を戻した東雲さん。掴めない人だなと思っていれば、どうやらかいなさんの住む所まで戻ってきていたようだ。

 部屋に戻って、それから私と東雲さんと向かい合って座る。かいなさんは、意味深げな笑みを浮かべて台所に消えた。夕飯の支度をするのだそうだ。内心楽しんでいる事がひしひしと感じられる。

「さっきは突然すまんかった。驚いたろ」

「まあ、少しだけ」

 もう一度すまん、と眉を下げてから、彼は改めて、と切り出した。

「挨拶が遅れたが、俺は東雲という」

「涼です、笹田涼」

 いい名前だな、とどこか寂しそうにも懐かしそうにも見える表情で彼が呟く。そんな事は言われた事が無かったので、少し照れてしまう。この人は天然の気があるのかもしれない。

「さて、まあいきなりで悪いんだが、本題に入らせてもらう。あんた、人間界ででっけえ蜘蛛か何かに襲われなかったか。その後、気付いたらこっちに居たなんてことは」

「なんで知ってるんですか」

 その事はかいなさんと香雲さんにしか言っていないはずで、それ以外の人が知っているはずの無い事だ。いや、犯人ならば知っているだろうか。もしかして東雲さんが。そう考えて私は身を固くする。と、その警戒がもろに伝わってしまったのか、東雲さんは慌てて膝を起こしつつ、

「いや、俺じゃない。俺じゃなくて、俺の友人が言ってたんだ。裏の山に土蜘蛛ってのが住んでるんだが、そいつがニンゲンに逃げられただのと愚痴っていたと」

 断じて俺じゃない、と必死の形相で言われ、私も半ば自棄気味に分かりました、疑ってません、と返す。

 安心と疑惑とがごちゃ混ぜになったような表情で腰を再度落ち着ける東雲さん。落ち着いてくれて良かった。とは言うものの、今の話しが本当だとして、私を襲ったあの蜘蛛はやはり妖怪だったらしい。土蜘蛛と言えば、源頼光に退治された事で有名だったはずだ。実在したんだな、と他人事のように考える。そうか、土蜘蛛は人を喰うのだったか。

「でも、なんで私だったんでしょう」

「狙われたのがってことか。土蜘蛛は元から人間界に良く下りていたよ。人を食うために」

 その延長線上だろうな、と言われる。それならば、今後はあちらに帰っても、偶然さえなければ狙われる事はないのだろうか。だが、私の脳内には香雲さんの言葉が渦巻いていた。二つの世界の血を持つ者は美味いのだと。もし、それが本当なら。もしそれが見抜かれていたら。本当に襲われないという確証はないのではないだろうか。

 知らないうちに、私は顔を顰めていたらしい。頭に固いものが落とされ、驚いて顔をあげれば、困ったように笑って東雲さんが私に拳骨を落としていた。

「そんな顔するんじゃない。辛気臭い顔をしてるとその分泥沼に陥るぞ。思うところでもあるなら相談してみろ、話しを聞くだけはしてやる」

 思わず聞くだけかよ、と言えば、東雲さんはケラケラと笑って私の頭を掻き回す。不思議と安心するその動作に、何の気なしに父親みたいですね、と呟く。

「良いね、何なら娘に来るか」

「いやそれはないですね」

 あっちに本当の家族がいますから、と言えば、それはそうだな、と笑われる。ひとしきりふざけていると、鉄鍋を持ったかいなさんが台所から戻ってきた。

「お二人共打ち解けたようで良かったです。今から夕餉でもと思ったんですが、東雲さんも如何ですか」

 囲炉裏に鍋を掛けなおしながらかいなさんが尋ねる。と、東雲さんは慌てて立ち上がり、

「もうそんな時間か、そろそろ帰らないと。悪いが今日はここでお暇させてもらうよ。誘ってくれてありがとうな」

 と言って、長屋を出ていく。

「あ、もし明日時間があれば俺の今住んでるところまで来てくれ。さっき言った友人に合わせるから」

 振り向きざまそう言い残し、彼はそのまま飛び出していった。

 私とかいなさんは顔を見合わせ、どちらからともなく頷く。どうやら、私は良い波に乗れているようだ。


「失礼します」

 次の日。朝餉もそこそこにかいなさんの家を出、大通りを抜けて東雲さんの家へと向かう。正確には本人の家ではないそうで、彼は所謂居候なのだそうだ。

 到着したそこは、小ぢんまりとしているものの、木目の一筋々々が見てとれる程綺麗な屋敷だった。かいなさんも、実際にこの屋敷に入るのは初めてだそうで、どことなく緊張したような風情で、硝子の嵌った扉を叩いた。

「はい、どちら様ですか」

  暫くして、扉が開いて中から一人の男性が出てくる。冷ややか過ぎるほどに輝く碧眼。月の光を形にしたかのような淡い金の髪は、一筋の三つ編みを交えて、首元で緩く一つに括られ、胸元にまで垂らされている。所謂正統派の美青年というやつである。驚きで私が固まっていると、その男性の後ろからひょっこりと東雲さんが顔を覗かせた。

「かいなに涼。来たか」

「この子が昨日言っていた涼ちゃんか。随分可愛らしい子じゃあないか」

 そう言って、口の端を上げ、目を細めて笑うその男性。下手をすれば女性より遥かに麗しいその表情に、目の保養になるな、と的外れな事を考える。隣のかいなさんが苦笑する気配があるから、きっと彼には私の思考回路なんて見え見えなのだろう。

 そんな事を思っているとは露知らず、東雲さんは私とかいなさんを半ば引っ張るようにして、屋敷の中の一室に連れてきた。どうやら客間らしきそこの、椅子の一つに座る。何故か椅子ではなく畳の上に胡坐をかいて東雲さんがすわる。どうでもいい事だが、東雲さんは居候のくせに割と伸び伸び暮らしているようだ。

 暫くして、急須と湯飲みを持って先程の男性がやってきた。湯飲みが三つしかないのはさておくことにする。

「昨日は東雲の馬鹿が迷惑をかけたようで済まない。ぼくは玉兎という。以後よろしく頼む」

「笹田涼と言います、こちらこそよろしくお願いします」

「かいなです」

 玉兎さんと言うらしい彼は、急須を持ち上げて、湯飲みにお茶を注ぎながらこう切り出す。

「さて、君が土蜘蛛に襲われたっていう子だね。確かに美味そうな気配はする」

 これはあいつが執心する訳だね、と割と怖い事を、日常の事のように口にし、彼は湯飲みを私とかいなさんの二人に手渡す。想像通り、東雲さんの分はないらしい。

「気配とか、そういうの分かるんですか」

「人と関わりのある種族には大体分かる。ぼくは人食いではないから安心して。まあそんな訳で、君はまだ土蜘蛛に狙われている。あいつは執念深いから、殺すか殺されるかしないと、きっと駄目だね」

 中々辛辣な人だな、とお茶を啜りながら話しを聞く。成程、殺すか殺されるからしい。あっちの世界じゃ体験することがない事だ。

「説得とか無理ですかね」

「さあ、どうだろうね。せいぜい目玉一個と引き換えとか、そういう事になると思うけど」

 そうか、と呟くと、隣で聞いていたかいなさんの方が逆に顔面蒼白になっているのが見える。大丈夫ですか、と声をかけると、何とも言えない表情で首を縦に振った。

「涼さん、自分の事なのに落ち着き過ぎじゃあありませんか。殺すだの殺されるだの、大分ぶっ飛んだ話しですよ」

「ああ、やっぱりそうなんだ。なんだか妙に納得してしまって」

 そうなんだっていうのもおかしいですね、と付け足せば、やっぱり微妙な表情で、彼は続ける。

「それで、どうするんですか。取りあえず帰るのか土蜘蛛を何とかするのか、いっそここで暮らすか」

「このまま帰ったら確実にあっちで人が死ぬじゃないですか。ここで暮らすのも迷惑でしょうし、まあ何とかするしかないですよね」

 何とかとは言っても、さてどうするべきか。今後の事を考えるとそれこそ退治するべきな気がするが、一般人である私にそんな大それた事が出来る気がしない。

「いっそ本当に目玉一個と交換にしようかな」

 でも痛いかな。そう呟くと、東雲さんが派手に首を横に振る。

「玉兎はああ言ったけど、あの土蜘蛛がそんな事で満足するかよ。騙されて肉団子になるのがオチだ。だからまあ、殺す方が手っ取り早いな」

 そう言って、東雲さんは畳に寝そべったまま、腹這いでこちらまで移動してくる。

 そして、どこからともなく紙と鉛筆を持ち出し(筆ではないのかと少々驚いた)、何かを書きはじめる。

 それをかいなさんと共に覗き込む。思ったよりも流麗な字で驚いた事はさておき、それはどうやら作戦のようだった。

「土蜘蛛を酒で酔わせて、その隙に谷底に落としてやればいい。あいつは深い谷の傍に巣食っているから、運ぶ手間はない」

 そんな上手い話しがあるのか、と思うも、実際に谷の傍に住んでいるのは確からしい。これまたどこからともなく地図を取り出したかいなさんが言うのだから、間違いはない様だ。

「おい東雲、それはいいとしても誰が酒を飲ませるんだ。涼ちゃんじゃ無理だろうし、東雲もかいなくんも面識はないだろ」

 いいかもしれない、と薄ら納得しかけたところに、玉兎さんの声が飛んでくる。正論である。

 どうするのだろう、と東雲さんの顔を見ると、彼は悪戯っ子のように笑い、

「お前が飲ませりゃいいだろう」

 と言ってのけた。

「ぼくも参加するのか、それ。アイツとは顔見知りだからやりにくいんだが」

「馬鹿言え、お前の掻っ攫ってきた人間の嬢ちゃんたち皆、あの土蜘蛛に食われっちまってたろうが。動機は十分だろ」

 苦々しげに言葉を捻りだす玉兎さんを、しかし東雲さんは一蹴。攫うだとかなんとか不穏な単語が耳を掠めた気がしなくもないが、まあそれは気にしない事にする。

 そう言われて、玉兎さんは眉根を寄せつつも、肯定のため息を吐き出すのであった。


 決行は明日の夜。そういう話しになって、私はかいなさんと共に玉兎さんの家を出る。用意するべき大量のお酒は、彼が何とか手配をするそうで、私はそれこそ、土蜘蛛を蹴り落とす心の準備をすればいいようだった。

 かいなさんは土蜘蛛を殺す事に消極的で、かと言って私が殺されてしまうのも看過は出来ないと、未だに決めかねているようだった。

「ねえかいなさん、私こっちに来て初めて会ったのが貴方で良かったと思うんです」

「突然どうしたんですか」

 青白い月の光と、長屋や民家から洩れる行灯の薄暗い光を頼りに道を歩きながら、私はかいなさんの顔も見ずに話しかけた。別に何を伝えたいと思ったわけじゃない。只、明日が終わって、明後日には私は元の世界に帰る。そんな予感がして。今しかないと、そう思った。

「かいなさんに会ったから私はこうやって、短期間で情報を集められたし、帰る切っ掛けも見つけられたんです。かいなさんじゃなかったらきっと、私はとっくに死んでいたんじゃないかと思うんです。感謝してもしきれません」

 私は彼の顔を見ていなかったから、彼がどんな顔をしているのかは分からない。それでも、何となく困惑しているんだろうなという気がするのは、何処か不思議な気がした。

「さあ、早く帰りましょう。明日は大変ですから」

 小走りにかいなさんを追い越し、足取りも軽く歩を進める。進めていると、腕を控えめに掴まれた。振り返ると、かいなさんが不安そうな顔をして立っている。

「すみません、何でもないです。気にしないで下さい」

 気まずげに手を離したかいなさん。それに、若干違和感を覚えたものの、私は彼の腕を掴み、歩き出したのである。


 夜になった。作戦はもう始まっていて、私は近くの岩陰に東雲さんと共に隠れている。玉兎さんが無事酔い潰す事が出来れば、土蜘蛛の巣から合図として、空の酒樽が転がり出てくる手筈だ。それまでは、なるべく静かに。そういう話しだったが、どうも緊張して、何か喋りたくて仕様がない。東雲さんはどうなのだろう、チラと顔を伺うと、彼はいつも通り、微笑みを湛えている。ように見える。実際にどうなのかは、分からないけれど。

「東雲さん、少しくらいは喋っても大丈夫ですか」

「小声でなら、まあ良いんじゃないか」

 ずっと静かにしてるってのは、流石に退屈だよな。照れたように笑った東雲さんに、ほんの少し安心する。

「東雲さんは緊張しないんですか。別の生き物に直接手を下すなんて」

「んん、まあここまで大きな生物を殺したことはないって言う点では、まあそうだな。俺は魚を獲って暮らしてる妖怪だから、今回も罠をかけるって点では変わらないと思ってる。殺すか捕まえるかの違いだよ」

 成程、彼にとっては、それこそ日常の延長戦の一部としての出来事らしい。

「まあ、あっちじゃあ中々無いよな。物怖じするのも分かる。害虫駆除ぐらいに軽く構えておけ」

 ひたすら明るい。明るいし、そんな彼が傍にいることで、大分落ち着くことが出来た。まだ怖いものは怖いけれど、なんとかやれそうだ。

「そういえば、かいなはどうした。結局来ないか」

「そうみたいです。最後まで迷っていたみたいですけど」

「そうか、まあアイツは優しすぎる。仕方ないな。逆にそっちの方が良かったかも知れない」

 まるで父親か兄のような顔をする東雲さんを見て、本当に仲が良いんだなと思い、場違いだが少し穏やかな気持ちになる。

 と、丁度その時、巣の入り口の辺りから樽が転がってきた。それを見、東雲さんの名を呼べば、いつになく切羽詰まった声で、鋭く応答が返ってきた。

 緩やかな登山道を少し下りれば、土蜘蛛の巣である洞窟の入り口に辿り着く。灯りは持たずに少し奥へ入れば、淡く金の光が見えた。そして、その後ろには大きな影。ピクリとも動かぬそれの周りにはいくつもの酒樽や酒瓶が転がり、酒気が噎せ返るほど漂っている。疑う余地もなく、これが件の土蜘蛛であろう。近くで見ると、尚更大きい事が分かる。腕を組んで、自身も酒臭さを纏った玉兎さんが、こちらに気付いて片手を軽く上げた。

「玉兎お疲れさま、どうだった」

「拍子抜けする程あっさりいったよ。後はコイツを動かすだけだ。手伝え」

 そう言った玉兎さんに、私と東雲さんも続く。予め東雲さんが作ったらしい、荷物を運ぶ簡易な仕組みを利用し、少しずつ少しずつその巨体を谷のふちまで動かす。大の大人二人にプラスアルファで私もいるにも関わらず、それは異様に重く、進みが遅かった。

 数十分程経って、やっと淵まで辿り着く。闇の深い夜だという事も相まって、ここから落ちたら本当に命は無いように思えた。

「涼、もう落とすぞ。こっちに来て蹴り飛ばせ」

 東雲さんの言葉に、深い闇から踵を返して、土蜘蛛の背後へ回る。そして、玉兎さんの合図で、土蜘蛛を谷底へ落とした。東雲さんの作成した仕掛け、と言っても丸太と紐のみを利用したものだが。それが岩壁に当たり、存外大きな音が響く。どうやら、これで終わりらしい。あまりにもあっけなくて、本当に落ちたのかどうか谷底を覗き込む。東雲さんと玉兎さんは、酒を飲み散らかした後を片付けに洞窟の中へ戻ったらしい。私もそれを追おうとして身体を起こす。と。視界の端で、鈍い光がギラリと光る。何だろう、と思う間もなく、私は何かに引きずられて、真っ暗な中に飛び込んでいった。静かで、深い闇の中に。




 微かに人の声が聞こえて、私は重い瞼を持ち上げた。果ての見えない、真っ青に輝く空、木陰に遮られつつも柔らかな光が当たっている。ここはどこだろう、自分の家でも、かいなさんの家でもないようだけれど。というかむしろ屋内ですらない。寝起きのせいだけではない、鈍い痛みを訴える頭を回転させて、昨日の事を思い出す。

 嗚呼、そうだ。確か土蜘蛛を谷底に落としたと思ったら、何かに身体を引っ張られて私も底に落ちたのだ。それこそ死んだと思ったけれど。

 ゆっくり身体を起こす。どうやら私はどこぞの河原に流れ着いたようだった。人気がなさそうなここで、先程聞こえた人の声は一体、何だったのだろう。辺りに視線を向けると、右手側、私の顔の横に見知った顔があった。

「涼さん、起きましたか。気分はどうですか」

「かいな、さん。どうしてここに。それに、土蜘蛛は」

 酷くホッとした顔でかいなさんが微笑む。自分の身体にあまり支障がない事を確かめつつ、かいなさんを見やれば、

「土蜘蛛は、あそこに。と言ってもグチャグチャだからあまり見ない事をお薦めします。おれは、まあ。嫌な予感がしたので、谷底を流れる川岸を辿って歩いていたんです。土蜘蛛なんて妖怪がそう易々と死にはしないと思ったので。まさか涼さんを道連れにしているとは思いませんでしたよ」

「それは、ご心配をおかけしたようですみません」

 しかし、そのおかげで私は今生きているようだ。二度も彼に助けられてしまった。ありがとうございます。頭を下げてそう言えば、酷く綺麗な顔で笑いかけられる。

「それより、涼さん。これからどうやって帰るんですか。帰り道は分かりますか」

「そこですよね。何とかなるだろうと思ってみれば全く何ともならなさそうで困っています」

 そう。結局私は帰り方を見つけられないままなのである。本当に困ったな、と頭を抱えていると、

「そうだと思いましたよ」

 呆れたようにまた笑うかいなさんは、何らかの方法を知っているようで。じっと顔を見つめれば、彼は、言いにくそうに言葉を紡いだ。

「なんとか、一つだけ見つけられました。でも、この方法だと、またいつこちらの世界と繋がってしまうか分からないんです。それでもいいなら」

「構いません。何時でもかいなさんや、香雲さん、東雲さんに玉兎さんに会えるって事でしょう。それなら、逆にありがたいくらいですから」

 そう言えば、かいなさんは安心したような顔をして立ち上がる。

「分かりました。それじゃあ、ちょっと待っててください」

 そう言って、彼は丁寧に指と腕とで複雑な形を結ぶ。何をやっているかはよく分からないが、それに魅入っていると、それも終わったようで。

「涼さん、こちらへ来てください。それで、ここの隙間。窓みたいになってる所に、行きたい所を明確に想像しながら突っ込んでください」

 本当にそれでいいのか、と思うも、私は自宅を思い浮かべ、かいなさんの手元へ向かう。あと一歩。そんな至近距離で、私は一度歩みを止める。

「かいなさん。色々とありがとうございます。きっとまた、会いに来ます」

 そうして私は目を瞑って、彼の胸元に飛び込んだ。


オチと理由付けが適当すぎるだろ

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