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作者: 安代 羊毛

 二〇八四年八月四日北海道阿里直町中央八丁目近辺に棒状の金属片が落下した。

 だが不思議なことに、衝撃によるクレーターが異様に小さかった。たまたま落下したのが耕作放棄地だったこともあり、被害は一切なかった。

 


「高本さん。高本さん。この耕作地は使う予定がありますか?」

「ええ? あるとお思い?」

「ないですね」

 田原隆弘は肩をすくめた。

 隆弘は町役場の広報課である。人口の減少と衰退に悩まされていた隆弘はこの棒に着目した。

阿里直町に落下した棒状の金属片は、二週間が経過しても耕作放棄地に放置されたままだった。テレビの取材やインタビューが一時期押し寄せたが、よそ者を拒む地域住民がそれをすべて跳ね除けた結果、一大ニュースにも関わらず、静かな町風景はそのままだった。

 隆弘はその落下時、丁度私用で東京に出向いていたため、その用事を済ませ帰ってきたのは、事が全て終わりかけていた頃だった。

「ほら、昨日お国の研究員さんだが誰だかわからないけど、たいそう立派なスーツ着た若い男が二人、やってきたでしょ?」

 高本恵子はうんざり気味で言った。

「こんな老人しかいないような町にどうしてかしらと思ったけれど、普通に考えたらあの隕石のことに決まってわよね」

「隕石じゃあないですよ。金属片です」

「正直、迷惑してるわ」

 恵子は隆弘を無視して言った。

 隆弘は言った。

「迷惑だなんてとんでもない。あの金属片は阿里直町の発展の要となります。いや、してみせますよ」

 隆弘は意気揚々としていた。そんな彼を見て、恵子は無表情のままぼそりと「ああ、そういう」と声をこぼした。

「研究員も、そういう類が好きだっていうマニアもじゃんじゃん呼びましょう。阿里直を観光客で賑わすのです」

「ああ、うぅ。まあ、いいんじゃない?」

 恵子は少し歯切れが悪い言い方をした。隆弘は疑問に感じたが、それよりも町に活性化しか目になかったので、あまり気にしなかった。

「さっそく準備をしましょう。ホームページの掲載は……もうしてありますから、まずはニュースの取材を受けましょう。どうやら地域住民の皆様が拒んでいたらしいですね。私が東京に言っていた間にそんなことになっていたとは。どうしてそんなもったいない事をしているんですかね」

「……まあ、そういうこと、なのでしょうねえ」

 恵子は窓を見ていった。畑と山しかないような小さな町、電線を繋ぐ電柱は黒ずんだ木製で、その下には雑草が生えている。

 開きかけの窓からは少しだけ風が入り込み、恵子の傷んだ白髪を揺らした。

「さて……と。どうしたものかなあ」

 隆弘は考えた。よそ者を拒む彼らのことだ。きっと説得などできっこない。最初から話し合う気などはなかった。

 恵子はどこか遠い目をしている。今この事業を立てられるのはこの私しかいない。雨風に晒されたかかしのような決意は、尚一層隆弘の行動力を掻き立てた。

「ええと、その取材を追い返していたのって、誰ですか?」

「柳田さんとこの集まりよ」

「あ……ああ」

 隆弘は嫌な顔をした。柳田は、ここら一体の農業を仕切っている地主のような男である。彼ら農業集団の結束力は高い。また平均年齢が高く、若者やよそ者を嫌う傾向があった。この町では比較的若めの隆弘は、彼らに対してあまり大きな力も、信頼も得ていなかったのだ。

「やっぱり……説得は無理そうですよね」

「やる前からそう言わない。男でしょう」

 恵子は隆弘の尻を叩いた。それでも隆弘のモチベーションは上がらない。

「まあ、そうですよね。一応、説明会。開いてみますよ」

 恵子はまた窓の外の景色を見た。そして小さく「狭いわね」と言った。



 説明会は集会所で行われることとなった。急遽決定したにも関わらず、多くの人がパイプ椅子に座っている。隆弘は、田舎の回覧板の速さに驚いた。

 パイプ椅子の中心に座っているのは柳田だった。仕事上がりなのか、肩に土で汚れたタオルをかけている。荒く生えた髭にも少し砂がかかり茶色がかっていた。

 大体の頃合いを見て、隆弘はマイクを手に持った。

「えー、お集まりいただき誠にありがとうございます。本日お集まりいただいたのは他でもありません。二週間前、突如我が町に飛来してきた棒状の金属片についてです」

 そこまで言うと、柳田がわざとらしく咳払いをして隆弘の説明の邪魔をした。

「おめえは、この町に来て何年だ」

 突然柳田は隆弘を睨みつけて言った。

「ええと……今年で八年になりますね……」

「はん」

 柳田は鼻で笑った。

「いいぞ、ほら、早く話を続けろよ」

「え、ああ、はい。二週間前に飛来した金属片は、研究がまだあまり進んでないようですが、地球の物質ではないようです」

 研究が進んでいないのは、柳田とその仲間の集まりがよそ者を追い出しているからだ。柳田がまだその姿勢を見せる前にやってきた国の人間が持っていった欠片でしか研究が進められていないためである。

「これは資源です。我々が手にした新たな観光資源です。現在の阿里直の財政はお世辞にも良いとは言えません。人口減少により活気がなくなりつつある阿里直に、昔のような活気ある町を取り戻しましょう!」

 まばらに拍手が聞こえた。どうやら賛同してくれた面々もいるようだった。全員が全員反対ではない。それを知っただけでも隆弘は儲け物があったと思った。

「はん」

 柳田がまた鼻で笑った。

 拍手が止まる。

「それがおめえの“八年”か?」

 隆弘には柳田が何を入っているのかがさっぱり分からなかった。だが馬鹿にしている、ということだけが分かった。

「ええと……どういうことでしょうか?」

「そのまんまの意味だよ。おめえ、しょーもない八年を過ごしたな」

 柳田とその囲いはゲラゲラと笑った。他の人々も、どうしたらいいか分からずに固まっていた。

「田原さん、あんた出身はどこだっけか?」

「東京です」

「へえぇ。で、田原さん。あんたどうしてこんな錆びついた町に来たんだっけか?」

「私はこの町に可能性を感じ、これからやってくるであろう地域経済激動の時代にも勝ち残れると思ったからです、そして阿里直町に魅力を感じ、この町と共に生きていきたいと感じたからです」

 隆弘は、八年前の面接と同じ事を言った。

 柳田はそれを聞くと、笑いながらパイプ椅子から立ち上がり、乱暴にドアを開けた。

「田原さん。あの隕石は俺達で撤去しといてやるよ。“邪魔”だろう?」

 柳田と数人は部屋から出ていった。大きな足音が廊下から響いて聞こえてくる。

 やがてその足音は消え、静寂となった。

「ええと……」

 妙な空気になってしまい、隆弘は動揺した。大人しく聞いてくれるとは思ってないにしても、変に素っ頓狂な事を言うとは思わなかった。去っていった柳田の言葉が頭の中で反復していた。

「気にしなくてもいいからね。年寄りの考えはどうも固くなっちまう」

 吉江が言った。他の人々も隆弘に同情していた。

「こんな町に希望を持ってくれているんだ。使えるものは使ったほうがいいさ。隆弘さんの考え、私達は反対しないよ。若者が増えるのはいいことだ」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

 吉江達が隆弘に微笑みかけた。隆弘も苦手な笑顔でそれを返す。

 部屋にいる全員の目が笑ってはいなかった。



 隆弘は柳田の言っていた“撤去”という言葉が引っかかった。金属片の大きさは二メートル近くある。地面に埋まっているということも考えれば、長さはそれ以上だ。そんなものをすぐに撤去は出来ないはずだ。

 そうは思っても不安ではあった。隆弘は金属片が埋まっている耕作放棄地に向かった。

 阿里直町には高い建造物がない。なので見通しがかなり良く、遠くまで見ることが出来る。隆弘が耕作放棄地の方で見たのは、巨大なショベルカーとトラクターだった。

 まさか、と思い急いでその場まで駆けつけると、案の定柳田とその一味だった。彼らはショベルカーで金属片を引っこ抜こうとしているようだった。

 隆弘は慌ててショベルカーの前に立ちふさがった。

「ちょっと、ちょっと待って下さい。これは決して邪魔なものではありません」

 隆弘がそう叫ぶと、ショベルカーから柳田が降りてきた。

「あぶねえぞ。どけろ」

「どけません」

「いいからどけろよ」

 柳田が隆弘を脅すが、隆弘は決して動かなかった。

 折角文字通り降ってきたチャンスを、こんな男に無駄にされては堪ったものではない。

「絶対に、どけませんからね」

「……ああ、そうかそうか」

 柳田は振り向き、もう一度ショベルカーに乗り込んだ。そしてショベルカーは、隆弘に向かって走り出した。

 隆弘は目を丸くしたが、それでもどける気はなかった。

 まさか、本当に轢くわけではなかろう。

 だがショベルカーはスピードを緩めなかった。

 隆弘の足は、まるで茨が絡みついたように動かなかった。隆弘は、例え逃げたくても逃げられなかったのである。

「柳田さん」

 突然女性の叫び声が聞こえた。恵子だった。柳田は驚き、ブレーキを踏んだ。

 ショベルカーは隆弘の鼻をかすめて止まった。

「何してるのよ 柳田さん」

「あ、恵子さん」

 隆弘には柳田は縮んでいくように見えた。

「見ればわかるでしょうが」

 それでも体を大きく見せようとするように、柳田は威張って言った。

「田原くんを轢こうとしているのかしら」

「馬鹿野郎。そんなわけ無いだろうが」

「だったら早くそのショベルカーを元あった場所に戻すことね」

 隆弘は面白いものを見たと思った。

 柳田は大きく舌打ちをし、ショベルカーを後ろに走らせ、そのまま向こうへ行った。周りの人も気がつくといなくなっており、トラクターもいつの間にかなくなっていた。

「ありがとうございます。助かりましたよ」

 隆弘が安堵して言った。

 恵子はあまり顔の形を変えずに、「くだらないことはしない方がいいわよ」と言った。

「くだらないなんてそんな……。この金属片は必ず守りきらなければ」

 隆弘は心強かった。柳田を抑える方法を見つけ、更にそれが自分の味方であったということに感動していた。

「“これからも”よろしくお願いします」

 隆弘がそういうと、恵子は少し裾を直しながら言った。

「あたしは何もしないわよ」

「え、協力してくれないんですか?」

 隆弘は焦る。自販機のしたの小銭を取る気持ちでもう一度言った。

「よろしくお願いします」

 すると恵子は山の方を見た。

「阿里直町の特産品って、何か知ってる?」

「勿論、キャベツですよね。山神の涙、でしたっけ名前。甘さは日本でも一位二位を争っています。広報課ですから、そのくらいは知ってます」

「でも、そのくらいしか知らないのよね」

 恵子は難癖をつけるように言った。隆弘が「え」と聞き返す前に恵子は立ち去ろうとした。

「あたし、田原くんの考えはとてもいいと思うわ。でもあたしは協力は出来ない。ごめんなさいね」

 その日は少し雨が降りそうな天候だった。



 役場に戻りメールを確認してみると、どうやら出版社らしいところから取材の依頼が来ていた。

 聞いたことのない場所だったが、インターネットで検索してみるとどうやらオカルト関係の週刊誌を発行しているようだった。

 早速隆弘は承諾のメールを送った。柳田の事が少し心配だったが、無名の出版社が柳田に感づかれるほど大勢で来ることはないだろうと思った。知らない車が通ることはよくある。

「明後日、幽用社ってとこの人が来ますので、対応は私がします」

 周りの人にそう告げた。すると税務課の阿藤が心配そうに隆弘を見つめた。

「大丈夫かい? 柳田さんを敵に回すなんて。あの人ネジが数本飛んでるよ」

「ええ、それはかねがね噂で聞いております」

「田原くんが東京にいたときも、柳田さん凄かったんだから、大量に来る報道陣を斧と芝刈り機で追い返すんだ」

「は、はあ」

「あの人は壁だ。それも生きた壁だ。もしあの人と対抗して何か事業を立てるなら、あの人をなめないほうがいい」

 阿藤が隆弘のパソコン画面を見て言った。人がいないせいか、声がやけに響いた。

 用心は、しておいたほうがいいかもしれない。そう思った。

「日程を、少しだけ変更しましょう」

「そうした方が、いいかもしれませんね」


 

 次の日の午前、隆弘は図書館にいた。職員に頼んで阿里直の昔の文献を見せてもらえるように頼んでおいたのだ。

 古ぼけて茶色くなった本をペラペラとめくる。どうやらかない前から存在していた地名、というわけではないらしい。

 五十年前程に地名が変わっていた。当時はアイヌ語をそのまま漢字に訳したような地名だったらしいが、五十年前にあった大合併の際に周辺の過疎地域と統合し、地名が変更されたらしい。

 隆弘旧時代のこの地域の文献を探した。

「この地域の最古の文献はありますか?」

 そう聞いて職員から受け取ったのは、百五十年ほど前の記録書だった。

 パラパラと文献をめくると、気になる記述が一つあった。

「あの、これは?」

 隆弘が尋ねると、職員は予想していたかのように答えた。

「ああ、これですか? 私も気になっていたんです。どうやら百五十年前にも同じように宇宙からの落下物があったようですね。発展途上だった当時だとそこまで話題にならなかったらしいですね」

「……へえ」

 使える。と思った。


 

 火曜日。

 柳田は一週間に一度、山に入る日がる。理由は分からないが、必ず火曜日の午後二時から五時までいなくなるのだ。それは今日も例外でなく、二時前に柳田が山に入ったのを確認した。それから十四分後、幽用社のスーツを着た男が役場にやってきた。

「どうもお待ちしておりました。突如日程を変更してしまって申し訳ありません。広報課の田原と言います」

「幽用社の菊屋と言います。本日はよろしくお願いします」

 お互いに名刺を交換し、奥の椅子に座った。

「ではまず、経緯についてお伺いしたいのですが、八月四日の午前十時二分、中央八丁目近辺の耕作放棄地に棒状の金属片が落下した、ということで正しいでしょうか?」

「ええ。合っています」

「その破片を宇宙開発研究所……ええと……」

「ISASですか?」

「ああはいそれです。そこの研究によるとどうやら不可解な金属結合をしている地球に存在していない物質で出来ていたらしいですね」

「詳しいことは分かりませんが、どうやらそのようですね」

「どうして公表を渋っているんですか?」

「大勢の人に来ていただくにはまだこちらとしての準備が整っていなかったからです」

「準備……というのは?」

「阿里直町の交通整備はまだ不完全です。まさかこんなことになるとは思っていませんでしたから、少人数ならまだしも大人数となれば少々こちらとしても不都合がありますから」

「なるほど。謎の金属片が落ちてきてから、何か怪奇現象や超常現象などがありましたか?」

「いえ、それはないようです。ただ阿里直町の文献を漁ってみると、百五十年前にもこのような飛来物があったようです。関連性は今こちらでも調査中です」

「ほほう。百五十年前ですか。それは興味深いですね」

「ええ」

「今後の取材もお願い出来ますでしょうか?」

「ええ構いませんよ」



 その後も幾つかの質疑応答を済ませ、金属片がある場所まで向かう事になった。

「何もない場所でしょう。この辺りは全て耕作放棄地なんです」

「人に直撃しなかったのは幸いでしたね」

 男は金属片に近づこうとした。それを隆弘は止めた。

「ああ、まだ研究段階なので、触らないようにお願いしますね」

「ええ、勿論です」

 隆弘は、雨風もしのげるようにしなければと考えながら、金属片を説明した。と言っても隆弘もまだ詳しいことは分かっていなかったため、二週間前にあったらしいことをそのまま説明しただけになった。



「では、またよろしくお願いいたします。本日の取材の内容が掲載される刊が決定しましたらまたご連絡させていただきます」

「はい、ありがとうございました」

「こちらこそ」

 取材は四時に終わった。柳田のことを考えると、少し早めに切り上げたほうがいいと思ったからだ。

「さて」

 これからやることは決まっていた。隆弘はスマートフォンを取り出した。

「もしもし、こちら阿里直町役場広報課の田原です。以前お伺いした“町の名物発表会”についてですが、こちらが出典するものが決定しましたので、お知らせいたします」

 隆弘が東京に出向いていたのは、東京で行われる地方活性化のイベントである。“町の名物発表会”をするための説明会に参加していたからである。本来は地元のキャベツを売りにしようとしていたが、二週間前のニュースがあり、保留にしてもらっていた。

 都会に出たがらない柳田はこのイベントについて知らない。これは隆弘が独自で行っている事だ。

「では、内容の方を後ほどメールで送らせていただきます……はい……はい、承知いたしました」

 電話を切る隆弘はすでに勝ち誇っていた。柳田との直接対決が出来ない隆弘は柳田を徹底的に避けて行動するしかなかった。

そろそろ柳田が帰ってくる時間だ。一日数回は必ず金属片を見張っておかなくては、そう考えながら、隆弘は帰宅した。



 次の日、隆弘がやることは、町長を味方につけることであった。

 少し遅くなってしまったが、金属片が発見されたときにインタビューを受けていた町長は、まずこの事業には反対しないだろう。

 そう思い、隆弘は町長の家に向かった。

 インターホンを押すと、犬の叫び声が聞こえる。

 少し時間が立ってから、小太りで堀が深い男が玄関の扉を開けた。

「お待ちしておりました。話は大体分かっていますよ」

 隆弘は家の中に入った。やけに高級感のあるソファに座ると、町長の妻が茶を差し出してくれた。

「あなたが行っている事は噂となって私の耳にも入っております。私はこの事業に賛成派です。この町が発展してくれるのであれば、大歓迎です」

「話が早くて助かります」

「で、金属片で活性化した後のプランをお聞かせください」

 町長が茶を飲みながら言った。

「はい、まず、知名度を上げます。後日行われる、“町の名物発表会”にて、この金属片を売りにした発表をさせていただきます。その時に百四十年前にもこのような落下物があったことを告げ、関連性をほのめかし、阿里直に宇宙の町というイメージをつけます。そうすることで、そのようなことに興味を持つマニアや研究員など、観光客を呼び込み、地元経済を活性化させます。ゆるキャラなどがいいでしょう。大昔に流行ったものがまたブームになりつつあります。それに便乗して、経済効果を跳ね上げます。他にもお土産や入場料、さらには地元の商店街等も使ってもらい、より活性化を目指すのです」

 そこまで説明すると、町長は少しむっとした顔になった。がその顔はすぐに戻る。

「なるほど……いい考えではありますね。確か、田原さんは経済学部を出ていらっしゃるんですよね。それなら安心だ。メリット・デメリットを私以上に理解しているのでしょう。計画的な作戦で、お願いします」

「はい、かしこまりました」

 町長は茶を飲み干し、一息ついてから、他愛もない話のように、隆弘に言った。

「で、地元産業はどうするおつもりですか?」

「え」

 一瞬間が空いた。まずい、と隆弘が思って何かを言おうとした時に、妙に外が騒がしいと思った。

「なんだが騒々しいですね」

 町長が窓を見ると、住民が町長の家を囲んでいた。何故かプレートを持っており、そこには『金属片の危険性の無視』『田原隆弘の横暴』と赤字で書かれていた。

 そして聞き取れない怒号や叫び声が聞こえる。

「なんなんだ」

 隆弘は動揺した。柳田は隆弘の戦意を喪失させようと目論んだのだ。もし、この事業が成功したとしても、その後のお前の居場所は無いぞ、と言っているのだ。

「どうやらまだ反対派もいるようですね」

「そ、そのようですね」

「彼らの理解も得なければなりません」

「そうですね」

 町長は何かに納得したように頷いて、言った。

「とりあえず、裏口から逃げなさい。もしそこにも人がいたら、匿ってあげましょう」

「ありがとうございます」

 町長は一切動じている様子は無かった。彼の貫禄に隆弘は頼もしさを感じた。だがその直後、町長は言った。

「申し訳ありませんが、私は協力出来そうにありません」

「え?」

「毎日このようなことをされたら、私もたまったものではありませんから、立場は有耶無耶にさせていただきます」

「そうですか」

 壁が崩壊するような音が聞こえた。それがやけに隆弘の鼓膜に響いた。だが、こんなことで怖気づいてはいけないと、隆弘は目と眉の幅を縮めて言った。

「では、この辺で失礼致します」

「はい。がんばってくださいね」

「では」

 隆弘が裏口のドアを開けて出ていこうとした時、町長は笑顔で言った。

「もう少し、練ったほうがいいでしょう」

「え、あ、はい」

 玄関を閉めた時の大きな音が、やけに響いて耳に入った。

 地元産業への言い訳も考えなければならないなあと隆弘は感じた。


 しかし数日後、事態は思わぬ転機を迎えた。

 その日は今年の最高気温だった。皆が汗水を流しながら仕事をしている間、隆弘はいつものように金属片の様子を見に行った。すでに雨風をしのげるようにと簡易的なテントを張っている。

 金属片に以上はないか、柳田が何かしようとはしていないか。それを確認している内に何か違和感に気がついた。

 少し小さくなっている。

 よくよく見ると、金属片は薄く蒸気を発して縮んでいた。蒸発していたのだ。

 どうやらこの金属は滅法熱に弱いらしかった。今日の気温に耐えられなかったのである。

 蒸発のスピードは異様に早かった。今から対策が出来るとは思えなかった。

 隆弘は焦った。全てがおじゃんになってしまう。何も残らなくなってしまう。

 隆弘が出来る行動は、周辺に水をまくことくらいしか出来なかった。隆弘に反対しない者はいるけども、隆弘に協力してくれる人は誰一人いなかったのである。隆弘は必死に水をまいた。だが、それは焼け石に水のようで、むしろ熱を溜めた金属片は、その蒸発のスピードを早めた。

 気がつくと、もう五十センチも残っていなかった。隆弘は水の入ったバケツを捨て、その場に座り込んでしまった。隆弘はもう、徐々に縮んでいく金属片を口を開けながら眺めることしか出来なかった。

 小さな声で「ああ、お終いだお終いだ」と声を漏らした頃にはもう金属片は無く、ただただ煙が立ち上るだけとなってしまっていた。

 役場に戻り、まずは恵子に話すことにした。

「高本さん、高本さん。金属片が、無くなってしまいました」

「そうかい」

 恵子は詮索しなかった。隆弘の真っ青な顔を見て、大体を察したのだ。

「良かったじゃないか。頑張らなくても良くなったんだから」

 恵子は言った。隆弘は不審の目で恵子を見た。

「言い訳がないでしょう。活性化の希望を失ってしまったんですよ」

 隆弘は絶望仕切ったような目で恵子を見たが、彼女は一切動揺しなかった。

「田原くんは、狭いわね」

 恵子はそう呟いた。

「はあ?」

「面々への謝罪を済ませた後、柳田さんがどうして火曜日の二時から五時まで山にいるのかを考えてみなさい。色々分かるわ」

 隆弘は恵子を見下ろして言った。

「高本さんは、どっちの味方なんですか?」

「どっちの味方でもありませんよ」



 隆弘はまた集会を開いた。そして金属片が蒸発して消えてしまった事を告げた。

 当然、住民は騒然とした。柳田は大笑いし、そのまま帰ってしまった。

 他の人々も、そのままぞろぞろと帰っていき、最後は隆弘一人だけになった。

 そして隆弘は、住民の声を思い出した。

 ――私達は反対しないよ――

 決して賛成はしていなかったのである。

 どうしてこんな事になってしまったのか、隆弘には分からなかった。

 隆弘はもうどうしようもなくなって、恵子の言っていたように山に登ってみることにしてみた。

 山と言っても富士山のような大きな山ではない。標高五百メートルほどの、小さな山だ。よくハイキングなどのイベントが行われている。

 しばらく草木をかき分けても、何もない。隆弘は意味を見いだせずにいた。

 そのうち途中にある切り株に座り、足を止めてしまった。もう帰ろうかなあとじわじわと思い始めてきた時、遠くの方で草木が揺れる音がした。決して風ではない。人の気配だ。

 試しに近づいてみると、柳田がいた。

 今日は火曜日。そうか、もう二時を過ぎていたのか。

 することもないので、隆弘は柳田に隠れてついていってみることにしてみた。もう、対立する理由も無い。

 柳田は人の通る道とは思えない場所を進んでいった。獣道すらなく、不安定な土を木の根が押さえつけているかのような場所である。

 柳田は毎週、こんな場所で何をしているのだろうか。隆弘は彼の行動が全く理解できていなかった。

 ざあ。ざあ。と森が騒ぐ。今日は風が強い。遠くに見えるかすみがかった灰色まで、ものすごい緑だった。だがその奥に、少しだけ白があった。

 柳田は、その白に入っていくと、そこで足を止めた。

 隆弘も、柳田と少し離れてその白に向かう。

 そこだけ、木がなかった。円形に木が生えていなかった。

 そのかわり、中心の大きな窪みを中心に花が一面に咲いていた。

 壮大な花畑だった。

 情状だった。

 驚愕した。知らなかったのだ。この町にこんな場所があることに。

 隆弘は驚いて後退ってしまった。恐ろしかったのだ。押さえつけられるような圧迫感と開放的すぎる空は、隆弘には広大すぎた。

 隆弘は思いっきり枝を踏んでしまい、大きな音を立てた。

「誰だ」

 柳田が反応する。

「ああ、すみませんすみません。田原です」

 隆弘がそう言うと柳田は舌打ちをした。でもそれは隆弘に向けたものではなく、どちらかというと見つかってしまった自分に対してのように思えた。

「ここはなんなんですか?」

 柳田は普段のうるささを感じさせずに静かに答えた。

「これは俺のばあちゃんから聞いた話だ。百五十年前に隕石が落っこちた場所がここらしい。それからは何故だか一切植物が生えなくなったらしくてな。しばらく植物が育つように色々してたらしい」

 隆弘はまた花畑を見渡した。ここだけが別世界だった。ざわあ、ざわあと透き通った風か流れる。

「で、結果がこれだ」

「どうして木を生やさなかったんですか」

「どうしてって、知らね。俺のばあちゃんは何も言ってなかったし」

 柳田はでも多分、と話を続けた。

「“残したかった”んじゃねぇの。後世に」

 隆弘は言葉をつまらせた。喉をねっとりとした焦りのようなものがふさいだからだ。だが決して焦りではない。焦げのようににがいものだった。

「知らなかっただろう。お前みたいな見せかけの公務員様には」

「見せかけの公務員などでは」

「見せかけだろう。知らなかったろうが。所詮、お前らはこんな程度だ」

 柳田は続けた。

「能代さんとこの牛の牛乳はな、その界じゃあ最高品質って言われてる。ま、結局別んとこと混ざっちまうがな

「有倉さんとこの育ててるとうもろこしは、家畜のえさとして使われてるが、輸送先はブランド牛だ。今年甘さが全国トップになったって喜んでた」

「えっ、そんなことは誰も」

 柳田は隆弘が言い終わる前に口を挟んだ。

「言ってねぇよ。お前にはな。お前がこの町の魅力を探そうとしてねぇからだ」

 隆弘は黙った。

「他にもあるぜ。この奥にある世離湖は変わった色の反射をするらしくてな。月が青色に写る」

「ブルームーン、ですか」

 周辺は丁寧に手入れされた跡があった。隆弘は柳田が毎週通っている理由を悟った。

 隆弘は言葉を失った。柳田は大きかった。想像の皿を超え、溢れ出た。

「ま、心配すんな。お前のしょうもなさは皆気付いてたみたいだ」

 柳田はそう隆弘に吐き捨て去っていった。隆弘は何も言えず、しばらくその場に立ち尽くしていた。



「あら、おかえりなさい」

 役場で恵子は温かく隆弘を迎えた。隆弘の落胆したような消沈したような無気力は恵子が悟るには十分だった。

「どうだった?」

「僕は信頼されてなかった見たいですね」

「そうね」

「僕は元々、あまり良いことをしていたつもりはありませんでした」

「知っているわ」

「結局自分のお陰で町が復興するという虚栄の悦に浸りたいだけでした」

「ええ」

「それを見抜かれていたみたいで悲しいです」

「そうでしょうね」

 恵子は相づちを打つだけだったが、隆弘は喋り続けた。隆弘は別に仲間がいるとは考えていなかったが、こうして見知らぬうちに孤独にされていた衝撃を知ると、隆弘にも思うところがあった。

「それでも僕は今のスタイルを変えるつもりはありません」

 だが隆弘は言った。

「柳田さんは僕のことを馬鹿にしてきました。いくら僕が馬鹿だからといって、馬鹿にして良い理由にはなりません」

 絶対に見返してやります――と隆弘は言った。

 隆弘は決して誉められた人間性をしていないが、そういう人間として、プライドのような意地汚さがあった。彼はどんなに目上の相手でも、下に見ようと、見下してやろうていう志があった。

 それすなわち向上心と呼ぶべきか。

「あたしは田原くんみたいな人嫌いじゃないわよ。でも結婚は出来なさそうだわね」

 恵子は抜けた歯を見せて笑った。隆弘も力無く笑った。

 

 

「まあ、それからは大変だったなあ」

 隆弘は消えた金属片の説明をするために、様々な人に謝罪をした。柳田に勝つため、この程度の屈辱は耐えなければならないと唇を噛んだ。

 何をもって勝つのかは、曖昧でうやむやとしているが、隆弘が勝ちと思えば、それは勝ちなのだ。別に彼らはけんかをしているわけではないし、そもそも勝負もしていない。ただ隆弘の小汚ない意思の問題である。それはどう評価されていくのかは、まだ誰も知らないことである。

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