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第1話
ヒールの軽やかな足音は、石畳に吸い込まれるようだった。
彼女はサングラスをかけ、灰色のスーツを着ていた。
初夏の薄日が差していた。
彼女はホテルのガラスの回転ドアを開けて入っていった。
ホテルのフロントの前にあるエスカレーターに乗り、二階にあるイタリアンレストランに向かった。
そのレストランには、待ち合わせの人物がいるのだった。
レストランの木の扉を開けると、窓側の奥の席に、待ち合わせの人物を見つけた。
彼は彼女を見ると、席から立ち上がった。
「華浦、久しぶりだね」
彼女もサングラスをはずすと、言った
「拓馬、元気そうね」
幾分ウエーブのきいた栗色の髪が、彼女の顔をやわらく見せていたが、引き締まった目元は、彼女の性格を表していた。
「あなたに会うのは二年ぶりね」
華浦は座ると、ウエイターが持って来た水を飲んだ。
「君が仕事を辞めたと聞いて、逢いたくなったんだ」
華浦はうっすらと微笑んだ。
「よく、私が仕事をやめたこと、知っているわね」