IZ Report no.4
◇
「出来れば俺たちもあっちに合流したいところですよね」
「……それまでに勘づかれるのは避けたいけどなあ」
いまの時刻は10時43分。簡単な作戦会議(大分雑談テイストではあるが)をする本木と――誰だ?
「ありゃあ、圭ちゃん言うやき」
俺の疑問に答える形で、罪切氏が口を開いた。薄暗闇で、その焦点はぼんやりと合っていないような印象。探るような手の動きからすると、本当に見えていないのかもしれない。
「あ、どうも、草柳です、イズミさん」
「ど、どうも……」
やはり、赤軍は割合フランクな人間が多いらしい。
彼――草柳の圭ちゃんさんも例に漏れず、本木と現状を話している合間に短く、そうこちらに挨拶をした。……なんというか、すっかり緊張が抜けてしまった。
耳をそばだてメモを取り続ける俺を意に介そうともしない罪切氏が、頭からその形を探るように顔を触っているのも、緊張感がなくなる原因の一つ。――や、これはなんか逆に緊張するのだが。
「なんでしょう……」
「ふむ、おんしの顔を見とるんじゃ」
「は、はあ……」
耐えきれず聞いてみた返答。敵意は感じないので放置しておく。メイズのように、メモの中身を”検閲“しているわけでもなさそうだ。――と彼の目線を見ていて気付く。メモを見てすらいない。……やはり見えていないのか?
「あっちは?」
「あいつらを先に向かわせてる。少し様子も見てきたが、大丈夫そうだった。だからまあ、最悪なんとかはなるだろう」
手がパッと離れる。こちらとしてはものが書きやすい状態になったのでありがたいが、まあ、もう満足したということなのだろう。見えてなければ見えてないで、こちらとしては好都合だった。
◇
さっきから、何かがひっかかる。
ブライアーは未だこちらに気付かず、どこかへ通信を入れたり部隊に指示を出したり、迫りくる赤軍を迎撃したりしているようだ。ひっかかるのはそちらではない。こちらの、赤軍サイドの動きだ。
状況を整理してみよう。
まず、今回の赤軍の目的は、“坂木建設にある物資を守る”というものだった。守るというよりは、白軍に奪い返される前に他の場所へ移動させると言うべきだろうが。
主にその移動――搬送は梅子の部隊も担当している。俺はそれを彼女本人の口から聞いているし、本木の“梅子はあと20分稼げと言っていた”という発言から、それは間違いないだろう。
対して本木の担当は“坂木建設の防衛”。これも梅子の発言。さきほど白と交戦していたメイズとヴィルがそれに当たるはずだ。
だが、なんだこの違和感は?
こちらには本木、罪切、草柳の――計三人(もちろん赤軍として俺は数えていない)。本木が電話をしていた相手は恐らく草柳。彼と罪切氏がそれまで一緒に行動していたのだろう。
――そう、これだ。これがひっかかる。
この二人は、ここのポイントを目標としてどこからかやってきた。それは恐らく、本木の電話で指示されたからだ。
だが、さっき、本木が草柳に言ったことはなんだ?
《あいつらを先に向かわせてる。少し様子も見てきたが、大丈夫そうだった。だからまあ、最悪なんとかはなるだろう》
あいつらとはメイズとヴィル。彼らが後からこちらに合流する。それはここに来る前に言っていたことであるし、現在の行動によってそれは裏付けされていると言ってもいいだろう。
――と、思ったが、これ、やっぱ、おかしくないか。
防衛するはずの“坂木建設”から、その防衛に当たっていたヴィルとメイズがこちらに来る手筈になっている?
ここに来る前本木は俺に“先に向こうに行くぞ”と言った。その“向こう”がここに当たるなら、誰が”坂木建設“を守るのだ? 見た限り、向こうに赤軍の人間は二人以外誰も居なかったはずだ。――これだと、肝心の“坂木建設”を、防衛出来ない。
それに梅子――。
どうして“坂木建設”で梅子を見なかった? 彼女こそ、彼女の部隊こそ坂木建設で作業をしなければならない一員だろう。そしてその作業はあと“20分”――11時00分までかかる。その彼女は、いまどこにいる?
そもそも考えても見れば、ここで本木たちが合流していること自体がおかしい。ここから“坂木建設”の防衛をするにはいま来た道を戻らなければならない。無駄だ。20分の時間も惜しい現状、それは愚策にもほどがある。つまりいまのこの動きは、恐らく“坂木建設”を守るためのものではない。では何を?
……いや、根本の目的は変わらないはず。
白軍から奪った物資を、白軍から奪い返される前に輸送する。
つまり、これはこうだ。
違うのはその目標――“坂木建設”。
俺の知っている“坂木建設”は、本物の物資倉庫を隠すためのカモフラージュ!
――恐らく間違いない。
そう考えれば、困ったことに全てに説明がつけられる。やはり部外者の前で作戦の全貌を話すわけがなかった! 俺に知らされていない、本物の物資倉庫があるはず!
では本当の“坂木建設”――物資倉庫の場所は?
本木と草柳の会話に嘘は含まれていないと見ていいだろう。でないとこれからの彼らの動きに支障が出てしまう。本木はあのとき何て言った?
……そうだ、《様子を見てきたが》。
考えろ、この場合本木が言うのは“本物の物資倉庫”。本木と俺はここに来てからずっと行動を共にしていた。だから俺はそこを見ているはずだ。知っているはずだ。――書いているはずだ。ここに移動するときに記した、あの地図に!
地図には殴り書きで大まかな位置情報が書いてある。停車した車の位置を記憶で割り出しそれに追加。坂木建設の位置、坂木建設からここへどうやって向かったかのルートは既に記入済み。
車が停車したあと、梅子はどちらの方向へ消えていった?
坂木建設は南東。それより見て停車位置は北西。ここはその間より北。梅子は停車位置から北の方向へ消えていった。――つまり、停車位置より北にある移動ルートの中に本物の物資倉庫が存在する可能性が高いだろう。
移動ルートはジグザグに、直線距離で最短のルートを取っているわけではない。通っているときは敵に見つからないためと思っていたが、今は違う見方が出来る。……本物の倉庫の様子を探す見方。
大まかなランドマークを書いておいて良かった。この辺りは住宅街。武器などといった大きい物資を搬入できる施設はそう多くないはず。広さも必要だ。出来ればもう無人だと言うことがわかる場所で、外部から建物内が見えない施設、出来れば搬入口も欲しい――例えば、コンサートホールのような催事場。
――あった。
◇
「ごめんな和泉、俺お前のことちょっと舐めてたよ」
頭上から本木の声。
それは、多分に冷たさを孕んでいて。
「……大当たり」
それまで俺が手に持っていたメモを取り上げた彼は、それを眺めながら、そのページを。地図の書いてあるページ――赤ペンで新しい丸が付けられたページを、ビリビリに破いていった。
まるで、“次はお前がこうなる番だ”と言うかのように。
どこかそれを、心底楽しんでいるかのように。
細かく裂かれたそれは、ひらひらと、目の前に散らされていく。
「……え、マジすか」
自分の喉から、なんとも間抜けな声。目の前の整った顔立ちが、こちらに笑顔を作って、メモが投げ返される。
「……本木さん、」
草柳の声が聞こえて、俺の目線は思わずそちらに。幾分か焦りの見える表情。目線はそのまま本木にスライドする。本木は草柳を見ようともせず、口を開いた。
「お前の捕虜としての価値がさあ、なくなっちまったなあ」
“捕虜としての価値”?
「そ、お前がいま生きている意味」
その笑顔を張り付かせたまま、彼が一歩、こちらに出る。もう一歩。左手を後ろに。武器を掴んでいるように見えた。
「本木さんっ」
「草柳、お前自分の領分を――」
「ちがっ――しゃがんで!」
草柳の慌てた声。飛び出して、彼は本木の袖を掴んで無理矢理しゃがませる。俺に向かって人差し指を口元に当てたジェスチャー。黙ってろということだろう。……それもそのはず。先ほどまで本木が立っていたそこには、明るい光――懐中電灯の真っ白の光が照らされていたからだった。
「誰か、そこに居るな?」
その声はまさしくスティーヴン・ブライアーのもの。足音がこちらに向く。いまだ続く戦闘音の中で、それだけはいやにはっきり響いている。
懐中電灯の光は、探るように辺りを照らす。……まだ気付かれてはいない。早くなりっぱなしの動悸と、自分の忙しない呼吸。
必死に息を止めて、なんとかやりすごそうとした――その時。
まずい物が見えた。
それは本木に驚いて、尻餅をついた状態の俺の、胸ポケットに入っているはずのボールペン。
体制が変わって、重力にそって。それがゆっくり、落下していく姿。慌てて手を動かす。――間に合わない。指に当たって、弾いた感触。気付いていたらしい草柳が、腕を伸ばすのが見えて――
「……誰だ」
突如どこからともなく響いた笛の音が、辺りを包み込んだ。
◇
「……君たちの動きを見ていると、どうもあの倉庫はカモフラージュのように思えてならない」
淡々と紡がれる言葉。暗がりに煌めく光は弧を描き、前へ。後方から風切り音。放たれた小型のナイフがロングソードに当たり、甲高い音を立てて落ちる。
「ではどこにあるか――。君たちの動きは、些かわかりやすすぎる。この辺りが本命。……違うかな?」
その間もあの、のんびりとした笛は空高く反響して、穏やかにその音色を奏で続けているようだった。何故だかはわからないが、それはどこかあの罪切氏を思わせる。気付いたら居なかったし。
あの音色が響き渡った瞬間、ブライアーの意識がこちらから逸れた。草柳は無事ボールペンをキャッチ。焦ったままの表情をお互いに残した笑顔で、ひとまずそれを受け取る。彼らもここで固まっているのがバレてはまずいのだろう。ほっとした顔を浮かべた草柳に、本木がムッとした表情を寄せた。“もっと早く知らせろ”という意味だろうか。
さきほどまでまるで無かった人の気配が、笛の音を合図に出てきた。赤の人間。さきほどの散発的な動きなどではない、統率の取れた軍隊としての赤軍!
ブライアーも、自分の部隊に連絡を入れていたようで、白の人間が増えている。
――軍同士がぶつかる、まさにここは最前線となっていた。
「きょぉかんが言っちゃだめって言ってたから言っちゃだめなのぉ、ごめんねぇ」
ヴィルが、その大鎌をブライアーへと振りかぶっていく。それは先ほどの投げナイフの当たった場所の反対側から。
「そうか、……残念だ」
ブライアーはそのロングソードを翻し、大鎌の方へ。当たる一歩手前――鎖がその峰を絡み取った。
「よそ見は禁物だぜ、“ブライアーの坊ちゃん”」
「……君に“坊ちゃん”と言われる謂れは、ないと思ったが」
本木の武器(鎖鎌かなにかだ。持ち手の方に刃先が見えた)だ。それは少しの間ブライアーの動きを阻害し、ヴィルが回避する隙を与える。
束の間の安心感のあった先ほど――笛の音がなり始めたすぐ、赤軍が動き始めたすぐ。
隠れる俺たちの頭上にはまた、強い光が照らされていた。だが先ほどと違うのは、光源がずっと上の方であったこと、もっと強い光であったこと、周りもが一緒に照らされていたこと――つまり、閃光弾だ。
「……、まずいな」
「まずいですね」
彼らのこの言葉通り、この場所で戦闘が起きることすら避けたいはずの赤側が、閃光弾を撃つはずがなかった。ブライアーだ。
塀からそっと様子を覗けば、ブライアーの後ろにはすでに白軍の数人が。
「……よしプランCだ、草柳!」
「オーケー、“各自臨機応変に対処”ですね」
彼らはそう言い合わせると、それぞれ反対方向へ駆け出して行った。本木は向かって左へ、草柳は逆へ。俺のことは……まあ、それどころじゃなくなったのだろう。いま出ても殺されるだけなのは目に見えてる。
そんなこんなで、彼らはいままさに、目の前で戦闘を行っている。
だからここは俺一人が取り残されている形だ。たまに顔を出して様子を伺うが、それもバレたらただではすまないだろう。
……うむ、困った!