IZ Report no.3
◇
そういえば、俺には大切な相棒が居る。
付き合いはかれこれ2年ほど。少々抜けているところもある奴だが、まあ可愛いものだ。お互いにとって良好な関係を築けている――と、少なくとも俺は思っている。
そもそもの発端は、知り合いに押し付けられたことだった。最初の方は仕方なく、しぶしぶと面倒を見ていたのだ。
だがその“面倒をみる”という行為は、割と性に合っていたようで、2年間という月日が経過するうちにそれは――すっかり、“こんな一大事に思い出してしまうほど大切なもの”になっていた。
――ああ、もし俺がここで死んだら、もうあいつとはお別れなんだろうか。日々緩やかに成長していくあいつの姿を見守ることが、もう出来なくなってしまうのだろうか。
これを見つけた誰かに、頼みたい。
もしも、万が一、俺が死んでいて、その誰かがこのメモを読んでいるとしたら――俺の代わりに。あいつの世話を、あいつの面倒を、どうか、見てほしい。あいつは俺の家で、いまも孤独に待っているはずだから。
ああ、いま、あいつのことが心配で仕方ない。今日は冷えるから、ヒーターを入れなければならない。ヒーターを入れてくれ。ご飯も――と思ったが、そういや餌は朝上げた。少なくとも明日は大丈夫だ。明後日以降の様子を見てくれ。
基本餌は三日に一回。名前を呼ぶと近く寄ってくるはずだ。人懐っこいやつだから、安心してくれ。
愛称は博士。本名はウィリアム・スミス・クラーク。フトアゴヒゲトカゲだ。南の方の生まれであるために、ゲージの中は常にそれくらい――30度くらいになるように。まさかこんなことになるとは思ってなかったから、いまは手動の設定になっている。
ああ、博士――、俺はいま、博士に会いたい。
◇
もうすぐ目的地に到着するらしい。前の座席でポツポツとどこに停めるかの相談を、本木と梅子がしていた。
車内には車のライトと街灯の明かりがわずかに入っている。隣に座るメイズは、ぼんやりと外を眺めているようだった。
「坂木建設が白軍に急襲されているわ。場所がどこから漏れたのかはわからないけれど、今はそんなことを言っている場合じゃないわね」
車に乗る前、梅子は現在のことをそのように説明した。
坂木建設とは建物の名前――今は無人のそこに、集められているのは主に白軍から奪った武器の類いだそうだった。赤軍にとっては万年不足状態の物資を得れる上に相手の戦力まで奪える一石二鳥の作戦、だとかなんとか。
赤黒に比べ、白軍は比較的物資が潤沢な方であるが、それもあくまで比較的と言える程度だ。不足気味であることには変わらない上に、赤軍にその貴重な戦力を渡す訳にはいかない。奪われたものは奪い返すのみ。
よって赤軍にとってこれは、防衛戦のようだった。
「物資を移動させるのに、この車も使わせてもらうわ。物資の運搬の一部は私の班が担当するから、あなたたちはとにかく坂木建設の防衛にあたって」
そもそも俺が居るのに坂木建設がどうとかを言って良いのかこっちが不安になったが、まあ、バレているからの急襲であることを考えれば構わないのかもしれない。
車は"目的地より歩いて5分の位置"に置くことで話がまとまったららしい。それなりに遠いのはバレて壊されるとマズいからだと答えられた。これも貴重な戦力のうちのひとつなのだろう。――と、車が止まった。
◇
時間は9時54分。静けさを保っていた街は、5分も歩かないうちにすっかりそれをかなぐり捨てて、それはもう、大変なことになっている。
シャッターだらけの商店街に反響する音はまさしく戦闘音。その裏路地を通って比較的広めの道に出れば確かに倉庫があり、あれが坂木建設だと本木が言った。
白稜の制服を着た人間が、なけなしの街灯の下で翻るのが見える。人数は約3人。1部隊の約半数なことを見ると、もう半分は別の位置にいるのだろう。
ここからはよく見えないが、1人を取り囲むようにして布陣している。赤軍の人間と見て間違いない。
「ボク、加勢してくるネ」
メイズが駆け出して行った。ふり返るメイズに本木は短くハンドサインを出す。それに応え笑顔を向けるメイズ。こんな時にこんな感想を得るのも違うとは思うが――絵になる。
「お前、あいつらのこと知ってるか?」
物陰に隠れながら、本木は見送った視線を動かさない。
目を凝らすが、暗くてなかなか顔の判別がつかなかった。せめてどの部隊の人間かだけでもわかればある程度戦況の把握に役立てられるのだが、そうもいかないようだ。
メイズはガンブレードを振りかぶり、まずは端の一人を狙撃する。当たりは軽いが、注意をそらせた。取り囲まれていたと見える赤軍の人間が、その大鎌をそこに薙ぐ。白い制服が街灯に照ら――って、あれ
「ヴィルマー・エッガース、知り合いだった?」
頭にハテナマークを沢山つけていた俺を察したのか、本木が口を開く。そういえば、聞いたことはある。
ヴィルマー・エッガース。能登が面倒が見ていたという同学年軍事カリキュラムも一人で、作戦中に消息を絶った人間のはずだ。あの作戦は死傷者、怪我人ともに多く、そのうちの一人だと、てっきり思っていたのだが――。
大分ぶかぶかで、汚れている(主に返り血だろう)が、その人物が着ているのは、確かに見てみれば白稜の制服だった。余った袖を振り回しながら、まるで生き物かなにかかのように動かされる大鎌。彼の動きに合わせて、メイズがその大振りの隙を埋めている。
「……よし、こっちは大丈夫そうだな。ヴィルはメイズが回収する、大丈夫だ、俺たちは先に向こうに行くぞ」
本木のこの発言で、先ほどのハンドサインが“向こう“で合流することだったことを知る。聞けばヴィルは基本的に本木の部隊として活動しており、身の回りの世話(ご飯から寝床から!)を焼かれているようだった。
「……ってあれ? さっきまではいなかったみたいすけど」
「今日は“きょぉかん“にお呼ばれしてたんだ、そのままこっちに来たらしい」
「教官……?」
非常に興味深いことに、赤軍にも“教官”と呼ばれる役職の人間が居るそうだ。最悪俺はこの人物にお世話になるとも。存外体系立った組織であることに感心する前に、本当に逃げる算段を立てないとまずいかもしれない。
辺りは暗く、視界の代わりに精一杯働いている嗅覚は血と硝煙の匂いを拾っている。――昼ではない、夜の戦い。死が充溢する、戦争の空気が辺りを包み込み始めていた。
◇
大通りで散発的に行われている戦闘を搔い潜って、俺と本木は少しづつ移動を繰り返す。路地裏を通り、窓ガラスの割れた店内を通り、人気のない道をタイミングを見ながら横切り、別の道に。
たまに聞こえる轟音は建物の崩れる音だろうか。赤か白かは知らないが、派手にやっているようだ。住んでいる人間も居ないわけではないだろうに、そんなことはお構いなしらしい。
移動しながら地図を書いておいたので、あとで忘れずにそれを参照すること。間違っていなければだが、いまは坂木建設から少し離れて、いまは通りを4本ほど跨いだ北西に居る。車を置いてきた方向へ戻っているようだ。白軍の人間も少なかった。
途中すれ違った白軍の一班は南東に――坂木建設の方向を目指しており、赤軍はそれを静止している、という状況。よって戦線はほぼ膠着。坂木建設前に居た白の人間は斥候だったのだろう。……ヴィルとメイズによって殺されてしまったが。
本木はというと、いまはまた誰かに連絡を入れている。こちらから目を離しているようだが、いま逃げるわけには――いかないか。
◇
(このページは乱雑に破り取られている)
◇
いろんなことが起きすぎて、何から書けば良いかわからない、が、とにかく俺は、なんと昼間の目的――あの作戦が“支流”だと思った理由――まさに、俺が昼間見たかったものに、出くわしている。それも最悪な形で!
まず逃げ惑う赤軍の人間が通りの向こうからこちら側に走ってきた。と同時にあることに気づく。その様子があまりに必死だったのだ。頻繁に後ろをふり返りながら武器も持たずに走る彼は、暗がりから街灯の下に入って、出て行く。――寸前に、脆くも崩れ去った。
直後横から、別の赤軍の人間が出てくる。それとほぼ同じタイミングで、その反対側からも別の人間が。恐らく挟撃をする魂胆だったのだろうが……それをする前に、彼らもが、その形を真っ二つに、崩れ去る。
様子のおかしさに気付いたらしい本木がこちらに近づいてきて、じっと息を潜めて、そこへと視線を送った。
それはゆっくりと、暗闇から街灯の下へ。
ぼんやりと人間の形が浮かび上がり――“その人物”は、ゆっくりとその歩みを柔らかに、街灯の明かりの下に晒されていった。白い制服、大きなロングソード、青黒い頭髪。そして、そこから覗く真っ赤な瞳。
――そうだ、そうなのだ。
彼こそが、“俺の目的”。
大きな流れの中から逸脱した“支流”。作為的なリスクの混じった作戦群の中心に、必ず居る人物――!
“支流”に上げた作戦群を思い出す。作戦内容自体はバラバラ、参加部隊もバラバラ。だが個人に絞ってみれば、すぐに法則性に気付く。
“特定の人物がそのほとんどに参加している”。
小さな違和感は仮説に、仮説は確信に変わっていく。
今回の作戦における白軍の動き。
――“そもそも白軍の人数が少なすぎる”という違和感。
“赤軍の人数に対して、白軍が見合っていない”。
夜の急襲。隠密として行う理由はわかるが――俺が確認した白の人間は3人、南東に向かう1班(6人編成だった)。そしていま目の前にいる人物。計10人だ。いくら別部隊が別の所で動いていたとしても、激戦区であるはずのここに2部隊レベルの人数しか居ないのは、明らかにおかしい。
1班が搬送及びその護衛を担当していると仮定すると、実動部隊が1班――? おかしい。通常の作戦ではありえない編成だ。
それはまさに俺の指摘したところの“支流”――“リスクの上乗せ”。
半ば確信に変わった仮説の言葉を借りると、こうだ。
“特定の人物が参加している作戦の失敗率を上げる、作為的な作戦群”。――その人物を、失脚させるような意図的な動き“。
間違いないだろう。
司令部のその動き、その人物を潰そうとしていると動きこそが、"支流"の正体!
赤軍の人間達が、また彼へと向かっていく。
赤軍の彼らも相当な手だれのはずだ。動きに無駄がなく、相手の命を奪うために、ただその四肢を駆動させる――機械的でさえある人殺し。
それは見覚えのある出で立ち。写真で、遠目で見た姿。
……それは、彼が校内で注目されているからこそ見たもので。
その注目の理由は、参加する作戦の数多くが成功しているからという理由に、他ならなくて。
“その人物は、意図的にリスクが上乗せされた作戦を見抜きながら、それのほとんどを成功に導いている”。
目の前の人物の様子を見れば、それは嫌でもわかる。否、“わかってしまった”。
彼が、一強だったのだ。その圧倒的な力によって。能力によって。――強さによって、彼は司令部の妨害を、自分の成功に、組み替えている!
難なく振るわれるその鈍色の塊と、それに分断される人間の身体。
振るうのは紛れもなく、その見覚えのある人物。“白稜学園2年”、“軍事カリキュラム所属部隊長”、“次期司令塔最有力候補”。スティーヴン――
「……ブライアー、の坊ちゃんじゃな」
俺がそう言葉を紡ぐ寸前に、にゅっと、気配を感じさせないまま、誰かが顔を出した。
◇
「うおっ!? って、罪切さんか」
長い髪に和装――。本木の様子を見ると、赤軍の人間の一人だろう。気配が全くなくて、こちらまで驚いてしまった。
「……うわあ、やばそうな人ですね。本木さん、いまどんな感じですか?」
罪切と呼ばれた青年(正直年齢がさっぱり掴めないので暫定の青年だ)の後ろから、また別の人物が顔を出した。臙脂色のパーカーにストール。顔はストールでよく見えないが、ピン留めが薄く街灯を反射している。
「さっき通信で言った通りだ、が、わからなくなってきた。梅子はあと20分稼げっつってたが……」
「うーん……20分か……俺たちだけで稼げますかね?」
「わからん」
声をひそめて、相談をはじめる彼ら。幸いなことにブライアーはここにまだ気づいていない。ここは元一軒家だった場所の駐車場で、塀に隠れることが出来るのだ。
だが位置的に、死角になる路地を通ってもすぐブライアーのいる表通りに出ることになってしまう。まさか奴と戦うつもりか? 鉢合わせはやはり避けたいだろう。
とにかく状況は芳しくない。彼らもそれはわかっているらしく、だからこそ相談を重ねているようだった。
で。一方、その頃の俺はというと、
「おんしゃあ、……髪の毛が、ちと痛んでるようじゃのう」
何故か罪切氏に、頭をもじゃもじゃとされていた。