IZ Report no.2
◇
彼らの“尋問”は、それはもう名ばかりのものだった。いい噂も、いいところもあまり見聞いてはいなかったために、ある程度覚悟はしていたのだが――。
「あ、俺本木って言うんだけど、おまえ名前は?」
「あと学校名と所属、作戦の概要もネ」
なんだか知らんが、彼らはこの調子で、割合フランクに接してくるのだ!
だが申し訳のないことに俺はそもそも軍人ではなし、だからこそ彼らの期待するような情報は持ってない――というか万が一持っていても、ここでそれを漏らしてしまうというのは、その、なんだ。主義に反する。
「……えーと、俺は和泉之隆っす、白の、白稜学園の人間ですけど、その……軍人じゃねえんすよね」
その結果はこのような受け答えとなり――そうなると、少年装の人物からの目線は、予想通り手厳しいものへと変化する。
本木と名乗った青年も、警戒は怠ってないぞ〜怪しい真似をしたらいつでも殺す準備が出来てるぞ〜という底冷えする冷たい視線をちらつかせているところから類推すると、二人ともこうした状況は馴れているのかもしれない。
「……へえ、じゃあなんなの? なんであんなトコ居たわけ?」
そう言った方は、確かあの少年(少女だったらすまん)だった。
さて、俺がこの問に対してどうやって答えたかの前に、一応俺がどういう身分でどういうスタンスなのかを記しておこう。何せこれを説明するには、順序が大切なのだ。……順序が。
◇
白軍黒軍関わらず、各学校には一般的に“広報部”と言われるものが存在している。(赤がどうだかは知らない。そもそも学校という機関すらないのだから、恐らくはないのだろう)
広報部という名前の読んで字の如く、そこは校内新聞を作る部である――が、なにせいまは戦時中。しかも、学生同士による戦争が激化している今、もちろん中身は――学生同士の戦争についてのことが主眼となる。
もちろん各学校に特色はあるが、基本的にはその学校を中心とした戦争を、その学校の広報部のフィルターを通した状態で一般学生に伝える機能を果たしている。もちろん、白稜もそうだ。
だが、俺自身についての説明が難しいのはここから。
いま俺は、そんな軍事カリキュラムの生徒と一般学生とを結びつける重要な役割を果たしている広報部の一員としてここに居る、わけではないのだ。
◇
ちなみにいまの時間は午後5時30分。そろそろ暗くなるくらいの時間だ。授業は粗方終わり、一般学生はそれぞれの時間を過ごしたり、軍事カリキュラム下の生徒は教練があったり、作戦に勤しんでいるという時間だろう。
広報部の人間でいうと、次の新聞の記事を書いていたり、あるいは取材に奔走している時間と言える。
だがしかし。広報部の人間は、滅多に――というか、“まず”、こんな風に、付き添いも付けず一人でのこのこと戦場で出歩いていたりは、しない。
取材があるときは作戦の責任者(もっぱら司令部)に話をつけるし、そうすればその記者には護衛がつく。一人で出歩かれてもし勝手に死なれては、司令部の責任になってしまうからだ。
ではどうして俺がこんなところに一人で出掛けているのか。それが――それこそが、メモにすら残せない種類のものであり――そしてもちろん、おいそれと口外していいものではない種類のもの、なのであった。
「ええと、取材……っす」
「一人で?」
「……ええ」
自分でも中々どうして曖昧な返答をしたと思う。もう少し具体的に言うと、“護衛という監視の目がない状態で取材がしたかったから”――なのだが、それに突っ込まれたときが、とても困る。
許可を取っていないのにそれを校内新聞の記事として書けるのか。その答えは無論ノーであり、すると結果的に、この問いへと行き着くことになるのだ。
「なんのためだ?」
それはもちろん、校内新聞のためではない。
学校側には黙って、俺が勝手にやっているこれは――そうであるからこそ、学校側へバラされるわけにいかない。……死ぬわけにも。
「……俺の信じる、ジャーナリズムのため」
言うに窮した自分の口から出てきたのは、このような言葉だった。
本木と名乗ったその青年は、小さくニヤつきながら「へえ」とだけ返すと、その指先を動かす。ついてこいということらしいので、大人しく従うことにする。
◇
瓦礫を踏みしだき、猫すらいないような路地裏を搔い潜ってついたのは、びっくりするほど一般的なアパートメントだった。
赤軍が数多く持っている居住スペースのひとつで、もっぱら本木の部隊の集合場所になっているらしい場所らしい。
「まあ、“比較的非常用”にしか使ってねえけどな」
部外者の俺に住所をバラして大丈夫なのかという質問には、少年装の人物が「フフ、イズミが生きて帰れたらの話だネ」と返した。詳しい場所の情報は、生きて帰れたあとでも殺されたくないので書かないでおく。
非常階段を登った二階。階段を上がるときにアパートの住民らしき初老の人物と目が合う。何の感情も抱かないような虚ろな表情なのに、目だけがこちらをぎらぎらと見つめていて、やけに居心地が悪かった。
住民が居ることにもそもそも驚きなのに、その異様な視線に意を介さない彼らの反応も驚きだった。“害はないからほっておけ”だそうだ。
「あ、お前なんか食いたいもんでもある?」
「ボクあれ食べたい、マーボードーフ」
更に言うと、俺の意見を聞くのにも驚き、困惑する俺を横目にさっと答えるメイズ――少年装の人物の名前のようだ――にも驚く。
なんというか、すごいな。驚いてばっかりだ。
◇
聞くと彼らは自活しているようで、冷蔵庫の中身を確認するというなんとも生活感溢れる行動ののち、本木は誰かに連絡を居れた。仲間だろうか。
「……こないだのあれ、そーそー。もってきてくれよ。……はぁ? どうせお前も食うんだろ……あ、面白いの拾ってきたからお前も会ってみれば? ……あ〜はいはい、あとでな」
会話の内容からすると、人数が増えるらしい。
「ん〜、やっぱこの服着にくいよ、こっちのが楽」
気付けばメイズが大きめな、だぼだぼしているTシャツに着替えていた。さっきまでの整った身なりという印象がいきなり崩れて、少しの違和感――を感じるかと思いきや、存外しっくりくる。もしかしたら、こちらの方が生来なのかもしれない。
そういう俺はというと現在、居心地の良いリビングの机に座り、取材メモ兼備忘録兼日記を広げて、いつものペンで文字を書き込んでいた。
これが許されたものも、そういえば意外ではあった。
「え、で、俺はどうすれば……?」
「俺より色々詳しい奴が来るから、それまで待っててもらう。だからそれまでは暇だな。夕飯でも食べてけよ」
こんな様子で放置されていたので、つい癖で始めてしまったのだ。
「なに書いてんの?」
「しゅ、取材メモ……」
「読んで良い?」
「どうぞ」
メイズは差し出されたメモを受け取ると、それをパラパラとめくりはじめる。そう長くない時間それを続けて、すぐに満足したのか、無言でそれは返された。
不思議そうに様子を見つめていた俺に、メイズはにっこり笑ってこう言った。
「……検閲♡」
……下手なことは書けなさそうだ。
◇
そう言えば、一人女の子が増えた。
梅ちゃん、梅子と呼ばれる彼女は、長い髪をひとつの三つ編みに束ねており、整った身なりという印象を俺に与える。
「……メイズさん、あなたまたそんなだらしない格好して。楽なのはわかるけど、仮にも敵軍の人間の前なのだから、もうちょっとしゃんとして下さい」
「はぁーい」
生返事であることを考えると、こうしたやり取りは何度かやっているのだろう。
“仮にも敵軍”なのは、まあ、確かに本当の意味で“仮にも”程度の敵軍所属であると考えると、言い得て妙な気もする。
「……さて。本題よ、あなたは何を調べていたの? 知ってること洗いざらい話してもらうわ」
尋問らしい尋問(麻婆豆腐を囲みながらの)が始まったのは、午後7時30分すぎのことだった。
「っつっても、俺が持ってる情報なんて、たかが知れてるんすけど……」
「それはこちらが決めることよ。あなたの知ってること教えてちょうだい。……虚偽を混ぜたらどうなるか、わかっているわね」
「あ、梅チャン、……、……」
梅子……さんの耳に手を当て、何やらをごちゃごちゃ話すメイズ。小さく「わかったわ」と返して、梅子はこちらに向き直った。
「さ、どうぞ、話して」
にこりと。だがどこかヒヤリとする視線。その後ろにはしたり顔のメイズが手をピースの形にして居る。――いったい奴は何を言ったんだ。
「……えーと、さっきも言ったんだけど、俺は軍人じゃなくて、一般生なんすよね、広報部に居るんで、その取材っていうか……」
「そこまではモトキから聞いたわ、あなたは一人で、なんの取材をしていたのかってことよ」
「……あー、今度大きい作戦があって、今回のあの場所を攻め入る作戦はそれと関係することだって言われてるんすけど、そうじゃない別のなんかがあるんじゃねえかなって、思ってですね」
「大雑把すぎるわ、ぼやかそうとしても無駄よ」
「んなこと言われても、なんかねえかなって探してる途中にあんたらに取っ捕まったんだから、なんもねえんだって……」
「……嘘をついたわね。次やったら殺すわ」
……なんでバレたんだ!?
いや、バレたというか嘘をついてるわけじゃねえけど、確かに本当のことでもなかったというか、確かになんもなくはなかったというか……いや、とにかく、何故それがバレたかだ。
メイズがニヤツイているところを見ると、先ほど話した内容に関係するのか?
◇
それからは散々だった。
麻婆豆腐はけっこうピリ辛でうまくて、それだけは救いだったが。
困ったことになるべくぼやかそうとしても、上記の流れで何故かそれがバレる。比較的表情が読みづらいはずだと思っていた俺の動揺を、彼女はつぶさに拾ってくるのだ。大した情報は本当に持っていないのだが、俺は結局その大体話すことになった。――何故、あそこに居たかということを。
◇
今年度に入ってから、数ある作戦群にある指向性を持った動きが見えていた。昨年には確実になかった、ある動き。
基本的に各学校の司令部は一年間で代替わりする。“昨年と方向の違った動きを今年はしている”、というのは、決して珍しいことではない。学生個人の権限が拡大していっている昨今の情勢から鑑みるに、個人のカラーが色濃く出てしまうのは、ある意味仕方のないところではあるのだ。
しかし、それにしても、今年は何かがおかしい。
数字にしてみれば些細な、個々の作戦を別個に見ていれば、それはほんのささいな違和感に過ぎないものであるが――並べてみてみると、情勢と学校、個人のデータを並べて見てみると、それは明確な形をもったものに変貌を遂げる。
それはすなわち、言葉にすると簡単。
”危険な作戦が増えた“。
“危険な作戦であるにも関わらず成功を収めている”。
この二つだ。
「それは確かに、こちらにも覚えがあるわ。今年に入ってからの白稜の動きは、私も気になっているのよ」
今年度に入ってからの司令部の動きには、よく見ると二つの動きが存在する。
主流となっているラインは、昨年と変わらない、軍部からの要請(表向きには学校側の協力となっているが)を噛み砕いた作戦。それが中心となった、“いつも通りのもの”。
だが、それに紛れて――もうひとつの支流があるように感じる。それがこの、リスクが多い作戦の数々だ。
不思議なことに“いつも通りの作戦”の成功率が昨年と同程度なのに対して、この“リスクが多い作戦”の方は、そのほとんどが成功している。
成功しているからこそ、誰もその作戦がリスクの高いものだったと気付かない――その程度の、作為的なリスクの上乗せ。
「例えば先月の作戦がわかりやすいっす。作戦自体は普通なんすけど、よくよく考えるとおかしいんすよ」
部隊は4つが同時に展開。それぞれ6〜7人の小部隊が、黒軍の補給物資を奪う手筈になっている作戦――ここに赤の彼らが居たかどうかはわからないので、地図を広げながら説明をしていく。
「この4部隊、パッとみると、バランスが良い配置で、理にかなった作戦のように見えるんすけど……よく見て下さい」
まず2部隊が黒軍の補給班を挟撃。残りの1部隊が補給班の護衛を抑え、最後の1部隊が物資を回収。大雑把に噛み砕くと作戦の概要はこうなる。
「けどですね、ここで黒軍の学生兵の配置を調べてみるとですね」
補給班はこちら側で言う約1部隊分。これを白2部隊で挟撃は理解出来る。――が。
「この補給班を護衛する黒軍の部隊数、これがですね、約三倍――3部隊分くらいに匹敵するんですよ」
つまり。白軍の、その補給班の護衛抑えるべしとされた部隊は――自分の部隊の3倍の戦力と相対さなければならない。これは、そういう作戦になっているのだ。
「このことを、司令部が知らないはずないんです。……何故なら、この黒軍部隊についての情報は、紛れもない、白稜の資料室からとってきたものなんですから」
無論日付は作戦前――。あ、一般生徒の俺がどうやってこの情報を仕入れたかというと……まあ、秘密だ。
護衛が抑えきれなければ、逆に挟撃をしている2班の命が危ない。黒補給班1班と護衛3班の計4班――今度はこの白2班が倍の黒の相手をしなければならなくなってしまうのだ。これではリスクが高すぎる。
「……全部、俺の憶測にすぎないことなんですけど、今年に入って、こうした作戦が、少しづつ増えてきているんす。でも作戦自体は相変わらず成功している……司令部が何をしようとしているのかがわからない、だから潜り込んだ」
「ふうん、じゃあわざわざこの作戦を選んだ理由はなにかしら。この作戦が“支流”だと思ったから、潜り込んだのでしょう?」
こう返した梅子に、俺は内心ガッツポーズしていた。首の皮一枚。なんとか、うまいこと食いついてもらえた。
冷や汗が垂れるのを感じながらも、若干の安心感。ひとまずは、殺されずに済みそうだ。
◇
電話がかかってきた。皿をかたしたり洗ったりしながらも会話を聞いているようだった本木が、軽く拭いた手で電話を取る。……そういえば結局俺までご相伴に預かってしまった。ごちそうさん。
それなりに長い電話。……会話途中で、結局梅子も電話口の方へ言ってしまった。メイズは――食後のプリンにご執心だ。
耳をそばだてても、会話の内容はさっぱりわからない。何かの作戦の連絡だろうか。
◇
困ったことになった。
あー、えー、これは困った。
取り急ぎ、メモだけ 本木に急かされている
――クソ、纏まらん とりあえず何が起きてるかを書いておく
電話のあと、本木がニヤニヤしながらこちらに近づいてきた。
「いま赤軍と白軍が衝突してるらしい。俺たちにも出動要請がかかった。しかもどこの学校だと思う? 白稜らしいぞ。……和泉、せっかくだしお前も来い」
あまりに唐突さに、口をあんぐりと開けて言葉も出ない俺へ、頼みの綱だった梅子までが追い打ちをかける。
「……そうね、まだ肝心なところを教えてもらっていないのだから、仕方ないわね」
「多分イズミぐらいだったら守れるから安心するといいヨ。……もちろん、役に立つうちは、だけどネ」
それは逆を言うと、役に立たなければ守ってもらえないということで。
「お前の見張りにさく人員は居ねえし、だからといってここに一人で置いとく訳にいかねえし、捕虜としても使えるし……な、来た方がいいだろ。――証明してみろよ、お前の信じるジャーナリズムってやつ」
どうやってそれを戦場で証明すればいいのかは、まるでさっぱりわからない! が、困ったことに、それを撤回するのは、ちょっとかっこうがつかなさすぎる。どうやら覚悟を決めるしかないらしい。
困った。非常に困った。なんでこうなったんだ!?
メイズの呼ぶ声がしている。そろそろ出るとのことだ。
時刻は午後9時16分。外は暗く、いま戦いが起きているとはにわかに信じがたい。が、3人は確かに臨戦態勢で、各々の武器を持っていた。対する俺は……紙とペン。
なあこれ俺、本当に生きて帰れるか?