赤、招く。
タイトルにあるように月をモチーフにした、ごく短い物語の連作です。純粋な小説というより詩的な要素を持ったものであるかもしれません。
赤、招く
悲しい赤だ。赤から薄赤へ。赤い蓮華草を祖父の家の近く、古い小池の周りで目にした時、ふとそう思った。
この風景は異質である。祖父の弁では戦前からあるこの古ぼけた小池の周りには、美しさに悲しさを兼ね備えた赤い蓮華草が咲き誇っている。微かに東の風に揺れれば、美しさの裏の悲しみがひっそりと露呈する。
「終戦直後のことだ。我が家の近くに小さい女の子と、それより少しは大きい男の子の兄弟がいる家族が住んでいた。この兄妹は仲がよくてな。よく家の裏でも遊んでいた。しかしあるときこの地方を疫病が襲った。兄妹の家族はそれで父親を亡くした。更には兄弟のうち兄がこの疫病にかかった。それでその子は長くは持たなかった。」
そっと花びらをなでると、再び祖父の話を反芻する。また風が吹いて、水面が少し波打った。
「妹は兄が病床に臥している間、兄の好きな蓮華草の種を蒔き、毎日水を与えに行っていた。段々とその回数は多くなっていった。朝昼夕夜・・彼女の兄が亡くなった夜。恐ろしいほど美しい満月が出ていたその日に、蓮華草はいっきに花開いた。だが兄はそれを見ることなく、その日のうちに亡くなった。」
彼女はそれから気が狂ったように、毎日小池の周りの赤い蓮華草を眺めた。兄の死からちょうど1年経ったその日、彼女はこの小池の周りで眠るようにして死んだ。死因はわからない。
この古ぼけた小池の周りに添えられた、無垢な亡骸を想う。白い肌に赤い花びらが重なっている。そして恐ろしいほど煌びやかな光を発する満月は、小さな愛らしい美を映し出すのだろう。
紅蓮の月が鮮やかに頭に想い浮かんだ。