格闘中②
ー試合当日ー
「あっ、来たきた! おはよう!」
先輩は手を振りながら私に挨拶をする
「おはようございます」
私が挨拶を返す瀬良さんは今日も元気だ。
生徒が甲子園の移動に使う大型バスの横では、遠征カンパの呼び掛けが盛んに行われている
「よっしゃ。今日は気合入れていこうね!」
「千歳、何だかテンションがおかしいわよ…」
美並先輩が少し心配げに言った、千歳先輩は心なしかぷるぷる震えて見える
「何、千歳。緊張してるの? 平常心、平常心〜!」
瀬良さんはあっけらかんとそう言い放つ
「あんたはいつも平常心以上よね」
美並先輩がやれやれと苦言を呈した
(先輩達は今日も相変わらずだな^^)
これから甲子園会場までバスで数時間。着いた先には全生徒の私達の熱い闘いの舞台が待っている。
車中でのわいわい気分も静まり、気付けば眠りこけていた私達。
バスが目的地に到着し、それぞれ荷物を抱えながらそこを降りると、ツタに囲まれた緑壁の甲子園球場が出迎えてくれた
「わぁー! やっぱ甲子園は広いねー! 応援しがいがある〜」
そう言いながら手を広げた千歳先輩は、緊張がほぐれてきたのか楽しそうだ。
「だねー! あそこからあそこまでこんなに広いよ!」
瀬良さんも次いではしゃぎながら、スタンドを駆け下りて辺りを見回している
「2人とも子供みたいにはしゃいじゃって」
そう言う美並先輩も表情はどこか嬉しそうだ。
集まってきた生徒達もそれぞれの席につく。吹奏楽部は楽器や演奏の振りのチェックを。応援する生徒達は掛け声や演出の確認をする。
「前の2人こっちに来てー!」
瀬良さんが応援部隊に呼び掛けた。私達チア部は4人でスタンド前列に立ち応援を先導する
「このタイミングの時に前に出て来て。上側をポンポンで支えてね」
『はい』
瀬良さんのお願いに2人は快く返事をしてくれた
「皆んなー!! これからますます暑くなるから合間に水分補給は忘れずにね!」
『はーーい』
瀬良さんと皆の声がスタンドに溢れる。こうしてチア部も応援の最終確認をしていった。
甲子園球場にサイレンが鳴り響く
『羽近宮高校 対 青晴学院の試合まもなく開始します』
アナウンスも終わりいよいよ始まる。
先行は羽近宮高校、一番打者がグラウンドに立つ。
スタンドでは吹奏楽部が第一音を高々と鳴らし、私達は応援を開始する。
『押せ押せ、羽近宮、かっとばせー!』
男子生徒の大きい声が場内に響き渡る。
私達は左右に真ん中にと曲に合わせてポンポンを振り、ポーズを決めていく。
まだ朝方だというのに熱気のせいか体が思ったよりも熱い。
スコアボードには追いつつ離されず得点が並び、よい試合運びを見せている。
曲によってポンポンを両手でクルクルさせたりと、振りを変えながら精一杯踊る私達。
試合も中盤に差し掛かり、スタンドにいる生徒達は、目配せをしながら座席の下から何かを取り出す。
5回表、こちらの攻撃が始まると私達が聞き慣れた校歌が演奏される。
曲のタイミングに合わせ、スタンドの生徒達はプラカードを掲げていく。
『H』『 T 』『M』の鮮やかな人文字
「行くわよー!」
そして、瀬良さんの掛け声を合図に応援部隊がこちらに出て来る。
前方で6人がポンポンを手際よく並べ、ポン文字のハートを形作る!
HTM♡(love)が決まった
(やったー! 上手くできた!)
先輩とアイコンタクトをして、成功を喜び合う私達。
昼も間近に差し掛かり、日差しの照りつける中でも、自然と応援に力がこもる。
その後、9回裏を羽近宮、一点リードで迎えた。
もうすぐ勝てるのかと皆が手に汗を握る中、ピッチャーの不調で一塁二塁と席が埋まり満塁のピンチを迎えてしまう。
監督の指示でタイムが出され、円陣を組みながら相談する野球部員達。
相談が終わるとアナウンスが流れた
『ピッチャー代わりましてーー秋冬君』
秋冬君がマウンドに立つと、ふうーっと大きく息を吐き、一投目を力強く投げた。
ボールはそのままキャッチャーのグラブにストンと落ち、まず始めのストライク。
2球目は内角高め、バッター見逃しのストライク。
秋冬君の顔は険しい。額に吹き出した汗が滲んで見える。
私達は手を組み固唾をのんで見守った
張り詰めた空気の中、投げた3投目。手からボールが滑りふわりと浮いてしまった
『カキーン!』
大きな音と共に、弧を描きながらバックスクリーンにボールが飛んで行くのを私達はただ見上げるだけだった。
帰りの出発まで時間があったので、観光など各々自由行動をしてバスで帰宅する事となった。
チアユニフォームから制服に着替えた私達は、他の皆より遅れて球場から出て来た所だった
「あー、今日の試合惜しかったね!」
瀬良さんがそう悔しがるのを、先輩達と共感したり宥めたりしながら歩いていた。
ふと横目に球場を名残惜しそうに見つめている生徒が目に入った、秋冬君だ。
私は立ち止まって先輩達に言った
「ちょっと、先に行ってて下さい」
「ん、どうしたの応華?」
前を行く瀬良さんが振り返りながらたずねた
「忘れ物しちゃって、取りに行ってくるのでまた後で合流しましょう。見つかったら連絡しますね」
私は手にスマホを持ちながら返事をした
「一人で大丈夫?」
美並先輩がたずねる
「はい、ダメな時は先生もまだバスにいるし一緒に探してもらいます」
私は手を振って先輩達を見送った。
自分でもよく分からないけれどそこにいる秋冬君が気になっていた。
様子を見て近づき声をかけてみる
「……あの、どうしたんですか?」
「……え、あ、いえ。ちょっと時間を潰してただけです」
秋冬くんは少し戸惑いながら答えた
「他の野球部の人達はーーまだいらっしゃるんですか?」
「いや、みんなはもう行ってしまったんじゃないですかね。いやー、何だか一緒に居づらくて」
秋冬君は短い頭をぽりぽり掻きながらそう答える
「一人で何か考え込んでいらっしゃるように見えたのですが……」
その言葉に秋冬くんは呟くように言った
「……一回戦で終わってしまうなんて、自分のせいでーー仲間は責めることもせず優しく迎えてくれたんですが、逆にそれが痛いというか……」
ここにいた理由を聞いてしまってよかったのか、秋冬君はとても悲しそうに俯いてしまう
「ーーありがとうございます」
それを見ていた私の口から言葉がもれた。
不思議そうな表情をした秋冬君が顔を上げる
「だって、こんなに大きな舞台に立たせてくれて。応援させてくれて」
「私達、試合にも出られないくらい小さな部だったので、精一杯応援できて本当に嬉しかったです。先輩達もあんなに嬉しそうにーー」
「秋冬君が、野球部のみなさんが、頑張って下さったお陰なんです」
私はそう言いながら自然と笑みがこぼれた
「ーーこちらこそありがとうございます」
秋冬君は頰を紅潮させながらそう言って手を差し出した
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