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クロサが出て行った間もなく、酒場は何時もとはまた違ったざわめきに包まれていた。
何時もは仲間達と騒ぎながら飲む男達も今日だけはある一点を横目に見ながら手のジョッキを傾ける。
この世界では珍しい艶やかな黒い髪が、揺れながらも酒場の淡い緋色のランタンの火の光を反射し白いきれいなリングを作っていた。
その髪の持ち主である少女が先ほどクロサが座っていた、丁度マスターの目の前にくる席に座ってから数分がたつ。
「それで、いったい私に何の用かな? あいにくこの酒場は君の様な婦人が一人で入るほど小奇麗な場所ではないのだけどね」
「……」
マスターはそんな何も言わずに座ってる少女に痺れを切らし皮肉まじりに話しかける。
少し身じろぎをし、座る体勢を一度整えるとようやくその小さな口を開いた。
「クロサ、という人物を探してる。なにか知っていることを話して」
「お嬢さん。君は情報の聞き方がわかっていないな。残念ながら君には何も話すことはないよ。出直してきなさい」
マスターがあきれるようにそう返すと同時に、少女は何もなかったはずの手から2尺ほどのサーベルの刃をマスターの首元に据え、椅子を後ろに飛ばしながら勢いよく立ち上がった。
それでもマスターは反応ひとつ示さず手に持つグラスをきれいな白いシルクで拭きつづける。
周りの男たちも、まるで何事もないように態度を変えずただその光景を見ていた。
「……っ、中央の国マーリアの王からこの酒場で聞くようにいわれている。」
少女は、周りのそして首に刃を当てられているマスターの変わらない反応に焦りと戸惑いを覚えながら問いを続けた。
なぜ、なぜ周りもマスターも。何の反応も、ましてや表情ひとつ変えないのか少女にはわからなかった。彼女の手に持つ柄を引けば間違いなくマスターのその首は切れるに違いないのに。
「それで? 君はそんな刃で脅しているつもりかね?」
ため息混じりにそう問い返すマスターの指は持っていたはずのシルクをどこかに、刃をその親指と人差し指で挟むように押させていた。
「え?」
余所見はしていなかった。事実、一寸の隙もなくマスターの様子を見ていた筈なのに少女はその動きを知覚できず首に据えた手に持つ刃を封じられている。
一瞬。そんな言葉がしっくり当てはまる事象。
「話にならない。出て行きたまえ。もう少しこの世界のことを知ってから出直してきなお嬢ちゃん」
二度目の忠告、次はない。そう思わせる何かがマスターの言葉の中に潜んでいた。それを形容することは今の少女にはできかった。
少女は何も言わず離されたサーベルをどこからか出した鞘にしまい、そのまま急ぎ足でマスターに背を向けその酒場を出た。
「ローサ、残念だが君の退屈しのぎにはならないのかもしれないね」
最後にそんな言葉が少女の耳に届いたような気がした。