学ぶべきこと
「勇者様はどうした?」
「手を洗いにいってるっすよ」
護衛の騎士に問われたナイジェルは素直に応えた。ナイジェルは保存用の乾し肉の下ごしらえをしているところだった。
「……なあ、お前からみて勇者様はどんな感じだ?」
「そうっすね、とんでもなく強いっすよ。まさか七日かそこいらで追い抜かされるとは思わなかったっすよ」
勇真の成長速度というのはとんでもなかった。領主の館に寝泊りしたのは七日程度なのだが、そのうちにナイジェルより強くなっていた。
こちらの世界の剣術は知らないはずなのに、たった七日でだ。
「なけなしの自信が根こそぎ持っていかれたっすよ」
ちょっと涙ぐむナイジェルだった。
「お前がなけなしとか言うなよ」
護衛の騎士は顔をしかめた。彼が知る限りではナイジェル・スタンレイの技量はそこいらの騎士を軽く凌駕する。見た目はそこいらの兄ちゃんといったふうのナイジェルだが、剣の腕はとんでもない。
市民にまぎれて暮らすのなら剣術などいらぬだろうに、どうしてそこまで腕を磨いたのか不明だ。
そのナイジェルを凌ぐのだからユーマという少年は間違いなく勇者なのだろう。
その騎士は国境の警備をしている。今回道案内権護衛として勇者様についているが、普段の仕事は外国との交渉だ。
公式には『勇者殺しの国』と国交を持っている国はひとつもないが、実際には貿易ができなければ国が成り立たない。秘密裏に取引を行う相手があるのだ。
その外国とひそかに取引していると、どうしても気づいてしまうものがある。
あからさまな嫌悪だ。
商売だから付き合ってやっているが、そうでなければ口も利きたくない――嫌悪と蔑み。
なんど理不尽だと思ったことか。
騎士とて好きで『勇者殺しの国』に生まれたのではない。はるか昔の王族がしでかしたことでなぜいつまでも――100年もたてば当事者の王族どころか、その歳に生まれた赤子さえ死んでいる――自分達が白い目で見られなければならないのか。自分達は何もしていない。なのに生まれたのが『勇者殺しの国』であるというだけでこうも差別されるとは。
そう考えて――自分達も同じことをしていると気がついた。
スタンレイ家。『裏切り騎士』ガーランドの生家だ。だが、ガーランドは報いを受け――今生きているのはせいぜい傍系。直系であったとしても、本人がなにかしたわけではない。
だが『スタンレイ家の血筋』というだけで命さえ危うい。
これも理不尽なことだ。
自分が理不尽だと思っていることと同じことを他人にするのはみっともない。
恥ずべき行為だと騎士は思う。
だから騎士はナイジェルに対して誠実であろうと決意している。
「どうしてもついていくのか?」
「ユーマ様をこっちの世界に呼んだ責任があるっすよ。神様の神託でもありますっす。責任と使命は果たしますっす」
替われるものなら替わってやりたいが、神の神託とあってはそうもいかない。
「この国では神気をまとうことを教えられるものはいないっす。どうしても外国に行く必要があるんす」
「お前でも無理か?」
「加護を取り上げられる前ならある程度の腕前になると習得できたそうなんすけど、今は無理っすよ。ましてスタンレイの血筋なんすよ?」
「すまない。埒もないことを言った」
神に見捨てられた国。その中でもおそらくは特に嫌われているだろう勇者を手にかけた男の一族――神の加護でもある神気をまとうことは許されないだろう。
「ここからはついていけない」
護衛の騎士達は国境で足を止めた。
「ここからは他国だ。少しいくと細い街道がある。そこを西へ行くと小さな村にたどり着くはずだ。そこから教会のある町の場所を尋ねてくれ」
「今までありがとう」
「助かりましたっす」
「気をつけて。君らに“神の加護”があるように」
別れの挨拶を交わし、ナイジェルが操る馬車は道なき道を進んでいった。
騎士達は馬車が見えなくなるまで見送った。
すみません。色々あって更新遅れてました。
次からは隣国です。