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勇者という存在

 轍を刻みながら馬車が道を進む。その振動にも多少慣れたものの――痛い。座りっぱなしのためあちこちが。

「大丈夫っすか?」

「まだ大丈夫だ……」

「少しいったら休憩するっす。もう少し我慢して欲しいっすよ」

 勇真とナイジェルは隣国に向かっていた。理由としては『勇者殺しの国』では勇者に必須である神気の扱い方を教えることができないためだった。

 公爵がつけてくれた護衛も一緒だ。

 館で世話になっている間、ナイジェルが剣術や旅に必要と思われることを教えてくれた。

 見かけによらずナイジェルは腕が立つし、博識だ。非常に有能なのである。剣については館の騎士が舌をまくほどだった。

 そのナイジェルをして勇真の上達ぶりは“異常”であったらしい。日本では古流剣術まで習った勇真だが、この世界の剣術はまた違う。それでも勇真はある程度使えるまでになっていた。正直自分でも驚いた。これも麻里の言うところの異世界補正“召喚チート”なのだろうか?

 護衛がいることもあってまだ勇真は実戦を体験していない。しかしやがては剣を取って戦わなければならないだろう。

 そのための準備はいちおうしている。

 勇真は深いため息をついた。


『ちょっと行ってくるっす』

 休憩のための準備をした後、そういい残して弓を抱えたナイジェルが森の中へ入っていった。

 ナイジェルは狩人としても優秀でそうして姿を消した後は何らかの成果を持って帰ってくる。その後は――勇真の特訓だった。

「血抜きはしてあるっすよ。ささ、ズバッとやっちゃってくださいっす」

「…………」

 刃物を持つ手が震えた。

 ナイジェルがしとめた獲物は鹿だった。これを解体するのが勇真の特訓だ。

 とにかく血肉を切ることに慣れること。

 それが訓練だ。趣旨は分かる。分かるのだが――

 最初は鳥だった。

 次はうさぎだった。

 ナニユエもとの世界では愛玩用としか思えない愛らしい外見の獲物ばかり狩ってくるのか、この男は!

 すでに死んだものだ。放っておいても腐るだけ。森の生き物の腹に納まることもあるだろう。

 ならば、人間の食肉にしてもかまわないはずだが――罪悪感がハンパないっっ!!

 もはや何もうつさないはずのくりくりとした鹿の目を思わず避ける勇真だった。

「どうしたんすか?」

「…………なんでこんな獲物ばかりなんだ」

「……あ~……手頃なんすよ。熊とか猪はまた機会があれば」

 熊や猪の解体もいずれやらされるらしい――ウリ坊は勘弁してくれ。

 勇真は心の中で手を合わせて刃物を使った。


 スプラッタなシーンのため自粛。


 人というのは命を食べて生きているものなのだな――とりあえず合掌。

 勇真は膝をつき両手で体を支えていた。OTLと呼ばれる状態だ。もし精神的なダメージを表す表示があったとしたら残りポイントはきっと0。

 たとえ麻里の言うところのチートがあったとしても無双チートは自分には無理だと勇真は思う。

 無理。肉を斬る感触とか、内臓とか切るとか大量出血とか無理。いくら強くても精神的に。

「肉は保存用に加工しておくっすよ。ユーマ様は手を洗ってくるといいっす。あっちに小川があったっす」

「ああ」

 同じように解体を見てきたナイジェルはダメージ0だった。おそらくは経験の差。こういうことが日常だったのだろう。

 分かってはいるのだ。

 肉は生き物を殺し解体しなければ食べられない。当たり前のように食卓に並んでいた肉類はそういうものだ。

 元の世界がいかに恵まれていたか実感する勇真だった。

 麻里は大丈夫だろうか。

 勇真は空を見上げながら思った。


「あれ?」

「どうしました?」

 水汲みの最中で麻里が手を止めて空を仰いだ。

 いぶかしんだフィニアが声をかける。

「ああ、ごめんなさい。気のせいみたい」

 麻里はつるべをひいた。

 こちらの世界の井戸はつるべ式だった。手動式ポンプのついている井戸さえレトロな世界から来た麻里にはものめずらしい。

 水をくみ上げ運んで水がめに溜めておくという仕事をしなければ水が使えない。この世界では当たり前のこと。

 生活していくために麻里はがんばっていた。

「勇真も今頃がんばっているのよね」

「今頃は国境付近かと。これからですわ」

「……大丈夫かしら?」

「勇真様は選ばれた方ですわ。魔物などに遅れをとるとは思いませんわ」

 フィニアが心から信頼しているように言うが、麻里は懐疑的だった。

「どうかしら? 召喚チートがあったとしても心は元のままでしょ? 勇真も平和ボケした日本人だし――どうしよう、心配になってきたわ。無双チートなんて現実じゃ無理だろうし」

 麻里も家畜を食肉にする場に居合わせたし、鳥の羽も毟った。

 へこんだ。かなり精神的にきた。

 勇真は敵意をむき出しにした魔物と戦い倒さなければならないわけだが――闘争心はあっても命を奪うことは難しいかもしれない。

「ああ、大丈夫かしら?」

「マリ様はユーマ様を信頼しておられないのですか?」

「信用してても、心配なものは心配なのよ。判るでしょ? 酷い怪我とかしなきゃいいけど」

 フィニアには麻里の心配はよく分からないものだった。ユーマは神に選ばれた勇者だ。勇者は(・・・)魔王を倒せて当然(・・・・・・・・・)の存在だ。なのになにをそんなに案じるのだろう?

 まるで――普通の人間が魔物と戦うときのような心配だ――そう、これが勇者ではなく普通の武に長けただけの人間がやるというのであればフィニアも心配しただろう。

「マリ様はユーマ様を普通の人間のようにおっしゃる」

「そうよ。勇真は勇真だもの。私にとっては強くても普通の人間よ」

 麻里の言葉にフィニアははっとした。

 麻里は勇真が神に選ばれる前から知っている。ゆえに麻里にとっては勇真は普通の人間なのだ。

「ユーマ様には神のご加護がございますわ。きっと無事に帰ってこられますわ」

「…………こっちの世界では神様のご加護ってかなり身近なのよね」

 本当に神という存在を感じられる世界だ。元の世界でも神頼みとかお守りなどはごく身近にあったが精神衛生のためというか、気休め的なものだった。しかし神託は下すわ、天罰は落ちるわ、召喚するわ、こちらの神はかなり積極的だ。

「フィニアさんってどうして巫女になったわけ? ここの世界――ってゆーか、この国では神職ってあんまりいい仕事とは思えないんだけど」

 神の加護や奇跡がすぐ隣にあるらしい世界で『勇者殺しの国』の神職者は唯一それを体現できない存在だ。肩身が狭いのではないかと麻里は思う。

「――どうしてでしょうね。わたくし、物心ついたときには神に仕えなければならないと思っておりました」

 麻里の予想通り『勇者殺しの国』では神職は肩身の狭い存在なのだそうだ。神に仕える存在でありながら神に見放された存在――ゆえに彼らはただひたすらに神に許しを請う。そんなものには口減らしに捨てられ教会に拾われた子供くらいしかならないそうだ。

 フィニアは捨てられた子供ではない。むしろ裕福な家に生まれたという。

「どうして?」

「……この想いをどう表現すればいいのかわたくしにも分かりません。ですが――許していただきたい――そういう気持ちがずっと心の中にあるのです」

インターネットの不調でいろいろありましてご迷惑おかけしております。

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