勇者殺しの国の伝説
「いまから100年ほど前のことです。先代勇者の話ですわ」
フィニアが話し始めた。
「その勇者様はとある村の若者でした。村には幼馴染の恋人もいて――勇者となった若者は恋人に帰ってきたら結婚しようと約束して魔王征伐の旅にでたそうです」
「ロマンチックね~」
そういう話が好きそうな麻里が瞳を輝かせていた。
「勇者様は多くの困難を乗り越え、魔王をどうにか成敗して国に戻って参りました。当時の国王は喜び、勇者に姫を与えて次の王にするとおっしゃったのです」
「あれ? 勇者は故郷に恋人がいるのよね?」
何気なく麻里がいうとフィニアとナイジェルが沈鬱な表情をした。
「ええ、ですから国王の申し出を勇者は断ったそうです。魔王を倒したからにはあと自分が求めるのは恋人と故郷で静かに暮らすことのみ、その申し出は受けられません。されど何かことがあればすぐにはせ参じましょう――と勇者は国王におっしゃったそうです」
「素敵。誠実な人だったのね。地位も財産もお姫様よりも恋人との約束をとったのね」
女の好きそうな話だな、と勇真ははしゃぐ麻里を見て思った。
「けれどそれではすみませんでした。国王は怒り、勇者を討ち取れとその場にいた家来達に命じて――勇者様は討たれてしまったのです」
「なにそれ酷い! 勇者はなにかあったら助けに来るって言ったんでしょう! 酷すぎるわ!」
麻里は一転して国王の所業に怒り狂っていた。
「つまりあれか? 国王は勇者に人望が集まり自分の地位が危うくなるのを恐れて、娘と結婚させることで抱き込もうとしたが、それを断られたため危険因子を処分しようとしたんだな」
勇真は国王の考えをそう分析した。
泣きながらナイジェルが付け加えた。
「ユーマさまは頭いいんすね。概ね正解っす。なんせ王様は謁見の始まる前から家来に言い含めていたんすよ。勇者がこっちの申し出を断ったら殺せって。勇者様に致命傷を与えたのは勇者様が信頼していた騎士なんすよ――このままでは国が危うい、国のためにやれって説得されたらしいんすよね――」
「酷い! いくらなんでも酷すぎる! そこは勇者をかばうべきでしょう! 王様を諌めるべきでしょう! 言いなりになって信頼してくれた人を裏切って殺したの? 罰当たるわよ!」
「ガッツリ当たったすよ。裏切り騎士は雷に撃たれて死んだっす。神様が現れて罰あてたっすよ~」
しくしくとナイジェルが泣いた。
勇真は腑に落ちないことを聞いてみた。
「魔王を倒せる勇者がなぜ人に倒されたんだ? 神様も事前に助けられなかったのか? 雷を落とすぐらいだからできたんじゃないのか?」
「勇者様は強大な自分の力を人に向けることを躊躇したんすよ。まして相手が親友だと思っていた騎士だったし、勇者をかばうふりをして不意討ちしたんだそうっす」
「わーサイテー。色々サイテー」
「返す言葉もございません……」
怒り狂っている麻里は傷口にガシガシ塩をすり込むようなことを言う。ここでナイジェルが挫けたので勇真の残り半分の質問にはフィニアが答えた。
「神は人を試したのでございましょう。もし一人でも事実勇者様をかばっていれば――あのような罰を与えなかったのではないでしょうか?」
「騎士だけに罰があたったのではないのか?」
「――かの姫君は神の怒りで一度に100も歳をとったような老婆に成り果てたそうです。そして神はありとあらゆる加護を人の手から取り上げました」
さすがに麻里も顔をしかめた。
「お婆さんになっちゃったの? お姫様が」
「はい。御歳十六だったうら若き乙女が老婆に成り果て――王国は滅びました」
王には姫一人しか子供がいなかったのである。こうして直系は絶えた。
「滅びるとは物騒な……」
「滅びたも同然っすよ。魔法が使えなくなったんす」
「……すまんが……もともと俺達の世界に魔法はないんだ。それがそんなに深刻なことなのか?」
魔法がなくなったという感覚はもともと魔法の無い世界から来た勇真と麻里には分かりづらい。
「魔法というのは何らかの存在の加護なんすよ。神様だったり精霊だったり。魔法が使えないということは加護が無くなった――神に見放されたということっす」
フィニアが付け加えた。
「王様は当時の祭司長の位にあるものにも勇者が姫を娶らなければ殺すという計画を打ち明けていたそうです。神の愛子を見殺しにしたとしてこの国の神官すべてが神力を失ったそうです。実際に魔法を使えたものは百人に一人か二人――それでも加護を失ったという事実が人々を打ちのめしました」
魔法が使えなくなったこの国の教会は神の愛子を見殺しにしたとして教団から破門された。
王家は勇者を殺し加護を失わせたとして国民の憎悪を受け各地で暴動が起きた――国王は退位せざるを得なかった。次の王は――誰もなりたがらなかった。神の怒りを買った国の王になど誰もなりたくなかったのである。
そして皮肉なことに――諸外国もまた神の怒りを買った国を自らの国土に加えることで神の怒りのとばっちりを受けることを恐れこの国を放置した。
王のいない国。勇者殺しの国。神に見放された国。
それがこの国だ。
「おかしいと思ったんすよ……この国に……ましてよりによって家の人間に勇者の従者になれって……」
「どういうことだ? やたらと事情に詳しかったが……」
「裏切り騎士の名はガーランド・スタンレイといったっす……」
「子孫か?」
「傍系っすけど。弟の子孫っすよ。事件の前に色々聞いてて……懺悔のつもりなんスカね? 詳しい事情を書き残しているんす」
それだけでナイジェルがどういう育ちをしたかなんとなく予測がついた。
ナイジェルは騎士を『裏切り騎士』と言った。それはそう称することが当たり前になっているのだろう。実際に勇者を手にかけた『裏切り騎士』の血統となれば風当たりはかなり強いだろう。
「課せられた使命を果たせば許されるかもって思ったンすけど……甘かった……」
もはや声すらかけられなかった。
「あれ? フィニアさんって巫女よね? この国の教会は全部破門されたんじゃないの?」
「はい。その通りですわ。この国に生まれたものは魔法の類は使えません。その罪は王家にあり教団もその一端を担いました。ゆえにこの国に生まれたものは他国の教団には入れず――神の許しを得ようと祈り続けるのです……神がおあたえになった贖罪の機会かと思っておりましたが……」
さめざめとフィニアも涙を流した。
勇真も麻里も罪悪感を感じた。
「なんとなく可哀想な気もするわ。100年も前の人のしたことでいまだに苦しんでいるなんて」
「…………どちらにしろ、魔王とやらを倒さないと帰れないんだな」
勇真の言葉にナイジェルが弾かれたように顔を上げた。
「やってくれるっすか?」
「やれるだけやってみよう。その代わり麻里は保護してくれないか?」
「勇真!」
「麻里は巻き添えでこっちにきただけだ。それなら連れて行かなくともかまわないだろう? 帰れるまでどこか安全なところで保護してほしい」
「それでしたら、わたくしどもがお預かりします」
勇真の頼みをフィニアが快く引き受けた。異議を唱えたのは保護される方だった。
「嫌よ! 離れ離れになるなんて、嫌!」
「無理を言うな。危険な旅になる。ここで待っていてくれ」
「勇真ぁ」
麻里は泣きそうな顔をしていたが、それ以上は言わなかった。たとえ一緒に行っても足手まといにしかならない自分を分かっているからだ。
フィニアが言葉を添える。
「大丈夫ですわ。わたくしどもが悪いようにはいたしません。勇者様がお帰りになるまで守ってみせます。これも神がお与えになった試練のひとつでございましょう」
「……必ず帰ってきて。待ってるから……絶対……」
我慢しきれなかったのか涙をこぼしながらいう麻里に勇真は誓った。
「ああ、必ず」
その様子を見ていたフィニアが思わずといったふうに呟いた。
「まあ、伝説の勇者様と恋人のようですわね」
「それは不吉っすよ、勇者様は帰れなかったんすから」
ナイジェルがこっそり窘める。
「まあ、そうですわね。わたしとしたことが」
「そういえば、勇者の幼馴染の恋人ってどうなったの?」
「あまり有名ではありませんが、言い伝えでは勇者が亡くなったことを伝え聞いた村娘は泣き暮らし、それを哀れんだ神が連れて行ったとあります」
「――二人はあえたのかしら?」
「おそらくは」
ナイジー不憫。
勇者殺しに加担したのはその場にいたすべての人間と知っていて黙っていた有力者一同ですが、実際に手を下した騎士にすべてをかぶせて自分達は被害者顔してたってことです。
そんなの神様には通用しませんが。
国ひとつが連帯責任で魔法を取り上げられています。
スタンレイ家は没落した上に白い目で見られ迫害されてるわけです。
そんなわけでナイジー不憫。