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明るくなりかけた帰り道を、私は肩を落としながら歩いていた。時折立ち止まり、溜め息を吐いてはまた歩き出す。僅か10分の距離が、とてつもなく長く感じられた。
今日は全くついていない日だった。
棚卸しの際に商品は落としてしまうし、賞味期限切れの品物を下げ忘れて客に文句を言われた。終いには、お釣りを渡し間違えてしまい、店長に怒られてしまった。 普段温厚な店長なだけに、怒られたという事実は失敗したという事実よりもキツい。
私は泣きそうになりながらも、何とかその場は泣かずに最後まで仕事をした。
普段なら絶対にしない様な失敗を、1日に何度もしてしまうなんて。
原因は解っていた。あの青年の所為だ。
青年はいつもの様に、何事もなかったかの様に現れた。そしていつもの様にインスタント食品を籠に詰めると、レジへ持って来た。
私は何時も様に、商品のバーコードから値段を読み取り、ディスプレイに表示させていく。
青年の視線が注がれているのが解った。またあの黒ぶち眼鏡の奥から卑しい目を此方に向けているに違いない。私の一挙一動を観察し、間違えない様に見張っているのだろう。まるで、看守と囚人の様だ。
私は淡々と金額を告げると、品物を袋に詰め始めた。だが、青年は動こうとしない。
不審に思い、不意と顔を上げた。
そこには黒ぶち眼鏡の青年がいた。神経質そうに、中指で眼鏡を押しやっている。
だが、その視線の先は、私の手元ではなく、私の顔に、目に向けられていた。
ほんの一瞬、背筋に冷たい物が走った。
彼は、青年は何故此方を見ているのだろうか。探るような視線。深い漆黒の闇を感じさせる目。
ゾクリ、とまた背筋に冷たい物が走った。
まさか。まさか。
青年はもしかしたら昨日、私がインターフォンを押した時、玄関に居たのかもしれない。そしてインターフォンを必死に押す私の姿を、覗き穴からじっと見つめていたのではないだろうか。
そして青年はきっと知っているのだ。私が下の住人だという事を。下から突っついた事も。
だから青年が今、私に向けている視線は批難のものだろう。
ゴクン、と生唾を飲み込んだ。
何よ、悪いのはそっちじゃないの。あんな音を立てて。騒音以外の何物でもないわ。
私はキッと青年を睨み返してやった。
何を言われた訳ではなかったが、反論する気だった。貴方が悪い、と。煩い、と。
言葉が喉まで出かかった時だった。青年は私の目を見つめたまま、代金を差し出した。その口元にはうっすらと笑みが溢れている様に見て取れた。
何、こいつ……。
異様だった。何故、青年は笑っているのだろうか。
理由が解らないその異常な行動に、私の思考回路は正常な判断力を奪われたに違いない。お釣りを渡す手が微かに震えてしまったのも、その所為に違いない。
だから私は金額を間違えてしまったのだ。
目の前に見えて来たアパートに、私は一瞬、自室に戻るのを躊躇した。帰らない訳にはいかない。明日も仕事があるのだ。
しかし、またあの物音がしたら。
憂鬱な気分のまま、私はアパートの扉を開けた。