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私は、何処にでも居る様な、普通の女子大生だった。特に秀でた才能もなく、だからと言って勉強が出来ない訳ではない。大学内でも極々普通の平均的な位置に居た。だから周りと同じ様に、普通に就職して普通のOLになるのだとばかり思っていた。
だが、現実はそうではなかった。
周囲が続々と内定を貰う中、私は途方に暮れていた。特別高い給料を望んだ訳でもない。良い待遇を望んだ訳でもない。しかし、なかなか内定は貰えず、遂に就職先が決まる事はなかった。
深夜のコンビニでバイトしている私は、昼間にアパートで就寝する。昼夜逆転の生活が当たり前になってしまっていた。
独り暮らしをしている私には、お金の余裕はない。少しでも時給が高い所を探していたら、必然的に深夜のコンビニになったのだ。
学生の時はまだ良かった。両親からの仕送りと、多少のバイトで遊ぶ余裕もあった。しかし大学も卒業した今、いつまでも両親を頼る訳にはいかない。
両親には『無事就職した』と伝えてしまったからである。
見栄ではない。両親を心配させまいと思っての事だった。
「う…ん…」
寝返りを打つついでに枕元の時計を見る。時刻は19時過ぎ。
バイトは20時半からで、バイト先はアパートから歩いて10分の距離にある。シャワーを浴びて準備するには十分な時間だ。最近では目覚まし時計なしで起きられる様になってきた。生活が板に付いてきたからだろう。
溜め息を吐き、私の1日が始まる。
ドンッ
不意に音が響いた。
眉間に皺を寄せる。またか、と私はまた溜め息を吐いた。
学生時代は気付かなかったが、この時間になるといつも鳴る。酷い時は昼間も何度か鳴る時があった。
ドンッ、ドンッ、と、何かを落としたのか、足音なのかは解らなかったが、私には堪らなく不快だった。バイトばかりの日々で、神経質になっているのかも知れない。だから、少しの物音でも苛々としてしまうのだ。
私は取り敢えずシャワーを浴びてしまう事にした。
バイト中は特に忙しいと言う訳ではない。深夜だから当然なのだが、客も少ないのであまりやる事がないのだ。
適当に棚卸を済ませると、レジの中の奥に入って適当な雑誌を読む。ファッション雑誌を読んだって、虚しくなるだけなのだが。今の私には、新しい洋服を買う余裕なんてない。
また溜め息が漏れる。
私の人生、一体何なのだろうか、と。
ふと、ピンポンという音が鳴り響いた。自動ドアが開かれた音だ。こんな時間に誰だろうと無意識に時計を確認してからレジに立つ。
客は20代半ばの青年だった。服装は灰色のスエットとラフな出で立ちで、インスタント食品棚の辺りをウロウロしている。
早く決めてくれと苛々しながら、それでも顔に出すのは極力控え、青年がレジに来るのを待った。
青年が購入したのはインスタントラーメンにインスタント焼きそば、スナック菓子、菓子パンが数個、それに炭酸飲料水に肉まんだった。お世辞にも健康的とは言えない食生活が伺える。
黒ぶち眼鏡を神経質そうに人差し指で上げ、伏し目がちに此方の一挙一動を見つめている。
まるで見張られている気分だ。
そんなに見なくたって間違えたりしないわ。内心毒づくと、私は代金を受け取り、品物を渡す。
青年は無言でそれを受け取ると、そそくさと店を後にした。
帰宅したのは午前5時半頃。街が闇から光へと、ゆっくりと変貌を遂げる時間帯である。
約9時間。途中の休憩時間を除いても8時間は働いた。
肩凝りが酷い。私は湯船にゆっくりと浸かる事にした。食事は勿論コンビニ弁当で、賞味期限が過ぎた物を店長の許可を得て、無料で譲って貰っている。 コンビニの袋をテーブルに置くと、直ぐに湯船に湯をはった。ユニットバスの贅沢とは言えない造りではあったが、バスとトイレがあるだけでも幸せだ。
ドンッ
また音がした。まるで自分が帰って来るのを待ち構えていたかの様に。
私は苛々を抑えながら、湯船に入った。ゆっくりと浸かり、リラックスさえすれば音も然程気にならなくなるだろう。
私はきっとストレスが溜まっているだけなのだ。だから小さな事にも直ぐ苛々してしまう。
ドンッドンッ
今度は二度続けて音がした。
イラッとしたが、冷静さを取り戻そうと深く深呼吸する。湯船の湯気が体内に入り、入浴剤の香りが鼻腔に広がる。お気に入りの薔薇の香りだ。
目を瞑り、肩の凝りを解す様にゆっくりと首を回す。
少しだけ、凝りが取れた気がした。
入浴を終えると、食事の時間だ。朝の6時少し前。これが私の夕飯となる。テレビからは朝のニュースが流れていた。
「あ」
閃きと共に開けた口から、割り箸で運んだご飯がぼろりと溢れるのを慌てて押さえ、私は再度その閃きに思考を巡らせた。
今日来た客の事である。
灰色のスエット、黒ぶち眼鏡のあの青年。深夜2時。確か、昨日か一昨日かその前か。以前にも見た事があったのを思い出したのだ。
しかし顔がうろ覚えで、もしかしたら違う人物かも知れない。だが、あの伏し目がちに此方を伺う様な視線。不快感漂う雰囲気。
「うーん、ま、家が近かったら同じコンビニに何度も現れても不思議じゃないか」
つい独り言を口走り、自分の言葉に納得し、残りの弁当に取り掛かった。




