↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

『命の値段』

作者: のんのん
掲載日:2026/11/01

第一章 死神の仕事

「次の方、どうぞ」


薄暗い部屋の中央に、一人の老人が座っていた。


向かいに立つのは、黒いローブをまとった男。


死神である。


「あなたの寿命は、あと三日です」


老人は驚かなかった。


「そうか。ようやく迎えが来たか」


死神は淡々と帳簿に目を落とした。


「未練はありませんか?」


「あるとも」


老人は窓の外を見た。


そこには、小さな庭があった。


妻と二人で育てた花が、季節外れの花を咲かせている。


「もう一度だけ、妻に会いたかった」


「奥様は、十年前に亡くなっています」


「ああ、知っているよ」


老人は笑った。


「それでも、会いたいものは会いたいんだ」


死神は何も答えなかった。


これまで何千、何万という命を見送ってきた。


後悔する者。

泣き叫ぶ者。

怒り狂う者。


そして、何も言わずに死を受け入れる者。


老人は、そのどれでもなかった。


第二章 少女の願い

その日の夕暮れ。


死神は病院の一室を訪れた。


ベッドには、小さな少女が横たわっていた。


「あなたが死神さん?」


少女は目を輝かせた。


「そうだ」


「じゃあ、私を迎えに来たの?」


「そうだ」


少女は少し考えた後、尋ねた。


「お願いがあるの」


「何だ?」


「お母さんを泣かせないで」


死神は黙った。


少女の母親は、廊下で泣いていた。


まだ三十にも満たない女性だった。


娘の病気を治すため、仕事を辞め、財産を使い果たし、それでも奇跡を信じていた。


「私がいなくなったら、お母さん、一人ぼっちになっちゃう」


少女は笑顔を作った。


「だから、最後くらい笑っていてほしいの」


死神は初めて、帳簿を閉じた。


「お前は、まだ生きたいとは思わないのか?」


少女は窓の外を見つめた。


「思うよ」


小さな声だった。


「もっと生きたい。学校にも行きたいし、友達もほしい。大人になって、お母さんに旅行をプレゼントしたい」


少女の目から涙がこぼれた。


「でも、無理なんでしょう?」


死神は答えなかった。


答えられなかった。


第三章 死神の選択

死神には、一つだけ特別な権限があった。


それは、誰か一人の寿命を延ばす代わりに、別の誰かの寿命を差し出すこと。


しかし、その権限を使った死神は、二度と元の世界には戻れない。


死神は帳簿を開いた。


少女の残された寿命は、あと一日。


母親の寿命は、あと五十年。


そして、死神自身の寿命は存在しない。


死神は長い間、命に価値などないと思っていた。


生まれ、老い、死ぬ。


ただそれだけの繰り返し。


しかし、少女の言葉が胸に残っていた。


もっと生きたい。


その願いは、あまりにも当たり前で、あまりにも尊かった。


死神は少女の頭に手を置いた。


「一つ、約束しろ」


「なあに?」


「生きろ」


少女は目を丸くした。


「え?」


「明日も、明後日も。その先も。泣いてもいい。怒ってもいい。誰かを好きになってもいい。自分のために生きろ」


死神の身体が光に包まれた。


「お母さんのためだけではなく、お前自身のために」


その瞬間、帳簿から少女の名前が消えた。


代わりに、死神の名前が刻まれた。


最終章 命の値段

それから二十年が過ぎた。


かつての少女は、大人になっていた。


病気は奇跡的に回復し、今では小さな病院で看護師として働いている。


ある日、彼女は一人の老人を看取った。


老人は最期に、彼女の手を握った。


「ありがとう」


その言葉を聞いた瞬間、彼女はなぜか涙が止まらなくなった。


理由はわからない。


ただ、誰かに大切な命を託されたような気がした。


その夜。


病院の屋上に、一人の黒い服の男が立っていた。


彼女は振り返る。


「……誰ですか?」


男は微笑んだ。


「昔、君に約束をさせた男だ」


彼女は目を見開いた。


記憶の奥底に、あの日の光景がよみがえる。


「死神さん……?」


男は静かに頷いた。


「約束は守れたか?」


彼女は涙を浮かべながら笑った。


「はい。ちゃんと生きました」


「そうか」


男は満足そうに空を見上げた。


「ならば、私の選択は間違っていなかった」


「待ってください。あなたは……?」


男の姿は、夜の闇に溶けていった。


翌朝、彼女は病院の記録を調べた。


二十年前、自分の病気が突然治った日のこと。


そこには、不思議な記録が残されていた。


担当医の手書きのメモ。


『医学的説明不能。患者の容態が急激に回復。なお、同時刻、病院敷地内で身元不明の男性が死亡したとの記録あり』


彼女はその紙を胸に抱いた。


そして、窓の外に目を向けた。


今日も誰かが生まれ、誰かが死んでいく。


命に値段などない。


けれど、誰かの命を守るために、すべてを差し出す人がいる。


その想いだけは、決して消えない。


命とは、与えられるものではない。


誰かから受け取り、誰かへとつないでいくものなのだ。


――完。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。