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第一話 新卒っていつまでですか

人口増加によって過密状態にあるあの世とこの世。

もともとそこに住む妖怪や神々は住むところがなくなってしまう。

そこで作られたあの世とこの世の境目、「境回廊」

境目で暮らす人外たちと、管理係の人間たちの日常物語。

人間は愚かである。


 利益のために他の犠牲をためらわず、少し大きいだけの脳みそを武器に地球のトップだと言い張る。思いやる心がないから争い続ける。他の能力などなにもない、100年程度ですぐ死ぬ生き物だというのに。本当に愚かである。






「……以上!」




「それいつ考えたの?」




「昨日の夜読んだ絵巻に出てきた人間の心読んだ。」




「思想強い奴が絵巻にもいるんだな……。」




 僕の目の前で、彼は大きな声で演説をし始めた。彼を見上げるたびに首が痛くなるほど背の高い彼は、今日も当然のように頭上から話しかけてきた。威勢のいいときは二足歩行になるんだよね君。僕としては四足歩行のほうが、目線も合うし話しやすいんだけど。




「てなわけで、俺が現世にいって人間の心読みまくって、人間の愚かさを治してあげたいんすよ!だからさあ、お願いよ坊ちゃん。現世通行許可証、ちょーだい?」




 そうねだる彼に対して僕は彼を見上げて、ほほえんで目をじっと見つめる。そうして心の中でつぶやいた。




 (人間が愚かな証明にしては浅い。やり直し♡)




 すると彼は残念そうに「えー!」と文句を言った。




「前はこれで許可証でたじゃん!やだやだ現世行きたい!」


 


大きい体で地団駄を踏む。二足歩行にもこなれたもんだな。僕は彼の目をもう一度見て、にやりとした。




「覚くんが現世行きたいのって、現世の人間の心を読みたいからでしょ?人間が愚かとかたいそうな理由並べてるけど、かわいい姉ちゃんの心読んでワンチャン狙ってるだけ、でしょ?」




「お、う、いやあ…。」




 その考えは図星だったようで、心を読まれた彼は自信を無くしたように小さくなった。そうして用がなくなった彼、心を読める妖怪「覚」はしょぼしょぼと四足歩行で去っていった。






 隣にいた座敷童がくすくす笑っていた。着物の裾がほつれてる。覚の毛一本もらっとけばよかったな。猿の毛長いし、古参の妖怪の毛って使いやすいんだよなあ。




「さとり兄やん、いっつも現世に行きたがるね。」




 彼女はぱっつんに揃えられたおかっぱをさらさらと揺らす。梅模様の真っ赤な着物は新しく仕立てたものだった。それなのにほつれてる理由はきっと、蹴鞠の最中に転んだとか、そんなところだろう。




「覚くんねえ。いい子なんだけど、あんな理由じゃ現世には行かせられないな。」




 困っている僕に座敷童はお手玉を1つ手渡してきた。中の小豆がしゃりしゃりと鳴る。




「坊ちゃんも大変ねえ。新卒のくせに、ここの所属になるなんて。普通は地獄道で拷問の力仕事をするのが普通さね。」




「そうだよねえ…、そうですよねえ…。」




 かわいらしい見た目や声をしている割に大人びた話し方をするせいで、僕は徐々に敬語になる。妖怪は大体僕より年上だから、敬語のほうが正しいんだけど。


 僕を励ましながら、よっよっと上手にお手玉をしている。僕も手渡されたお手玉を、高く高く投げてみた。






 突然、ひゅうと風を切る音が聞こえ、僕はお手玉から目線をそらした。球体のなにかが上を飛び回っている。さらにひゅひゅう、っと風が鳴る。




「なんだろ、あれ。いってぇ!いたい…。」




 気を取られていると、高く舞い上がったお手玉は勢いを増して僕の頭に落下した。お手玉とは思えないほど固く、僕は痛みでしゃがんでしまった。




「それ中身、小豆洗いの小豆だからねえ。あんこにできないくらい固い豆を譲ってもらってんのさ。」




 座敷童はそう言ってくくくと笑っていた。元はいたずら好きの妖怪だから、僕が困っているところを見るのが好きなんだ。






「新卒つったって、そいつもうここ来て50年目だぞ!」




 気の強そうな女声が聞こえる。さっきの風の主だ。ひゅうひゅうと風を鳴らし、僕の目の前に降りてきた。降りてきたのは、生首だった。




「首だけで移動すんのダメって言ったでしょ!体移動すんの大変なんだよ、ろくろ姉さん。」




 妖怪ろくろ首。首が伸びる妖怪として有名だが、首が離れる個体も多い。ちなみに首が離れている間に体を隠されると、首は戻れずに死んでしまう。




「あたいは自分で戻れるから平気さ。ここに体隠すやつもいないしな。」




 同じ境遇の妖怪たちが集まるこの場所では、確かにそんなことをするやつはいない。でも掃除のとき邪魔なんだよ姉さん。一応、女性の体でも重いから…。もちろん言わないけれど。ろくろ首は僕でなく、座敷童に顔を向ける。




「それより座敷ぃ。こいつが新卒ってのは馬鹿にしすぎだろ。50年だぞ50年。人間だったらもうおっさんだ。」




「まあ、いいやない。ここで働く管理係で一番若いのはこいつさ。うちら妖怪が古すぎるだけなんさ。」




 おっさんという単語が心に刺さる。僕生きてたらもう中年なんだな……。




「僕、見た目は死んだときのままなんだから…。」




「おっさんが一人称僕でいいのか?」




「ろくろ姉さんそんなこと言わないよ!僕も傷つくよ!?」




 その様子をみて座敷童がくくくと笑う。僕がいじられているのがよほど好きなんだな。新卒だからか、僕の性格なのか、毎日このようにいじられる。信頼関係のたまものだろうか…。






 ゴーン、と鐘の音が聞こえた。手長足長が鳴らしてくれたようだ。






「坊ちゃん始業だぞ。今日はあたいと、現世通行の管理だ。」




 ろくろ首は急かすように、僕の周りをぐるぐると回る。




 そうだねとうなずき、僕は大きく息を吸う。




「じゃあ、境回廊きょうかいろう、本日の業務開始!」






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 ろくろ首と向かったのは、現世とここ、「境回廊」の境目である、関所だった。普段は現世に行きたい妖怪で行列ができるこの関所だが、今日の先頭は妖怪油すましだった。




 関所では、現世通行の理由確認と許可証の発行が通常業務だ。生首だけのろくろ首が理由を聞いて、生首だけじゃない僕が許可証を発行する。毎日様々な場所で業務をするが、基本的にこの業務は確認作業だけで、僕は好きだ。


 


 ろくろ首は仕事が理由を聞くだけでつまらないのか、くるくると縦回転をしている。ローリングろくろ。




「新卒の坊ちゃん、もうここは慣れたかい?」




「馬鹿にしないでよ、50年だよ!」




 いつのまにか朝の会話が知れ渡っていたようで、油すましにも笑われた。はっはっは、と大笑いされ、僕はふてくされた顔をした。しかし、爆笑中の油すましと縦回転中のろくろ首は一切僕を見ていなかった。






「それでぇ、油。今日はどうしたんだい?」




 ろくろ首が回転を止めて理由を聞く。油すましは思い出したかのように笑いをやめた。




「そうじゃそうじゃ。なんだか現世からの油の流通が悪くなっててのう。またオイルショックじゃないかと思って確認しようと思うんじゃ。」




 油すましは悩ましそうにうーむとうなずく。境回廊だけじゃなくて、現世の油まで管理しているのか。妖怪とは奥が深い。僕は、それなら許可証の発行が必要だねと、引き出しを開こうとした。






「油ぁ。それじゃ許可は出せないぞ。」




 突然ろくろ首が横回転をしだした。首を振ってるのか。わざわざ回らなくてもいいのに。油すましは納得いかないのか、「なんでじゃなんでじゃ。」と繰り返す。僕も納得していなかった。




「そうだよろくろ姉さん。いいじゃないか、妖怪としての尊厳にかかわるだろう。油すましは油が必要だろう?」






 ろくろ首はピタッと回転をやめ、ゆっくりと僕のほうを向いた。その顔は、先ほどの僕よりずっとふてくされ、いや、憤慨、と言ったほうが正しいか。




「あたいは坊ちゃんを買いかぶっていたようだ。こんな初歩的なこともしらないなんてな!50年で学んだことはなんだ!お手玉か!?もう一回説明してやるから、よく聞いとけ!」




「ええ~…、ごめんよ姉さん…。」




 急に叱責されるとは思ってなかった…。僕の隣で油すましも罰が悪そうな顔をしている。さらに勢いを増して回転するろくろ首を前に、僕たちは縮こまることしかできなかった。







「いいか、そもそもここがなんの場所か知っているのか?」




 ろくろ首の顔面が眼前に詰め寄ってくる。回転したままだから、風がひゅんひゅんひゅんと迫ってくる。後ずさりしながらも、僕はちゃんと答えた。




「知ってるよ。えっと、ここは『境回廊』で、妖怪とか神様とか、そういう者たちが住んでるところだよ。」




 そう答えたがろくろ首はなぜかまだ詰めよってくる。僕はどもりながら続きを答える。




「あー、もともとはみんな六道…あの世とか、現世に住んでる妖怪も多かったんだよね。でも人口増加であの世もこの世も人間であふれちゃって……。だから、ここ『境回廊』が作られて、みんなが住める場所を作った!!」




 どうだ!と僕は胸を張る。ろくろ首はふんっと目線を外した。なんとか答えられたと、僕は胸をなでおろした。






 ろくろ首は回転をやめて、僕を見つめなおした。


「そう、だから人口が増えた現世にも、妖怪らは自由に行けなくなってんだ。行くには許可が必要さ。」




「わかってるよ。でも、油すましの理由は至極真っ当なものでしょ?妖怪の生活に必要な行動は許可できるじゃないか。」






 そこで僕は気づいた。油すましがいつのまにかいなくなっている。さっきまでそこにいたのに。僕は不思議に思ってろくろ首を見た。ろくろ首は僕の顔を見て、大きなため息をついた。




「…坊ちゃん、妖怪の勉強が足りてないよ。あんた油すましはどんな妖怪か、しってるか?」




 そう問われて僕はうまく答えられなかった。油に関係する妖怪じゃないのか?だって油すましって名前じゃないか。僕が困っているのをみて、ろくろ首はまた横回転をした。




「油すましっつうのは、現世の人間が油すましの話をしたときに『ここにいるぞ!』って、人間を脅かす妖怪さ。おしゃべりなやつに寄っていきやすい。」




「え、そうなの?油をなめるとか、管理するとか、そういうのは?」




「そんなのもいるさ。でも基本的に、人間に認知されることで妖怪として生きることができる、まあ妖怪の性質として一番ありがちなもんさ。脅かすのが生きがいなのだよ。そんで…。」






 ろくろ首は横回転の勢いをあげて、ひゅうっと僕の目の前をかすめていった。僕が目で追いかけると、こっそり行列を抜け出して帰ろうとしていた油すましが、ろくろ首に叱られているのが見えた。油すましはさらに縮こまり、関所へいそいそと戻ってきた。




「あのう、人間驚かしたいんでなあ、現世行きたいんじゃ。許可証くれるかのう。」




 ひどく居心地が悪そうに許可をねだってきた。なんだか可哀想だ。いなくなる前の申し訳なさそうな顔は、嘘がばれることを危惧してた顔だったのか。




「最初っからそう言いな!ったく、無駄に名前で見栄を張るんじゃないよ!」




「すまんのう。」




 僕は引き出しから許可証を出し、「油すまし、通行許可」と記して渡した。ぺこぺこしながら現世へと彼は向かっていった。






「坊ちゃんはやっぱり、まだまだ新卒なんだなあ。」




 ろくろ首に横目でにらまれる。僕は申し訳なさそうにうつむく。




「すいません。50年目社員、頑張ります…。」






◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆






 その後、業務に滞りはなく、一日はあっという間に過ぎた。




「あ~疲れた。新卒坊ちゃんの教育疲れた~。」




「ろくろ姉さんやめてよ…。」




 くそう、と思いつつも勉強不足を反省する。とぼとぼと業務から帰宅すると、座敷童が駆け寄ってきてくれた。僕はただいまと言ったが、彼女がかぶせてきた言葉で誰にも聞こえなかった。




「坊ちゃん、あれ手伝って。蹴鞠してたら上に飛ばしちゃったのよ。電灯の上にのっかったの。」




 僕は彼女が指さす方向を向いた。電灯は、僕の身長の数倍の高さだ。覚のように大きい妖怪もたくさんいるからだ。たしかに電灯の上に、黒く丸い影が見える。




「座敷ちゃん、僕あれとどかないよ。ろくろ姉さんに頼んで。」




 そういって後ろにいるろくろ姉さんを呼ぼうとした。いない。もしかしてもう取りに行ってくれたのか、と思ったのもつかの間、彼女はローリングしながら僕に突撃してきたのだ。




「姉さんなにすんの!?痛いよ!」




「50年目なら自分でどうにかしな!あたいは体に帰るからな!」




 わはは、とわらってひゅうと飛んで行ってしまった。僕は唖然としてしまい、隣では座敷童がくくくと笑っている。






「じゃあ50年目の坊ちゃん、お願いしようかしら。」




「勘弁してよ座敷ちゃんまで…。」






 あははと遠くで笑うろくろ首の声が聞こえる。聞こえてんぞ!!くそ、悔しい。座敷童もまだ笑っている。悔しさをあらわにしていたが、だんだんつられて、僕も笑ってしまった。






 新卒の僕と妖怪たちとの日常は、50年前からいつも変わらない。

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