不思議な不思議な鴉
「特別養護老人ホーム鴉の巣」
「ねえねえ、おばあちゃん、今日もお話して。不思議な不思議なかき氷のお話も好きだけど、不思議な不思議な鴉のお話がいい。」
おばあちゃんはいつものように、ニコニコしながら昔話をしてくれた。
「たろうちゃんは、鴉のお話がほんと好きだね。むかあーしむかしのお話だよ。たろうちゃんが生まれたここらへんは、悪い狼がたくさんたくさんいてね。村人たちをいつも困らせていたんだよ。」
「くそ~またやられた。一生懸命に育てた大切な野菜を食べられた。狼のやつめ~」
「あんたのところもかい?わたしんとこもだよ。」
「ただでさえ不作だっていうのに・・・。」
村人たちは口々に言っていた。
その村におばあちゃんと一緒に暮らす一人の女の子がいた。ある日そのおばあちゃんが病で倒れてしまった。女の子はおばあちゃんに栄養のあるものを食べさせようとして必死で野菜を育てていた。
だいこん、にんじん、かぼちゃ、じゃがいも。やっとの事で大きくなった。しかし、その野菜をほとんど狼に食べられてしまった。
そして、今度は果物を大切に育てた。毎日毎日水をあげて、美味しそうな真っ赤ないちごが育った。しかし、収穫しようとした朝にほとんど狼に食べられていた。
女の子はとても悲しくて泣いた。食い荒らされた苺を見て泣きじゃくった。そして、少しだけ残っていた苺をおばあちゃんに持っていった。
「おばあちゃん、ごめんなさい。これだけしか獲れなくて・・・。」
「私はいいから、あんたが全部食べなさい。」
おばあちゃんは優しい笑顔で言った。
そんなある日、女の子はある旅人から村の外れにある山の伝説を聞いた。その山にいるという伝説の鴉を見つければ何でも願いが叶うと言う。女の子は一人その山へ登っていった。その山は女の子にはとてもとても険しい山だった。それでも女の子は諦めなかった。
(おばあちゃんの病を治してあげたい)
それだけが女の子を何度も奮い立たせた。
ちょうどその頃、おばあちゃんは女の子がいつまでたっても帰って来ない為、村の人に捜索を頼んでいた。しかし皆で探せど、いつまでたっても見つからなかった。
女の子は山を必死で登った。どこまでいっても険しい山道だった。それでも頂上を目指して歩いた。ただただひたすら歩いた。
しかし、途中で女の子は足をくじいてしまった。と、その時、周りにはいつの間にか殺気だった狼の群れがいた。
女の子はたくさんの狼に囲まれた。女の子は怖くて怖くてあまりの恐さに泣く事も出来なかった。狼はとてもお腹をすかせていたのか、よだれを垂らしながら女の子にじりじりと近寄って来た。そして物凄い速さで襲い掛かってきた。狼の大きな口が女の子の頭を飲み込もうとした時・・・一羽の鴉が狼の目をくりぬいた。それを見て狼たちは一斉に逃げていった。
その少し前
女の子が見つからない為に、おばあちゃんは心配で心配でいてもたってもいられなかった。おばあちゃんは、ふと、古くからこの土地に伝わる伝説を思い出した。遠い遠い昔。願いを叶えてくれる鴉がいるという山。おばあちゃんは、病の体で必死に山を登った。息がすぐ切れて、今にも心臓が止まりそうなくらいしんどかったが、それでも休まずにとにかく歩いた。
そしてどれくらい歩いたかわからない時、目の前に大きな鴉を見つけた。おばあちゃんはすぐに大きな声で
「鴉様、鴉様。どうか私のたった一人の大事な大事な孫を助けてください。」
と頼んだ。
するとその鴉は大きな翼を広げて飛んでいった。おばあちゃんはその後を追いかけた。
狼は逃げ、女の子は奇跡的に助かった。鴉はゆっくりと優雅に羽ばたいてさっていった。女の子はただ座っていた。と、そこへおばあちゃんが現れた。女の子はおばあちゃんを見ると大きな声で泣いた。おばあちゃんも泣きながら女の子と抱き合った。そして
「鴉様、鴉様。本当にありがとうございます。」
と何度も言った。
その後おばあちゃんは無理をしたため亡くなってしまったが、女の子は命の恩人である鴉の事を村人たちに話て、祀ってもらった。
すると不思議な事に狼たちの数が減っていった。村人たちは、鴉様のおかげとし、毎年崇めるようになった。
その山は、烏山と呼ばれた。そこには、願いを叶える伝説の鴉が棲んでいるという。
おしまい。
「だからこの辺は烏山っていうの?」
「そうじゃよ。」
「僕も大きくなったら鴉みたいに強くなりたいな。そしておばあちゃんを守ってあげるよ。」
「ありがとう。たろうちゃんならきっとなれるよ。」
おばあちゃんは、頭を優しく撫でながら言った。
男の勤めている所は、福音福祉会グループ特別養護老人ホーム「鴉の巣」。入居者数一〇〇名(内ショートステイ二〇名)施設長一名 ケアマネージャー一名 管理栄養士一名 看護師二名(パート二名)調理師五名 事務員二名 生活相談員二名 介護職員約五〇名 介護職パート約一五名である。 主な業務は食事介助、更衣介助、入浴、排泄介助など。
介護老人福祉施設の特別養護老人ホーム。通称特養。それは何が特別なのか、よくわからない、別に名前なんてものは結局、おかざりだろう。実際は、ただの老人ホームとなんら変わらない。法律的な定義は細かくいろいろあるのだろうが、六五歳以上の者であって、身体上または精神上著しい障害があるため常時の介護を必要とする者(いわゆる寝たきり老人等)であって、居宅において適切な介護を受けることが困難な者を入所させる施設のことである。
様々な、施設があるがどれも似たりよったりだ。基本的な違いは、大きくわけると国からの補助がある社会福祉法人や医療法人と、民間企業などが行う老人ホームに分けられるのだろう。
厳密には全然違うのだろうが、はっきりいって、ややこしい。まあ、利用する者や、介護者にとってはどれも同じような認識だろう。似ているのが、介護老人保健施設。通称老健。老人福祉法によって形成されている特養と、介護保険法によって形成されている老健。そもそも法律自体が違うという。
そして、老健は、介護保険が収入源になるため、健康保険法で介護保険法による給付が受けられるときは、健康保険を使えないのである。つまり、入所者の薬、注射、点滴、体調不良などで病院を受診したときのレントゲンや血液検査など、薬にかかる費用は、医療保険が使えないので、原則としてほぼ全額施設が払う事になる。当然ながら老健を存続させるためには、高額になる抗がん剤などは払いたくない。出来るだけ最低限の薬価が安い治療をしないと潰れてしまうので、入所出来る人を厳しく厳選しているそうだ。そして、ちょっとでも高額な治療がかかるとなれば問答無用とはまではいかないだろうが、速やかな退所となる。
なんでそんなややこしいのか、アホの国のやることはわからん。まあ、大人の事情というか、複雑なのだろうが。
特養は一言でいえば、終の棲家。死ぬまで出られない(もちろん途中でで解約可能だが、一度入ったらほとんど出ない。そして問題行動や医療的処置などがない限りは施設からも退所にはしないだろう。)施設である。そして、老健の名目は、リハビリ施設だ。病院を退院してすぐに在宅復帰というのは難しいから、とりあえず専門家がいるところでってやつだ。
一応リハビリ(理学療法士や作業療法士がいる)などが充実しているみたいだが、本当に効果があるかは定かではない。三ヶ月を目処に在宅へ追い出されるが、実際は、「そんな帰ってきても困る。」「全然前と変わってない、むしろ悪くなっとるじゃないか。」というケースがほとんどである。
結局、特養に入れなかった人の一時的な避難場所になっているのが現状だ。そして、騙し騙し、提携の病院と口裏を合わせ、三ヶ月になる前に入院させ、また、戻して三ヶ月になる前に入退院を繰り返している。
名目だけ、在宅復帰というだけで実際に在宅に帰っている人は一%にも満たないだろう。
実際に帰されても迷惑なだけ。それが家族の本音だ。
特養「鴉の巣」は、まだ新しくユニット型という施設である。まあ、今風にカッコよくいっているが、結局施設は施設なのだが・・・。
ようは、全部の部屋が個室である。そして、その個室が十部屋ぐらいで、一つの集落、ユニットとする考え方だ。これから出来る施設はみんなこういう形になるそうだ。
今までのような、大部屋(四人など)は作らないとか。確かに、個室ならプライバシーも保てる(まあ、保ちやすいかは疑問だが。基本的に鍵なんてないのだから。)だろうし、いい事づくめのような気もするが、実際は、居室費用が高かったり 場所がなかったりと問題もあるだろう。
国は、介護保険制度を変えて、食費、居室などは実費で払わせるようにした。介護保険が崩壊するからである。とにかく何も考えていない保険制度だ。
朝六時四〇分。ここから男の一日が始まる。施設の裏口から暗証番号を押して入る。(三、七、五、六)みなごくろう・・・どんだけ上から目線なのか。施設は今の時間は施錠されているが、八時半から二一時までは玄関の施錠はない。つまり誰でも出入りが出来るということである。一応面会票というのが形だけあるが、事務所の人間もそこまで把握できるわけがなく、形だけである。本当は、入居者の面会有無をとっており(ここに入っているのを隠していたり、何らかの理由で家族以外の面会を拒否したりなど)プライバシーを保護しているのだが、結局形だけ面会票に書けば、(書かなくても見てないので入れるが)確認なんてしずに誰でも入れる。毎日面会に来る人などは、たまったものじゃないだろうが、一応規則ってやつだろう。中には、面会者、面会者との関係、自分の名前を書いたものをコピーして入れるだけという人もいる。ほぼ、毎日来ているのだから顔パスでもいいものだが。
新しいを謳い文句にしているだけあって、エレベーターにも鍵が付いていない。多くの施設は玄関と、エレベーターなどに暗証番号などがあるが、うちの施設はそれが2つともない。牢獄じゃないのだから鍵をつける必要がないとい立派な理由である。
しかし、それによりもちろん弊害が起こる。認知症の人が一人で出て行くからである。認知症は一昔前の痴呆症。差別用語にあたるからとかで、いきなり国が換えた。統合失調症とかもそうである。精神分裂病というのがよくないからとか。痴呆も、呆けるみたいで悪い。認知できないから認知症にしようってぐらいだろう。もちろん、それで差別がなくなるのならいいが言葉だけ換えて満足している感じがどうしてもある。
認知症とはこれだけテレビなどで話題になり、知らない人はいないくらい国民的な病気だが、やはり目の当たりにしないとなかなか理解できない病気だろう。歳をとれば誰でも物忘れなど多くなるが、認知症は少し異なり、例えば何を食べたか思い出せないのではなく、食べたことすら忘れているという状態である。つまり、朝ご飯を食べたにもかかわらず、それを忘れているので「まだ食べてない」となる。そして、食べましたよと説明してもその説明すら忘れ何度も「まだ食べてない」と言う。本人からすれば、食べた記憶がないのだから、食べていないという事実である。だからこそ、何度も何度も訴える。そして、この人はご飯もくれないという結論になる。
介護する側は、最初は丁寧に「もう食べましたよ」と説明するがそれが病気で無駄だとわかっていても、繰り返し説明する。そしてついにイライラして流石に手は出さないが「食べたっていってるでしょ!何回言えばわかるの!」となるパターンが多いだろう。
認知症をいくら勉強しても、病気の本人ではないのだから、その気持ちはわかりづらい。わかったつもりにはなれるだろうが、人間同士だからこそ、感情的になってしまう。虐待がおこるのもそういう理由からだろう。
そんな認知症の人たちが住んでいる施設に鍵がないと自分で勝手に出て行ってしまうのは当然である。じゃあ鍵をかけたほうがいいのか?と言われると、確かに安全性は確保されるが、犯罪者や動物じゃないのだからよくないっていう意見だろう。したがって最近の施設には鍵がないのである。だが、鍵がないのだから当然無届外出が出る。通称「無外」である。
施設に預けていたのだから、施設の責任であるから必死になって捜索する。これが起こると問答無用の全員総出である。流石に休みの人までは借り出される事はないが、厨房の人から掃除の人まで施設にいる人全員対応である。
もしも、入居者さんに何かあったら、それこそ新聞沙汰であるから施設長も必死だ。そのまま、自分の責任になるのだ。うちの施設はグループで、他にもデイサービスやグループホームなどをいくつも持っている。所詮は雇われ施設長であるから、簡単に左遷される。減給も当たり前だろう。だからなんとしても、最悪の事態だけは避けたいのである。もちろん、誰だってそうだろうが。卑怯と罵っては可愛そうである。・・・とはいえ、出来るだけ事を大きくしたくないので、警察への捜査願いはぎりぎりまでしない。なんとか内輪で穏便に解決したいというのが本音だろう。
鴉の巣でも、一年に一度か二度ほどの確率で無外が発生している。他の系列の施設で無外があったときでも、強制捜査要請がかかる。近いといっても車で二〇分以上離れているが、とにかく捜索にかりだされる。まさに「悪魔の無外」である。誰一人として得をしない、有害以外のなにものでもない。もちろん、本人からしたら、わざと皆に迷惑をかけるためとかではなく、こんな自由のない嫌な所からの脱出、脱走なのかもしれないが。悪気がない分責めようもないだろう。
無外が出ると手の空いている者や、勤務が終わった者から二人一組で行けといわれる。断れるわけなく、ほぼ強制だ。完全に業務命令だが、サービス残業である。車がある人は車で捜索する。その人の特徴などを聞いて行くのだが、歩けるほどの人なのだから、かなりしっかりしているだろう。写真がある場合は指名手配犯のように拡大され皆に配られる。施設長は、周辺の地図を持って来てペンで丸をつけてローラー作戦である。事務所が一気に捜査本部になる。
街にいる人、全て怪しく思える。内心みんな「こんなこと無駄なだけだ」「見つかるわけがない」と思いながらも必死に探す振りをする。もちろん、男もその一人である。たいていは、家に帰っていたとか、近所の人が見つけてくれて警察に連絡し家族から施設に連絡とかで解決する。倒れていて発見されたという例もある。中には、タクシーで一時間程かけて家に帰ったというツワモノもいた。やはり、多くの人が、何が何でも家に帰りたいのだろう。
そんな風に見つかるなかで、奇跡的にも発見した職員がいた。まさにたまたま運よくである。そんな職員には、表彰され、理事長から金一封が出たのは言うまでもない。しかしながら、ほとんどの場合は無駄足になるのだから、管理できないのなら、やはり「鍵つけろよ」というのが皆の本音だろう。
新人のころは、他の施設の捜索によく借りだされた。二時間近く探し、どこかで見つかりやっと終わったかと思ったら、わざわざ、無外があった施設まで車で行き、お礼を受ける。「お茶でも飲んでってください」いやいや、別にいりませんから・・・そんなことより「早く帰せよ!」というのが皆の本音だ。もちろん誰一人そんな事を口に出来る奴などいない。上司の手前皆が、ありがたそうにお茶を飲みやっとのことで解散である。一切の残業手当も出ずに、ほんと迷惑なだけだ。交通費のみは、一キロ二〇円で出たが。
もちろん、困ったときはお互い様というのはわかるが、鍵をつけないというリスクが分かっているのだから、そこは業務としてちゃんと賃金を払うべきである。
これだけ世間ではコンプライアンスが叫ばれているが、ここの施設では「そんなの関係ねえ!オッパピーー!」と言っているような残念な施設である。




