エピローグ 黄色い瞳の奥の業火
——今宵は新月。
空は晴れているが月はなく、燦然と煌めく星々の明かりも、この濃霧が立ち込めた古城まではほとんど届かない。
この一帯だけ、淀んだ闇のヴェールにつ疲れているかのようだ。
だが、夜目が効く彼らには、この暗闇は全く障害にならない。
いやむしろ、月明かりでさえ煩わしい。彼らにとっては清浄な光はそのすべてが忌むべき対象なのだから。
おおよそ人が立ち入ることがない闇の大地の奥深く、年中霧で薄暗く、初夏でも肌寒い湿地の中央に、その古城はあった。
「何をしに来た」
微塵も隠す気のない憤りが込められた声が、石造りの建物に響く。
「参謀気取りが用心棒を連れて、俺の首でも取りに来たか」
「そう邪険にされますな。なに、いよいよ目前となった念願成就の前に皆さんに会って回っているんですよ。……ついでにちょっとした報告と、それから忠告をしにね」
闇の中には、三つの人影があった。
否、人影とは言っても、そのどれもが正確には『人』ではない。
人に似た姿を持ちながら決して人とは相容れぬ闇の者。
最初に声を発したのは、最弱の妖魔とされる小鬼。
ただし、その体格は通常の小鬼のそれより大分大きい。
そして次にそれに答えたのは、人並み外れた美貌の持ち主だった。
長い耳、灰色のストレートの長髪、病的に青白い肌。
妖精だ。
その隣には、黒衣に全身を包んだ不気味な人影が、無言で佇んでいる。
この暗闇の中でさらに闇色のフードを目深に被っているので、顔も表情もうかがうことはできない。
「報告と……忠告だと?」
ゴブリンが嫌悪感をあらわにする。
驚くべきことに、先ほどから彼らが用いているのは、人語だ。
「おやおや、あんまり長居すると、斬られてしまいそうな空気ですね。ご機嫌も良くないようなので、手短にしましょうかね」
美貌の人物は歪んだ笑みを浮かべながら、老人のようなしわがれた声で答えた。
隣に立つ黒いローブを纏った妖魔の、フードの奥の黄色い目が妖しく光る。
「貴方の一族があのお方の復活に多大な貢献をしたのは確かです。ですが、貴方の魔剣の入手失敗は痛かった。これにはお優しい【王】も痛くご気分を害しておいでですよ」
「……!」
その闇に堕ちた妖精の言葉に、小鬼の肩がピクリと反応する。
「……でもご心配なく。貴方が回収するはずだった破滅の魔剣はあの通称【魔王】なる者に横取りされましたが、代わりとなる伝説級の魔剣を、私があのお方へ献上しましたから。——そう、『魔剣グラム』をね」
「グラム?グラムだと!?あの伝説の大剣のことか!」
ゴブリンが驚愕の声を上げる。
「いかにも。……まあ、貴方が逃した『ダーインスレイヴ』ほどではないですがね」
「……ぐっ」
小鬼は一瞬言葉に詰まる。
だがその後で、誰にともなく呟いた。
「この短期間に、伝説級の魔剣が二振りも、だと……」
「……すでに二つ目の『扉』が開かれました。もはや、貴方たちだけではない。貴方のように力を手にする者たちが、もう間もなく現れることでしょうからな」
「……何が言いたい?」
「次のフェーズに移行する、ということですよ。貴方のライバルになり得る大物が、これから次々と生まれていく。今までの貴方の地位も、盤石ではなくなると言うことです」
小鬼の王がその凶悪な黄色い瞳を見開き、灰色の髪の妖魔を静かに睨む。
「……この辺りで、そろそろ貴方も手柄を立てておいた方がよろしいのでは?特に、こう言っては何ですが、貴方が預かる部隊は、三百年前のあのとき、封印の対象にもならなかった——」
——ガィンッ!!!
激しい金属音が、夜の静かな森に鳴り響いた。
ゴブリンが、一八〇センチ近くあるその体躯とほぼ同等の刀身を持つ巨剣を、灰色の髪の妖精に振り下ろしていた。
だが、その超重量の一撃は、目標に届く前に止まっている。
黒衣を纏うもう一体の妖魔が、手にした広刃剣でその斬撃を受け止めていたからだ。
血で作られたかのように赤く禍々しい剣だった。
「おっと、これは失礼。ここで貴方と争う気はないのですよ。我々は同じ主に仕える同志。復活なされる前に我々がいがみ合っていては、あの方も悲しむと言うものです。お互い協力しなくてはね。それに、あのお方も今はまだ、貴方を高く買っていらっしゃるのですよ。何せ忌々しい封印の解除は、貴方の働きのおかげですからね。……最後の『扉』も、どうかよろしくお願いしますね」
灰色髪の妖精は慇懃に頭を下げると、やんわりと黒衣の妖魔を制した。
「……黙れ。貴様などに言われなくとも、封印はこの俺が解く。必ずな」
ゴブリンは吐き捨てるように言うと、巨剣の柄から手を離す。
「それは心強い。……では私たちはそろそろ退散しましょうかね。——これ以上、妖鬼軍軍団長殿のお怒りを買わないように」
闇に堕ちた妖精は、黒衣の妖魔に合図を送ると、踵を返して暗闇の中へ去っていく。
「……新参者風情が」
闇に消えて行く二人の背を忌々しそうに睨みながら、ゴブリンは呟いた。
——やつらと我らとは違う。
やつらなど、所詮は浅ましい欲望の果てに自ら望んでその身を妖魔に変えた者どもだ。
我らのように、血が滾るほどの【王】への忠誠心があるのかすら疑わしい。
腹の底で何を考えているのかも分からない。
信用などできるわけがない。
「兄者」
ゴブリンは濃い霧に阻まれて星すら見えない空を見上げた。
「あなたの無念は、このおれが必ず晴らす」
その妖魔特有の眼は黄色く光っていたが、その瞳の奥には燃え盛る紅蓮の業火が揺らめいていた。
Epsode2 fin.
これで第二部完結です!
お読みいただきまして、ほんとうにありがとうございました!
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とてもとても嬉しいです><
アリス君たちの冒険はまだまだ続きます。
第三部も近日中に開始できたらと思っています。
また第一部を読んでいない方も、
もしご興味がありましたら、第一部のほうも見てみていただけるとさらに嬉しいです!
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