94.残光
「——ここ最近どうにも『妖魔』って言葉が頭の片隅に引っ掛かるってのは確かでね。別に雑魚がちょっと増えたくらいじゃあ、大して脅威でもない筈なんだが……なーんか大事なことを忘れてるような」
「……お前もか」
ベルトランが腕を組みながら釈然としない顔をすると、クロードも眉を顰めた。
「ああ?クロさんも?そう、なんかモヤモヤするんだよね」
ベルトランはソファの背もたれにだらしなく身を預け、しばし考えこむような仕草をするが——すぐに諦めたようだった。
「……まあ、そのうち分かるっしょ。俺馬鹿なんで、無理して考えようとすると眠くなる質なんでね」
詰まらなさそうにもう一度肩を竦め、そしてふと、
「——そんなことよりさ。七番隊のガキどもが、サンダリアンで聖者たちにカチコミしたんだって?」
話題を変える。
「お前、情報早いな」
「“カチコミ”じゃない、コロッセオの試合だ」
クロードとギルバートが同時に答えた。
「俺のサボ友ネットワークを舐めちゃいけないぜ」
「サボ友?」
クロードが首を傾げると、
「サボり友達」
「ちゃんと仕事しろ」
ギルバートが呆れた顔をする。
「なんだ、要するに情報源はオルフェか」
「正解~」
ベルトランはクロードにそう答えてから、
「聖者ってことは、あの超絶美人のモニカとミレイユに生で会えるってことでしょ?ククルちゃんもあと何年かすりゃあ、いい女になるだろうし……ちぇっ。あのガキ、羨ましいぜ。それでなくても美少女に囲まれてるくせに」
「……お前がそんなじゃなかったら、皇女殿下の護衛は序列的にもお前に任せてたんだがな」
「そんなって何よ?酷いなぁギルさん……あ、そうだ。可愛い後輩がお世話になったわけだし、先輩として俺が挨拶に行ってきましょうかね?」
おどけた顔のベルトランに、
「やめてくれ。お前が行くといろいろややこしくなる」
クロードが苦笑する。
「それでなくとも、あちら側もまた別の意味できな臭いしな」
「ああ、お家騒動ですかね。……まったく、皇族ってやつも大変だねぇ」
「だから行儀の悪い奴は行かせられん。お前、因縁を付けられそうだからな」
そう言ってから、クロードは「もう行ってよし」と付け加えた。
「クロードさんも酷えこと言うねぇ。……ま、面倒事は避けられるなら俺は別にいいけどね。今のガキどもは結構優秀だし、俺がいなくても大概の事は大丈夫っしょ」
よいしょ、と言いながら、ベルトランは椅子から立ち上がる。
クロードは「ああ」と言ってから、
「いざという時は頼りにしているからな」
「アイアイサー」
軽い調子で返してから、ベルトランは背を向けて扉に向かう。
「それから、非番の時以外は常に正装しろ」
クロードが最後にそう声を掛けると、ベルトランは振り返って少しだけ不満げな顔をする。
「……クロードさんも知ってるでしょ。俺のチンケな魔力はほら、鎧の影響受けやすいんで」
「〈星芒騎士〉の鎧は、個々人の魔力特性に合わせて仕立てられているはずだが?」
すかさずギルバートが指摘する。
「んじゃあ、アレだ。ギルさん風に言うなら、俺ぁそろそろ死ぬ時なのかもね」
「もしそうなら、お前はここ七年ずっと死にかけてることになるな」
クロードが笑う。
「はは、そうかもしんねえすね」
「縁起でもないこと言うな、二人とも」
ギルバートの小言に、ベルトランは悪びれた様子もなく肩を竦めて見せる。
「てか、肩凝るし」
「我慢しろ。下の者に示しがつかんだろう」
ギルバートが溜め息交じりに言うと、
「へいへい」
手をひらひら振りながら、ベルトランは団長室から出ていく。
「全く。相変わらずだな、あいつは」
ギルバートがやれやれと言った顔で旧友を見る。
「だけど、実力はトップレベルだぜ」
クロードは笑って答える。
「ああ、分かっている。あれでも二番隊隊長だからな」
ギルバートが頷く。
「……そして強者揃いの隊長たちの中でも唯一、あのルシアに匹敵する実力者」
クロードも頷き返す。そして続けた。
「そう。あまりの疾さに目で追うこともできず、ただすべてが終わった後で光剣の軌跡だけが残るという——」
「——【残光】のベルトラン、か」
真顔でもう一度頷いてから、クロードの顔がふと曇る。
「……それにしても二番隊といい三番隊といい、どうしてこう、ウチの隊長どもは実力があっても問題児が多いのかね。困ったもんだぜ、ふう」
大袈裟に溜め息をつく。
(……団長も含めてな)
ギルバートも心の中で溜め息をついた。




