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93.不満分子はそこら中に燻っている

「俺をお呼びで?……クロさん、ギルさん」


 男は部屋に入ると、煙草を片手に軽い調子で二人の人物に声を掛けた。


 ここはナディア王宮に併設された兵舎の中。

 〈星芒騎士団(スターナイツ)〉団長・クロードの執務室だ。


 広い室内には、いつも通り、団長のクロードと副団長のギルバートがいる。


「ここは禁煙だ。煙草は消してから部屋に入れ」


 ギルバートが呆れた顔で言う。


「相変わらず固いね、ギルさんは」


 男は腰の小さなポーチから携帯灰皿をとり出すと、煙草の火を消してその中に詰め込んだ。


「お前は相変わらず軽いな、ベルトラン」


「つーか執務室でそれ、重くないすか?どうせ二人とも最近はデスクワークしかしてないっしょ」


 男はクロードの執務机の前に設置されたテーブルの周りに並べられた椅子の一つに勝手に腰掛けると、脚を組んだ。


「これが我々の正装で、勤務中は常に正装でいるのが決まりだ。……それに騎士が鎧を重いと感じるのは死ぬときだけだぞ」


 ギルバートはさらに呆れた目で男を睨む。

 だが、言葉と仕草とは裏腹に、その表情は僅かに和らいだ。


 ベルトランと呼ばれた男は、カールがかかった茶色の長髪に、同じく茶色の瞳をしていた。

 腰にはクロードやギルバートと同じ魔導銀(ミスリル)製の細剣(レイピア)を帯びているが、鎧も蒼色のマントも身に着けてはおらず、やや着崩した白いブラウスに茶色のベスト、そして同系色のズボンという、ラフな服装だ。


 ギルバートほどではないにせよ背は高く、恐らくクロードと同じくらいだろう。


 がっしりとしたクロードと比較するとやや細身ではある。

 とは言っても、はだけたシャツの胸元からは鍛え上げられたしなやかな筋肉がうかがえた。


 それなりに整った男前な顔立ちだが、服装や態度からやや軽薄な印象もある。


「ほんと、お前は変わんないな」


 ベルトランの姿を見て、クロードは笑いながらギルバートと同じようなことを言った。


「最近の若い連中がしっかりしてるんで良いでしょ。俺くらい」


 無精ひげの生えた顎を指でポリポリと掻きながら、ベルトランは肩を竦めた。


「で、俺と違って忙しいお二人が、俺にどんな御用で?」


 その言葉にクロードは少しだけ苦笑すると、すぐに真顔になって机に両肘をつき、手を組んだ。


「……実はな、ゴブリンロードの一件で拘束していたエクレウスという男が、一昨日の夜に地下牢で死んだんだ」


「エクレウスって……ああ、裏で〈漆黒の牙〉とかって盗賊団の首領をやってたっていう、カペラの騎士のことですかい?」


「そうだ。……元騎士だがな」


 ベルトランの問いに、ギルバートが頷く。


 エクレウスは重罪を犯し、すでに騎士の称号と地位は剥奪されている。


「城内で“殺し”ってことですかい?そいつは穏やかじゃないねえ」


「いや、まだ殺されたかどうかは分からん」


 クロードが首を振り、ギルバートが後を続ける。


「宮廷魔導士たちの調査では、死因は心臓麻痺と言う話だ。守衛も他の牢にいた者も、誰一人彼が死んだことに朝まで気づかなかったらしい」


「そんな簡単に、心臓って麻痺するもんですかね」


「何とも言えないが……」


 ギルバートは、当たり前のようにポーチから新しい煙草をとり出したベルトランを目で制してから、話を続ける。


「もともと極刑は免れない身だった。守衛の話でも獄中で延々と訳の分からんことをぶつぶつ言っていたと言うし、極度のストレスが誘因した可能性もないとは言い切れん」


「なんか、都合良すぎる気がしますね」


 渋々煙草をポーチにしまいながらベルトランが言うと、クロードも頷いた。


「ああ、俺もそう思う。死の間際によほどの苦痛を感じたのか、死んだエクレウスの顔は生前の面影がほとんど分からないくらい、凄まじい形相だったそうだ。だが、検死を担当した魔導士たちの話では、外傷も全くないし、魔法の類が使われた痕跡も一切なかったらしい」


「へえ」


「……ベルトラン、お前はどう思う」


 クロードが説明を終えるのを待って、ギルバートはベルトランに尋ねた。


「いやあ……専門の魔導士連中が分からないんなら俺にはなんとも。俺なんかよりセヴェンとかジルあたりに聞いた方がいいんじゃないすか。あいつらはまだ若いが頭もキレる」


 ベルトランはお手上げと言う様に両手を上げるポーズで答えるが、ギルバートは静かに首を横に振った。


「彼らは『光の母たち』のことをまだ知らん」


「ああ、それね」


 そこで初めて、ベルトランは少しだけ不機嫌そうな表情を浮かべた。


 クロードはその表情の意味するところを意図的に無視して口を開いた。


「とりあえず、まずは今回の件について、お前が何か気になっていることがあれば教えてくれないか」


「秘密独占主義の『守り手』どもや『元老院』のジジイどもに良いように使われているようでどうにも気に入らない、ってこと以外にですかい?」


「それ以外にだ」


 間髪入れずに、ギルバートは答える。


「敵の正体、目的、そしてエクレウスの不可解な死。それから、今ランフィス様たちが調べているが、妖魔の異常発生に『魂贄の呪詛』という名の呪い……何でもいい。お前の考えを聞かせてくれ」


「分かんねえことばっかりじゃねえですか」


 ベルトランはやれやれと言った風に溜め息をついた。


「とりあえず今んところは、度重なる妖魔の異常事態を『光の母たち』に結びつける根拠は乏しいんじゃねえですかい?魔神だ、ドラゴンだ、吸血鬼だ、ってんならまだしも、妖魔風情相手に『光の母』たちがわざわざ降りてこねえでしょ」


「まあ、そうだな」


 クロードは頷く。


「……ただ、そのエクレウスってやつがこのタイミングで死んだってんなら、十中八九、口封じのために暗殺されたんだと思いますけどね。天下のアークトゥルス城に忍び込んだ上に、牢番たちにも気づかれることなくやることやって、オマケにうちの宮廷魔導士も欺けるほどの、とんでもねえ実力者が向こうにいるってことじゃないすかね。さもなきゃあ……」


 そこでベルトランは少し言葉を止めたが、しばらくして「……まあ、それはさすがにないか」と呟いた。


「あと、黒幕が誰でそいつが何考えてやがんのかってのは、俺にはさっぱり見当もつきませんね。まあ、妖魔なんてそもそも人間が制御できるわけねえんだ。そんなのを焚きつけてる奴なんて、ただの自暴自棄な復讐者か、イカれた快楽殺人者か……さもなきゃこの国に戦争させたいどっかの誰かか。いずれにしろ、この国もご存じの通り、蓋を開けてみりゃ、不満分子はそこら中に燻ってるんでね」


 そう言って、顎をポリポリと掻いた。


「残念ながら、それもその通りだな」


 クロードは溜め息をついた。


「……それから妖魔の異常発生とナントカっつう呪いについてもお手上げですわ、完全に専門外なんでね。それこそ賢者様と学者連中に任せてくださいよ。——まあ、ただ」


「ただ?なんだ?」


 クロードがその瞳をベルトランに向け、先を促す。


 ベルトランは「いやね、大したことじゃねえんですが」と前置きしてから、また口を開いた。


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