92.妖魔の隆盛
「ご、ご覧になりましたか?七番隊も、並みの軍人ではありません……!」
悲鳴じみた声は、〈鳩〉。
「……癪だが、確かに侮れん」
吐き捨てるように賛同するのは〈燕〉だ。
「なんだ、貴公ほどの男が、怖気づいたのではあるまいな」
「侮辱するな。侮れんと言っただけだ。所詮はたったの五人。どうとでもなるわ」
〈鴉〉の挑戦的な言葉に、〈燕〉は苛立ちを露わに答えた。
『そうでしょうな。むしろ手の内も大方知れたと言うもの。少なくとも三番隊と聖者たちさえいなければ、どうとでもなりましょう』
「ふん、〈蝙蝠〉風情が偉そうに。……いや、失礼、〈幻霊〉だったかな」
『そう邪険にするな、〈燕〉。彼の情報は貴重だ』
魔水晶の先で、落ち着いた声で諭す〈黒鳥〉に、〈燕〉は不満そうに鼻を鳴らすが、それ以上は抵抗しなかった。
「問題ない。多少はやるようだが、想定の範囲内だ。そちらは貴公らに任せたぞ」
〈梟〉がそう言うと、〈燕〉は「造作もないですな」と頷いた。
一呼吸の後、他に意見がないことを確認すると、魔水晶越しに〈黒鳥〉が締めくくった。
『……頼んだぞ。我らが祖国の繁栄——いや復興は、貴公らの働きにかかっている』
Ψ
「悪戯が過ぎますね。捕まったら殺されていましたよ?」
時は夜。暗い林の中。
広大な砂漠の中で、限られた水源の周りに身を寄せ合うようにして木々が立ち並ぶ小さな樹林だ。
強烈な日差しから根を守るように広葉の傘を広げる木々のおかげで、真昼でも薄暗いが、夜とあっては月明かりさえ差し込まない。
「ああ?そう、固いこと言うなよ。バレなかったじゃねえか。……まあ、女どもが内臓ぶちまける画を見れなかったのが残念だがなぁ!」
細身で中背の男。
やや姿勢が悪いことを除けば、どこにでも良そうな体格だが、しかしそのシルエットは、おおよそ人間離れしていた。
「もう間もなくですから。あの方へのお目通りが叶う前に果ててしまっては元も子もないでしょう?」
もう一つの人影は、酷く痩せている。平均的な男よりは背が低く、平均的な女よりは少し高い程度。
「分かってるって。——でもよぉ!見ろよ?この身体、この翼!」
甲高い笑い声が暗い樹林に木霊す。
「力が、力が漲ってくるんだよぉ!!フハッ、フハハハハハッハハハッ!!!笑いが止まらねえぜ!!」
「ふふふ。ええ、そうですね。……ようやく二つ目の封印が解けました。この先、貴方のようにもともと力のあった妖魔の中から、更なる昇華を遂げる者が現れるでしょう。——そしてもう一つ」
男だか女だか判別のつかない人影が、年老いた老人の声で言う。
その声には恍惚の響きが伺えた。
「貴方達のような、忘れられし古の妖魔たちが、世に放たれる——」
Ψ
——魂贄の呪詛。聞いたことのない呪術だ。
【賢者】ランフィスは陽光石のランタンを片手に、何度目かになる溜め息をついていた。
ここは王都レグルスの王宮、アークトゥルス城内。
巨大な円形の部屋の壁は全て本棚で埋め尽くされ、数万を超える書物が五メートルを超える高い天井までぎっしりと並べられている。通称『禁書庫』。
限られた者だけに立ち入りが許された厳重管理区域だ。
ランフィスは書庫に貯蔵された貴重な古文書を片っ端から読み漁っていた。
アリスたちのゴブリンロード退治、その直後からの妖魔の異常発生、そしてつい先ほどルシアから報告を受けたオークロード討伐の一件。
裏で糸を引く何者かの存在が見え隠れしているが、その思惑も目的も判然としない。
「何か……何か、大事なことを見逃している……いや、忘れている……?」
頭の中の靄を振り払うように首を振るが、一向に霧が晴れる感覚はない。
ランフィスはもう一度溜め息をついて、書物の調査を再開した。
ナディア最高の知恵者と名高い【賢者】は、しかし気づいていない。
彼が『禁書庫』のある一画の前のみ、何度も素通りしていることを。




