91.アリスの『異能』
「ハッ、意外とやるじゃねえか!」
褐色の肌のエルフが、珍しく興奮した様子で彼なりの称賛を贈る。
「なんじゃ、最後のは!《光の剣》に、攻撃魔法を上乗せしおったじゃと!?」
「凄い……!もしかして、あれも”隠し玉”……?」
とんがり帽子のドワーフと、兎人の少女が驚愕の声を漏らした。
貴賓室の面々の視線が一斉に小人と人間のハーフに集中する。
「……知らないよ。ボクに聞かないでよね」
オルフェは不機嫌そうに目を逸らした。
「凄い、凄いですわ、アリスさま!」
「星の騎士の《光の剣》は、あんなこともできるのですか……!?なんと、奥が深い……!」
思わず立ち上がったセシリアとローレンス。
(——いや、そんなわけない。少なくともボクは聞いたこともないよ)
「あ」
「アリスさま!?」
「あれもしかして、ちょっとヤバくないかのう?」
オルフェの思考を遮って、ククルとセシリア、そしてガンドルが何かに気づいたように声を上げる。
ローエンデール警護団の高官たちも動揺した様子だ。
「倒れたぞ!?」「死んだのか!?」「口を慎め、そんなわけなかろう。疲労か、魔力切れじゃないか?」「いや、ですがハルドール卿、あの者の身体から煙が上がってますぞ!?」などと口々に言うのを他所に、セシリアの侍女がぼそりと呟く。
「あれはまずいですね。全身火傷……特に両腕はかなりの重傷のようです」
「そんな……!」
幼い皇女が息を飲む。
彼らの視線の先には、リンクの中ほどで倒れた小柄な騎士。
リンク中央からそれに駆け寄る対戦相手の青髪の女と、リンクの外から駆け寄る水色の髪の少女。
それに続く赤髪の少女、金髪の少年、そして緑色の髪の青年。
「ケッ、基礎がねぇことの弊害ってやつだな。自分のケツも自分で拭けねえんじゃ、あのガキもやっぱまだまだだじゃねえか」
レンが呆れたように言うが、オルフェは別のことを考えていた。
(そもそも《光の剣》はその性質から言えば、他の魔法と相いれないはずだろ……あれがあいつの『異能』ってこと?)
リンク上では、すでにリリィが水系統の回復魔法で治療を開始している。
火傷を癒すには、アリスの光魔法より効果があるはず。
とは言え、完全に意識を失っているところを見ると、やけに目の良い皇女の侍女の言う通り、かなりの重傷のようだ。
「チッ」
皇女に聞こえない程度に小さく舌打ちをして、片翼のセイレーンが身を翻す。
涙目のセシリアの頭を優しくポンっと叩き、下へ降りる階段に向かう。
——小柄なドワーフの手を握って。
「え?え?いやいやいや?今はもう、ギルドのヒーラーどもがおるから大丈夫じゃろ?さっきの『呪い』で体調を崩した者もほとんど回復してるじゃろうし。……って話を聞かんかい!というか、吾輩じゃなくても良くない?今回はモニカで……ぎゃー、ちょっとま……無視せんでくれい!」
引きずられたドワーフの悲鳴が、だんだんと遠ざかっていく。
「アリスさま……」
セシリアは胸に両手を当てて、心配そうにつぶやいた。
Ψ
「アリスくん!大丈夫!?」
少女の声がする。これは……リリィだ。
アリスのぼやけていた視界が、少しずつ戻ってきた。
水色の髪の少女が焦った表情で覗き込んでくる。
どうやら、一瞬、少し気を失っていたらしい。
リリィに抱き起されて視界の位置が高くなる。
少女の後ろに目をやると、ローズとエイリーク、それにジルが駆け寄ってくるのが見えた。
「……酷い火傷!」
(——痛っ!)
激痛が奔り、手元に視線を移すと、少女がその小さな両手で自分の手を包んでいる。
そっと触れただけのその柔らかな感触も、今のアリスには体中に電撃が奔るような感覚だった。
自分の両手は指先から肘のあたりまで赤黒く変色し、ところどころで皮が破れ、水膨れのようなふくらみが無数にある。
(うっわ……確かに酷いな……治る、よね?)
触れられたときの痛みは一瞬だけで、その後添えられたリリィの両手が青白く淡い光を放ち始めると、とたんに激痛と灼熱感が和らいでいく。
「あ、ありがとう、リリィ」
「うん、でもちょっとじっとしてて」
「あ、うん」
「アリス、あんた大丈夫!?思ったより重傷じゃん!自業自得だけど」
リリィが回復魔法の詠唱に専念できるよう、代わりにアリスの身体を支えながらローズが彼の変色した腕を見て顔を顰める。
「ギリギリ”致命傷判定”に達しなかったせいで、却って満身創痍ですね……まあ、おかげで勝てたんですが」
エイリークが手持ちの回復薬をとり出して、両手を動かせないアリスの口に含ませてやる。
「実戦で使うのは難しいが……しかし見事だったぞ。よくやったな」
ジルが称賛を贈り、ローズもアリスの背中をバンバンと叩きながら「ほんとだよ、よくやったじゃん、さすが隊長!」と笑い、「ローズ、アリスくんは怪我人だからね」とリリィに窘められた。
「痛いって」とアリスは苦笑いでローズに返し、次いで助けを求めようとジルに視線を向け——
「?」
視界の端にそれを捉えた。
ジルの肩の向こう、遥か先、コロッセオの高い壁のさらにその先。
日が傾きかけた午後の青空の端に、ごくごく小さな一本の線のようなものが見えた。
ゆらゆらと地上から天に向かって吹き上がる暗くどす黒い、光の筋。
それを見た瞬間、アリスの背筋に小さな悪寒がはしった。
何か、良く分からないけれど何か、良くない予感がする。
(あれは……あの時の……?)
「?アリスくん、どうしたの?」
アリスの手に触れているリリィが、彼の小さな動揺に気づいて顔を上げた。
「アリス君、凄かったわ!私の完敗ね……って、え?ちょっとあなた、大丈夫!?」
アリスが口を開こうとした丁度その時、リンク中央から駆け寄ってきた青髪の女が、彼の姿を見て悲鳴じみた声を上げる。
「って、あなた!?重傷じゃないの!よく護符の加護が発動しなかったわね」
「”致命傷判定”の基準を限界まで下げて設定していたからな……レンの指示で」
アリスの前でしゃがみ込んで怪我の様子を確認するモニカ。
その背後から、グレイハウンドの獣人が答えた。
「あんのバトルマニアめ。傷が残ったらどうするの」
モニカは呆れた様子で貴賓室の褐色のエルフを睨む素振り。
「いや、男なので傷くらいは別に……」と苦笑しながら、アリスはジルの肩の向こうに視線を戻す。
だが、先ほどの黒い光は、もう見当たらない。
「すぐにギルドの救護班が来る。傷が残らないかは保証できないが、もう少しの辛抱だ。……それにしてもあんたは小さいのに、大したものだ。感心したよ」
グレイハンドの審判も、アリスの前で片膝をついて声を掛けてくる。
表情は乏しいが、声音はすごく優しい。
「あ、救護班いらないかも。……ほら、ウチのヒーラーが直々にお出ましみたい。携帯式蓄魔力器持参で」
「これで傷跡が残る心配もないわね」と笑うモニカが指す方向に目を向けると、客席から闘技場へとつながる巨大な門から、片翼のセイレーンがドワーフと手を繋いで——というかドワーフを引きずってこちらに向かってくるのが見えた。
「モ、携帯式蓄魔力器て……」
エイリークが哀れなドワーフを見ながら引きつった笑みを浮かべる。
「アリス、あんたさっき、何か言おうとしなかった?」
「ん?ああ、えーと……」
アリスはもう一度ジルの肩の向こうに視線を走らせる。
やはり、そこには雲一つない青空がどこまでも広がるばかりだ。
アリスは肩を竦めて答えた。
「……ううん、何でもない。たぶん、おれの気のせい」




